第五十三話 戦後処理
「暁楓の家を壊すことは、周囲の人々への騒音被害に繋がる。つまり、一般人への加害。それにこの子は先日、この街でテロみたいなことをした。死刑が妥当。だから、私が殺す。これだけ罪状が有れば守人の貴方も反論出来ない筈」
「待て待て待て待て! 待ってください! それアンタが朱音さんの魂欲しいから言ってるだけでしょ!」
「そうだけど、それが何? 守人でありながら、一般人に危害を加えるような人間は殺されて当然」
「......『災厄』で、既にこっちの世界で流血騒ぎを起こしてる貴方こそ、殺されて当然なんですよ?」
「へえ、なら、もう一度する? 次は負けない」
「無駄な争いは避けたいのですが、貴方がどうしても朱音さんを殺すというのならそれも辞しませんよ」
死刑だの、殺すだのという物騒な言葉で目を覚ました俺はステラに膝枕をされていた。家の中ではあるが床が割れていたり、家具が潰れていたり、照明のガラスが飛び散ったりしていてまるで俺の家のようには見えない。
「ああ、起きた? なら、早く立って。色々と収拾付かなくなってるから」
彼女に言われるがままに重い体を起こし、辺りを見回す。それぞれ杖と剣に手を当てながら睨み合っている店長と災厄、その隅でおどおどしている千隼、やつれた様子のステラに、頭を抱えている平沢が俺の視界には飛び込んできた。
どういう状況だこれ。
「......おい、平沢」
「ああ、起きたんか。暁」
「三文で現状を」
「『蛇を十と災厄さんが討伐。
蛇の肉体が崩れ去って朱音さんが出てくる。
彼女の処遇を争って対立が起きる』という」
何だいつもの地獄じゃないか。
「んで、当の本人は気を失ったままか」
俺は先程、自分が倒れていた位置の直ぐ横で気を失っている朱音に目を向けた。更にその横には機械の体を持つ少女も寝ている。
「おい、朱音、起きろ」
俺は彼女の体を強めに揺する。すると、彼女は眠そうに『ううん』という声を漏らしながら、案外直ぐに起き上がった。
「......私、どうなっていたのかしら」
「きっしょく悪い蛇の怪物になってた。アレもテメエの力かよ」
「......知らないワ。怪物になってたときの記憶は少しあるケド」
俺は溜息を吐き、災厄と睨み合っている十に視線を送った。守人に関しては彼女が一番、詳しい筈だ。
「守人の生まれ方は様々です。殆どの守人は子が親から力を継承することで生まれますが、そうでない者もいる。そもそも、継承するとは言っても、その家系の始まりの守人は何かしらの方法で力を会得した訳ですしね。例えば、私の力は先祖が悪魔と契約して得たそうです」
「......悪魔から地球を守る力を、悪魔から?」
「そういうことです。他にも超自然的存在から力を貰った〜、みたいな話も聞きますね。私はそれも向こうの世界から来た存在だと思ってますけど。無神論者なので」
魔法使いの癖に、神を信じていないのよく分からんな。いや、魔法使いだからこそ、なのか?
「確か、貴方の家の神社って、豊穣の神を祀ってましたよね」
「ええ」
「豊穣に大切なのは雨、『水峰神社』の名からも分かるように恐らく、貴方がたが祀っていた神は蛇神なんじゃないですかね。日本では古来より水の神として蛇を崇める信仰がありますし」
「でも、ウチの神サマが蛇神だなんて聞いたことがないわ」
「神の姿は時を経るに連れて変わっていくものですから。私が言いたいのは、一つ。貴方の力はその『蛇神』に与えられたものなんじゃないか、ってことです。それなら貴方の力が暴走して蛇に変化したのも納得がいきます」
『まあ、私は無神論者なのでその正体はメデューサか何かの悪魔だと思いますけど』と十は付け足す。
「じゃあ、ナニ......アナタは私が半悪魔だとでも言いたいのカシラ?」
明らかに苛立ちを露わにしながら彼女は十を睨む。
「いやまあ、貴方、実際、蛇の怪物と化してた訳ですし」
「何なら悪魔よりもヒデエ姿してたぞテメエ」
「......ソウ」
つい数秒前まで苛立っていたのが嘘のように朱音はシュンとする。そして、徐に災厄の元まで歩いて行った。
「私のことを殺したいのでしょう。気を失っていたときも貴方の声が聞こえていたわ。どうぞ、お好きに......」
「良いの?」
自らの首を無防備にして見せる朱音に災厄が少し、驚いた様子で聞いた。
「ええ。もう、何だか、疲れたわ。......全部、失敗したし。アナタと十が敵として存在する限り、私は何も出来ない。潔く、消えるわ」
「分かった」
災厄はスッと剣を鞘から抜いた。十は止めようとしない。そして、俺とステラは呆然とその様子を眺めていた。
「「......ぁ」」
ステラと俺、二人の小さな声が重なる。俺も彼女も何か言わなければならない、何か行動を起こさなくてはならないことは分かっているのだ。しかし、どうすれば良いのか全く分からない。災厄はまるで、時代劇の介錯役のように剣を構えた。
今にもその剣は朱音の首を刎ねそうだ。
「待って下さいお姉さん! その人、僕の親戚なんですよ!」
行動を起こしたのは千隼だった。彼は災厄の体にしがみつき、泣き叫ぶようにそう言う。
「アナタのことなんて、私、知らないケド」
「僕も『星加』なんですよ。それに、透明化しているお姉さんの姿を見ることが出来る! それって、多分、『守人の家系』だからだと思うんですよ......! 僕と朱音さんはそう遠くない親戚だと思うんです!」
「千隼」
涙を滲ませながらそう訴える彼の名前を災厄は冷たい声で呼んだ。
「は、はい......」
「幾ら、私と千隼が協力関係にあるからといって、其処まで私の自由を制限するのは許さない。千隼と言えども、出過ぎた真似をしたら殺す」
「・・・・」
「......でも、千隼の悲しむ顔は見たくないから止めておいてあげる」
「......っ!? あ、ありがとうございます!」
災厄に人の悲しむ顔が見たくない、だなんて高尚な感情があったとは驚きだ。いや、元からあったのではなく、千隼との生活の中で獲得したのかもしれないが。
「ということだから、死ぬのなら自分でして」
災厄は抜いた剣を鞘に戻して朱音にそう言う。
「余計なことを。......星加の分家か何かなのでしょうけど、アナタと私は何の関係も無いでしょう」
「何というか、血縁関係云々が無くても人が殺されるところなんて見たくないですし。お姉さんにも殺人なんてして欲しくないですし......」
「......楓」
不意に彼女が俺の名前を呼んだ。
「んだよ、イカれ女」
「何から何までごめんなさい。アナタに手を差し伸べて貰えて、少し嬉しかったわ」
「......あそう」
「少し、冷静になってきたわ。こんな所に死体を遺してもアナタの迷惑になるものね。場所は選ぶわ。後、家の修理費はごめんなさい。由香に請求して。私の口座渡してあるから」
長嘆息を吐いて家から出ていこうとする朱音。その時、突如、機械の少女が体を起こした。
起き上がるなり彼女は朱音の元へと走っていき、彼女の手を掴む。
「ゴルァ! クソ兄貴、幾ら闇落ちしたからってこれは止めんかいワレェッ! 朱音さん、死ぬくらいなら私と美味しいものでも食べに行きましょ? ね? 朱音さんのこと見殺しにしようとしたクソ兄貴からお金は貰うんで!」
マクスウェルの聡明でクールな表情からは到底、想像出来ない、幼く、甘ったるく、明るい声で彼女はそう言った。




