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第四十九話 容れ物


「マクス......いや、容れ物か」


「ええ。『マクスウェル』というデータは既に彼女自身が消去しました。今の私は、『暁由香』......と、貴方が認めてくれそうも無いですので、ひとまず、『容器』ということにしておきましょう」


 抑揚の無い声でポツリポツリと機械的に言葉を紡ぐ少女。彼女は確かに俺のバイクを支えていた。


「返せ」


「どうぞ」


 といった、端的な会話だけで俺の愛車は再び、俺の手元に戻ってきた。

 あれほど派手に壊されたというのに、元通りだ。


「修理したのは、テメエか?」


「ええ。『マクスウェル』が残したプログラムに従い、私が修理しました」

 

「......そうか」


「貴方は私を殺すつもりは無いの?」


「ありません。不可能ですし、『彼女』からもそういった命令はされていません。戦闘のためのデータを蓄積し、高い演算能力を持ったマクスウェルであれば可能だったかもしれませんが、そのデータは全てマクスウェル自身が抱えて消えてしまいました」


「......ふうん。聞きたいことは聞けた。帰って」


 ステラがつまらなそうにそう言った。


「あー、おい、待て。ちょっと、上がってけ」


 ステラの言葉に無言で頷き、帰ろうとする彼女を俺は制止した。


「......あなた、こんなの家に上げてどうするつもり?」


「色々、話したいことがある。気に入らねえならお前は居なくても良いぞ」


「......気に触る」


 そういうことで『容器』を家に上げた俺は彼女を椅子に座らせ、紅茶を淹れた。


「感謝します」


 一言、礼を言って紅茶を啜る『容器』。ステラはその様子を不服そうに見ている。


「単刀直入に聞く。何処まで思い出した?」


 俺にそう聞かれた彼女は直ぐに俺の意図を理解し、口を開く。


「今の兄さんの話し方が、昔の兄さんと違っていることは何と無く分かります。もう少し、優しい口調だったかと」


「へえ、元からこんな粗野で野蛮な口調じゃなかったんだ」


 興味深そうに、少し俺を煽るようにステラは言う。


「外野は黙っとけ。......もう其処まで思い出してんのか。なら、どうして由香みてえな話し方をしねえんだよ。そんだけ記憶があるなら再現可能だろ」


 俺の質問に彼女はかぶりを振った。


「確かに、記憶からの再現は出来るでしょうが、それはただの物真似にしかならないかと。自然と彼女のような話し方はまだ出来ません。......私という容器を暁由香が完全に満たすにはまだ時間がかかりそうです」


「記憶の復元は、順調ではあるんだな」


「ええ。星加朱音の巫女としての能力で私の中に存在する、暁由香の魂に刺激を与えて貰っています」


「......ああ、アイツ、神社の出らしいもんな」


 俺の言葉に彼女はコクリと頷いた。


「マクスウェルは暁由香を取り戻すため、自らを消去し、朱音に体を委ねたのです。貴方は何も迷う必要はありません。私が暁由香になる日を心待ちにしていて下さい」


 俺に追い討ちをかけるように彼女はそう言う。彼女の言っていることは正論のようで、あまりにも暴論だった。


「お前は暁由香になるために、アイツに協力しているのか」


「ええ」


「何故だ。テメエがテメエでなくなるんだぞ」


「......? 私を『容器』と呼んだのは貴方では? 『容器』は其処に何かを入れるのが仕事です。『私』なんて何処にもありません」


 明確な回答。言いたいことがよく分かる回答が返ってきた。マクスウェルも、最期はこんな思考に陥っていたのだろうか。


「話を変えましょう。実際のところ、星加朱音ってどんな人なの?」


「良い方ですよ。生活が困窮しており、アルバイトを掛け持ちしているのにも関わらず、私の食事を用意して下さります。自分の生活だけで精一杯の筈なのに、守人の使命を果たすため鍛錬も欠かしていません」


「......昨日の食事は?」


「もやしを塩胡椒で炒めたものを」


 だから、ラスクとパンの耳で引き下がっていったのか。


「今日の晩御飯、食っていっても良いぞ。アイツの家よりはマシなもんを出す」


「い、いえ、彼女を差し置いてお相伴にあずかる訳には......」


「なら、私のも作りなさい。それで解決でしょう」


「うわ出た」


 ステラにゴキブリか何かのような扱いを受けたのはたった今、話題に上がっていた『星加朱音』その人だった。知らぬ間に彼女は俺の家に侵入していたのだ。


「へえ、カップラーメンこんなにもあるのね......。幾つか貰って行って良いかしら」


 勝手にキッチンを物色し始めたソイツはそんなことを宣う。


「良い訳ねえだろ。帰れ」


「あら、そんな態度を取って良いの? 其処の悪魔は私の殺害対象よ」


「......私、貴方に何かした覚えは無いんだけど」


「この世界に侵入してる時点で悪よ。悪魔は悪魔の世界に居れば良いの」


「この家に侵入してる時点でお前も悪なんだよ。刺さったブーメランにさっさと気付け」


「夕飯を頂きたかったのもそうなんだけど、今日はアナタともう一度、話しに来たの。同じような過去を持つ人間同士、やっぱり、協力しない?」


 朱音はゆっくりと俺の方に近付き、湿った声でそう言った。


「......同じような過去?」


「私の、守人だった父は一般人に危害を加えていた悪魔を殺そうとして、殺された。アナタも過去に親を亡くしているでしょう? 妹もその際、吸血鬼に悪戯に助けられ、記憶を消され、玩具同然にされた。アナタなら私の悲しみも共有してくれると思っていた......」


