第四十八話 険悪
『うーん、何もええもん無いなあ』
『この店では、客ではなく商品が客を選びます。貴方の直感がこれ、と感じたもの。それを手に取ってみて下さい。貴方の直感が反応するということは、貴方がその商品に選ばれたということで......あの、何で私の頭を両手で掴んでるんです?』
『直感的にお前が一番、ビビっときた。その声聞いてると、何か安心する。これはお前が俺を選んだということでええか?』
『はぁっ......?』
『ということで、お前のこと買うわ。ワイには心の拠り所である【人】が足りへんねん』
『いや、その、私は売り物ではないというか、た、高くつきますよ......?』
『おっしゃ、言うてみ』
『死ぬまで私の元で労働して下さい。もちろん、労働基準法は遵守しません。貴方の貯金は私が管理します。現在の貯金もです。その他、貴方の基本的人権を侵害する権利を私に与えて貰います』
『むっちゃくちゃ言うなアンタ。でも、ええで! このまま野垂れ死ぬよりマシや! お前みたいなべっぴんに酷使されるなら本望や!』
『......え、マジ?』
⭐︎
「ということがあってな」
「......全く分かんねえし、分かりたくもねえ」
「私とこの人よりも悪魔的な取引してるじゃない」
「ん? 暁とステラさんはどんな取引してんの?」
俺は口を開けようとするステラの口を手で塞いだ。
「別に何でも良いだろ。今は、この場に居る全員の議題。『星加朱音をどうするか』について話し合うべきだ」
「私が殺す、それでお終い。沢山、悪魔を殺してるなら相当、因果が集中してる筈。......美味しそう」
舌舐めずりをして不気味に笑う災厄。確かにコイツなら彼女に勝てる可能性も高いだろうが。
「駄目だ、殺すのは」
俺は断固として彼女の意見を否定した。
「どうして? 私がその守人を殺したところで貴方に実害はないはず」
「......由、マクスウェルのことがあるだろ」
「あー、そっか。守人さん、お姉ちゃんの記憶の復元のお手伝いしてるんだもんね。その人に手伝った貰えば暁クンの妹さんも帰って......」
俺はフィーネの首根っこを掴む。何故かは分からない。体が勝手に動いた。フィーネは確かに無礼なことを言ったが、それほど間違ったことを言ったわけではない。
朱音の力があれば、由香を取り戻せる。そんな考えが俺の何処かにあったのは事実だろう。
しかし。
「テメエは何で姉の心配をしてねえんだよ」
フィーネがマクスウェルを取り戻すことに固執していないことは、由香を取り戻す上では非常に有利。
だと言うのに、俺は由香の帰還を望む一方で彼女の体に居るもう一つの人格についても強く想っていたのだ。
「何言ってんのー。アレ、姉じゃないもん。キミの妹でしょ? 『マクスウェル』なんて人格は『暁由香』の記憶が消えた肉体の穴を埋める応急処置の人格に過ぎない。もう飽きたし、どうなっても良いよ。家族に返してあげる」
「テメエ......」
「ボクが助けなかったら、彼女は死んでいた。死ぬはずだった妹を生きて返してやったんだから感謝こそされても睨まれる謂れはないんじゃないかな」
突如、フィーネが俺の腕を払い、腹に素早い蹴りを一撃入れてきた。俺は思わず頭から後ろに倒れる。
「ふうん......そういうことするんだ。そういうこと言うんだ」
後ろに倒れる俺を軽々と受け止めたステラは静かにそう言った。
「お、何? 人間の恋人さんが攻撃されてご乱心? サキュバスのお姫様」
ステラは俺に自分の後ろに下がっているように言うと、妖しく笑った。
「......何でも良い。ただ、人の契約者に危害を与えるなら、此方もそれなりの対応を取ることは忘れないで」
気だるげに、しっとりとした声で、しかし、確実に殺気を帯びた声でステラは言う。
「あ、あの、えと、皆さん、落ち着いてください......」
「あの、店壊すのだけは絶対に止めてくださいね。弁償させますよ」
千隼と店長が外野からそんなことを言うが最早、ステラの耳には届いていない。彼女はフィーネとの距離をゆっくりと詰め、落ち着いた様子で息を吐いた。
「此処でやり合っても、何も生まないわね」
「お、お姫様賢いじゃん。そうそう。此処は協力しよう。暁クンもごめんね。ちょっと、じゃれただけのつもりだったんだけど」
「......兎に角、朱音を殺すのはナシ。良いか?」
俺はそう言って溜息を吐く。共通の敵が居るのに、仲間内で争っている場合ではない。......まあ、仲間ではないが。
「あのさ、暁。妹さんの話、ワイ、何も聞いてないねんけど......? マクスウェル......? 姉......?」
「チッ。そっか。そっからか。そういや、ステラにもフィーネから聞いた詳しいことは話してなかったな」
「んー、面倒臭いけど、仕方ないか。それについては僕の方から説明を......」
結局、その日はマクスウェルと由香についての説明をフィーネがして解散になった。皆、あまりにも得た情報量が多過ぎて混乱しそうになったからだ。
そのため、後日、また情報を整理して集まろうということになった。
「......今日は、悪かったな。フィーネといざこざ起こしちまって」
「ふうん。そうやって素直に謝るなら、許してあげる。あなたが非力な癖によく吠えることは知っているもの」
「......否定はしねえ」
ステラに体を掴まれ、空を飛びながら俺は溜息を吐く。長年、付き合ってきたバイクは先日、マクスウェルに壊されたため、行き帰りはこうするしかないのである。
「確かアイツ、バイク直すとか言ってたよな」
「当分、諦めた方が良いかもね。マクスウェルは、もう居ないから」
「......チッ」
道路交通法を遵守し、回り道の多い道路の上を走る必要があるバイクと違い、空路での移動は恐ろしく早い。
十分足らずで家の上空に着いてしまった。ステラとステラに掴まれた俺はゆっくりと家の前の道路に降り立つ。すると、家の扉の前に誰かが立っているのが見えた。
俺が首を傾げてそれが誰かを確かめようとすると、その人物は此方に気づいたらしく、振り返り
「お帰りなさいませ。バイク、お返しに参りました」
と、頭を下げた。




