第五十一話 黒い夢
『......起動。蓄積されたエピソード記憶に関するファイルが全て消去されています。問います。このファイルの消去を命じたのは貴方ですか?』
『違うわ。前の人格が勝手に消したのよ』
『成る程。此処は?』
『私の部屋。詳しく説明するわね』
私は彼女がマクスウェルとして生活していたこと、実際は暁由香だということなど、彼女に関する全てを話した。
しかし、一つだけ事実ではないことを言った
『成る程。私の左脳に残っているであろう、由香の記憶を取り戻すことを前の人格は望んだと』
マクスウェルは由香に戻ることを強く望み、自分の意思で記憶を消したのだと、伝えた。嘘らしい嘘は其処だけだ。
『ええ。後、脳だけじゃなくて脳や体に眠っている魂。其処にも沢山、記憶が溜まっているわ。こう見えても私、巫女みたいなものだから。魂とかそういうのには強いの』
『分かりました。ご協力、お願いします』
『そう。由香の記憶、取り戻したいのね』
『由香の記憶を取り戻すのがこの体にとって合理的な判断と考えました』
『なら、ワタシの悪魔殺しとかにも協力して貰うわヨ......』
『過去の戦闘によるデータや記憶もマクスウェルのファイルの中に内蔵されていたようで、全て消去されています。今の私はこのアームの動かし方すら、よく分かりません』
と、彼女は千手観音のように何本も背中から突き出したアームを指差した。
『直接的な戦闘はさせないわ。ただ、支援をするだけよ』
『でしたら、可能かと。......貴方は何とお呼びすれば?』
『苗字は嫌いだから朱音で。宜しく、由香』
『了解。宜しくお願いします、朱音』
こうして私と由香は互いに協力することとなった。
『朱音』
『何?』
『空腹状態で作業効率が下がっています』
『もやし炒めと塩パスタね』
彼女は順調に由香の記憶を取り戻していき、このままいけば由香は戻ってくる、暁楓に返せる、筈だった。
⭐︎
「朱音、兄さんを傷付けましたね。直ちに私は貴方との協力関係を切ります」
「......取り敢えず、回復魔法かけて包帯巻いたけど、血、止まるかな。場合によっては救急車呼んだ方が良いかも」
私は暁楓を撃った。私の感情の共有者だと思っていた彼は綺麗事ばかり並べ立て、淫魔を庇い、友人になれと言ってきた。その綺麗事が魅力的であったかと言われれば否定はしない。しかし、戦死した父に報いるために今まで努力してきた私の人生を否定されたようでもあった。彼は私の共有者の筈。彼は私の心の、『復讐』でも埋まらない部分を埋めてくれる存在だと心から信じていたのに。裏切られた。許せない。私を失望させるなんて。
そんな気持ちが先行し、私は彼を撃った。心臓や頭ではなく肩にしたのはやはり、心の何処かで彼にまだ期待しているからだろうか。放心状態の私には目もくれず、仲間に応援を呼び、迅速に彼の手当てをする淫魔と幾ら記憶を取り戻しても明るくはならなかった機械的な目で静かに私を睨む由香。
もう、全てがおしまいだ。応援が来る前に由香も、楓も、殺してしまおう。そして、私も死のう。もう嫌だ。生きたくない。全部、無かったことにしてしまいたい。貧血のようにゾゾゾッと血の気が引く。気分が悪い。震えた手で銃口を楓に向ける。それに即座に気が付き、淫魔、ステラが私の体を強く殴った。私が放心状態で油断していたのもあるが、彼女の力は存外強く、私は頭から後ろに倒れた。倒れた先では由香が私を上から冷めた目で見てきている。
「朱音」
「・・・・」
「死んであげましょうか、一緒に」
「......え?」
「由香の記憶を幾ら取り戻しても、私はそれが自分のものと実感が湧きません。でも、貴方と過ごした短い時間はしかと自分のものとして焼き付いています。貴方が望むならば、心中も、しますよ」
体がぶるぶると震える。もう、分からない。彼女の申し出に心が軽くなっている自分も、もう、分からない。このまま、全部、無かったことにしたい。
「......何?」
ステラが私を怯えた目で見つめる。彼女の視線の先は私の手。徐に私も其処に視線を向けてみると、私の手はドロドロと溶け始めていた。
夢だ。これは夢だ......。




