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第四十六話 決闘


「暁、大丈夫か......?」


 翌日の職場、必死にパンを捏ねる俺に平沢がそんなことを言ってきた。


「んあ......? おん。大丈夫大丈夫」


「とてもそうは見えへんけど。あの会社に居たときとはまた違う顔の悪さやで」


「顔が悪いからだよ。ふへへ......」


「やばいやばいやばい! 暁がおかしくなっとる」


 と、言われるのも仕方がないのだ。此処のところ、心配事が多過ぎてマトモに寝られていないし、寝ても睡眠が浅い。兎に角、迅速に問題の解決をする必要がある。


「暁さん、大丈V?」


「テメエのせえでもあるからな......」


 俺は近寄ってきたフィーネの耳元でそう言った。


「悠生さーん! こっち手伝って!」


「あー、はいはい。呼ばれとるから行くわ。暁、無理すんなよ」


 そう言い、平沢が立ち去ったのと同時にフィーネは俺の肩に手を置いた。


「この前はごめんね。全部話すって約束、果たせなくてさ」


「......なら、今話せ」


「うん。まず、何から聞きたい? あ、カレーパンの餡頂戴。包むから」


 俺は『おらよ』と粘土の高いカレーパン用のカレーが入ったボウルをフィーネに手渡す。


「瀕死の由香をテメエが吸血鬼にして、マクスウェルに作り替えた。間違いねえか」


「お、もう其処まで知ってたんだ」


「ステラの考察だ」


 『さっすがお姫様』と笑いながらフィーネは話を続ける。


「ま、大体、あってるかな」


「マクスウェルの弟をテメエが殺したってのは」 


「ああ、嘘嘘。流石に『好奇心の申し子』と言えども流石に其処までサイコじゃないよ。これガチ。フィーネさん、嘘吐かない」


「俺とステラを対象とした殺害プログラムをマクスウェルに無理矢理、組み込んだテメエの言葉は信用ならねえ」


 しかも、結果的にマクスウェル自体の人格まで破壊してしまった。


「あー、アレね。ほら、一応、僕達もこの世界に遊びに来てる訳じゃないからさ。目的は『お姫様の殺害』、お姉ちゃんは『お姫様の無力化』を謳ってたけど、まあ、似たようなもの。僕はその目的を遂行したに過ぎない」


「......なら、自分でやれよ。何で、マクスウェルを、人の妹を利用したんだ。後、人の妹を姉呼ばわりするな」


「何言ってんの。マクスウェルはマクスウェルであって、由香ではない。そんなことは君も理解してるよね? 私が直接やらなかった理由はお姉ちゃんにやらせた方が面白いと思ったから、かな。それにお姉ちゃん、何か対策もしてるみたいに言ってたし」


 『対策』。その『対策』とは恐らく、あの剣のことだったのだろう。機械である彼女はいずれ、自らの意思に反して俺達を襲うことを予見していた。

 だから、彼女は高圧電流の流れるあの剣で俺に自らを殺させようとしていたのだ。もっとも、『災厄』というイレギュラーのせいでその剣は俺に消費されてしまった訳だが。


「......胸糞わりい。じゃあ、何で弟を殺しただなんて言ったんだ。アイツはずっと、そのことがトラウマみたいだったぞ」


「いやー、一応、由香ちゃんに記憶処理を施したんだけどさ。『親族への強い未練』だけが記憶を消した後も残ってたんだよね。その未練の理由の説明として、架空の弟の死を持ってきただけだよ」


「・・・・」


「お、怒った?」


「もうテメエの顔、見たくねえ......」


 俺は大きな溜息を吐き、少し涙腺を震わせながらそう言った。

 一体、何故、フィーネは由香を吸血鬼にしたのか。

 一体、何故、フィーネは由香の記憶を消したのか。

 何も分からない。まだ、何も解決していない。だから、まだ此処でコイツから逃げる訳にはいかない。

 それでも、俺の精神はもう限界だった。


「はいはい、じゃあ、暁クンは接客でもしててよ」


 俺はコクリと頷き、レジへと向かう。其処では平沢がレジをしていた。


「変わるぞ」


「おお、助かるわ。まだ事務の作業が残っててな」


「店長を呼んで頂けるかしら」


 冷たく、細く、何処か妖艶な声が響く。気付くとレジの前には先程、店内にすら居なかった赤髪の女性が立っていた。


「店長ー?」


「おい馬鹿っ! 止めろ!」


 俺は平沢の頭を引っ叩く。


「何すんねん! お客様の前やぞ!」


「コイツは客なんかじゃねえよ!」


「......その通り。私にこんなお高く止まった店のパンを買う余裕は無いわ」


「ええ?」


 平沢が困惑の声を上げたと同時に店長が奥から現れた。店長は彼女を見るなり眉を顰めたが、直ぐに笑顔で


「何かございましたか?」


と、質問した。

 それに対して赤髪は無言で手袋を外し、店長の足元へ放り投げた。


「......決闘に応じなさい。『十理生』。私が負ければ金輪際、この街には手を出さない。貴方が負ければ、貴方は潔くこの街の『守人』を降りる。どう?」


 場の空気が凍る。朱音以外に客が居なかったのは不幸中の幸いであろうか。気を利かせたフィーネが直ちに店の前に閉店を知らせる看板を置いた。


「お帰り、ください」


 店長は柔らかい笑みを浮かべながらそう言い、手袋を拾い上げたかと思うと、それを丁寧に朱音へと返した。


「......怖気付いたの?」


「お帰りください」


「決闘を断れば不名誉が死ぬまで付き纏うわ」


「中世ヨーロッパじゃねえんだから。我が国では明治時代より受け継がれてきた『決闘罪ニ関スル件』って法律があんだよ。死ぬまで前科が付き纏うのは互いに嫌だろ」


 俺は動揺しながらも朱音にそう言った。


「......決闘を受け入れないなら今、この場で其処の吸血鬼を殺害するわ」


「この前、出来なかったじゃないですか。そして、お帰りください」


「因みに退去を要求されて退去しなかったら不退去罪が成立するぞ」


「......っ」


「其処のラスク、奢ってやるから帰れ」


「パンの耳もタダであげますよ?」


「今日のところは帰ってアゲル......」


 そう言うと朱音はレジに置いてあったラスクとパンの耳をぶんどって、瞬く間に消えてしまった。


「店長、説明責任。星加朱音との関係と、貴方の正体について」


「......ですよねー」


「ワイとしては暁とあの女が知り合いやったことについて気になるんやが」


「何か面倒臭いことになってきたね。興奮する。折角だし、お姫様も呼ぼっか」


 コイツマジで......。

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