 体を小刻みに震わし、息を荒くしながら更に俺との距離を縮めると朱音は徐に俺のことを抱き締めた。


「......離せっ」


 俺は暴れるが彼女の力はやはり強く、彼女の拘束から抜け出すことは出来なかった。といっても、彼女は俺の体を締め付ける訳ではなく、ただ『抱擁』をしてきている。


「離さないわ......アナタは私の怒りが理解出来る筈よ。私もアナタの怒りが理解出来るもの。本当の意味で失った人間しかそれは理解出来ない。母も、親族の連中も、戦死した父を『星加の恥晒し』と呼んだわ。彼らはきっと、失ったようで何も失っていなかったのでしょうね......」


『でも、アナタは違うでしょう?』と、抱き締める力を強くして、彼女は俺の耳元で囁いた。


「アナタは妹を、両親を、愛していたハズ。いいえ、愛していたわ。私も由香の記憶は覗いているから。悪魔は皆、自分勝手で人間を下等生物としか思っていない屑なの。ねえ、お願い。アナタも悪魔の被害者なら、悪魔を皆殺しにするの、手伝っ......何よ」


 朱音の言葉が止まった理由は明白。ステラが彼女の肩に手を置いたからであった。


「誘惑がヘタ。見てて吐き気がする。そんな感情を醜悪に吐露するだけの誘惑で、その人の気持ちがなびくワケ無いじゃない」


 俺と朱音、どちらも小馬鹿にするような口調でステラは言う。好き勝手言いやがって。


「......成る程。アナタが楓を魅了して、支配しているのね。そうやって人を誑かして、自分に従わせる、人の心を弄ぶような悪魔が私はダイキライよ」


「馴れ馴れしい。突然、名前呼びなんて。あなたは私に誑かさられるの、好きだもんね......?」


「ノーコメント」


 と、ステラの問いに答えると直ぐに俺は朱音に向き直った。


「離せ」


「嫌よ、離さな......」


「離せ。拒絶してる訳ではない。お前の言いたいことも少しは分かった。でも、離せ。暑苦しい」


「あ......う......」


「良いから離せ。話はそれからだ」


「分かったわ......」


 朱音は不承不承と、あの体から手を離した。


「まず、俺はコイツに支配されてなんかいない。仮にされてたとしても今の生活に文句は無い。だから、コイツに手を出すことだけは絶対に許さん。良いな? 話はまずそれからだ」


「え、ええ......分かった、わ」


「お前が言っていたことには概ね同意、というか、共感してる。家族を失ったのはお前も俺も同じ。その怒りも、痛みもよく分かる。勿論、俺はフィーネに対して強い憎しみも覚えている。其処までは良いか?」


 借りてきた猫のように大人しくなった朱音はコクリと頷いた。


「だが、悪魔を全員、皆殺しにするという行動だけは賛成出来ねえ。勿論、分からない訳ではない。俺も家族を失って人間嫌いになった。周りが全部憎らしくなるのはよく分かる。でも、それを行動で示すのは絶対に認めねえ」


「......私に説教をしているの?」


「半分当たりだな。もう半分は、ほら」


 俺は彼女に手を差し出した。


「何のツモリ?」


「お前、今まで周りに誰も居なかったんだろ。話に聞くと、母親とも決別しているみたいだし」


「......ええ。あんなの、母でもなんでもないわ」


「その髪も、『星加家』への反骨精神の表れ、なんだもんな」


 俺はペンキを塗ったかのような色合いの赤髪を指して言う。25歳の女性の髪色としてもかなり違和感があるが、それが由緒ある神社の家に生まれた巫女のものならば更に異質だ。


「そう、よ。『朱音』って名前から取って赤くしたの。母からは絶縁されたわ」


「......こんなこと言う柄じゃねえが、同じ擦れて捻くれた者同士、これからは仲良くしようぜ。俺が今、お前みたいになってないのは多分、あの男が......信頼出来る人間が居たお陰だから」


 俺はそう言って再度、彼女の前に手を出した。


「......ありがとう」


 彼女は礼を言って、俺の手に自らの手を近付ける。


「ホント、柄でもねえこと言うもんじゃねえな」


 しかし、彼女は一向に俺の手を取らない。いや、というよりも彼女の手は俺の手から遠ざかり、腰のポケットへと......。


「......でも、悪いわね。......私もそんな半端な覚悟では生きていないのよ」


 彼女は歯をガタガタ言わせながら俺に銃を向けた。

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