第四十二話 説明責任
「おはようございま......!」
「どの面下げて出社してきてんだよテメエは」
「暁さん!?」
朝五時。厨房に入ってきたフィーネの首根っこを俺は引っ掴んだ。店長が居るとか、そんなのは関係ない。コイツには説明をさせなくてはいけない。
「一から百まで全部、説明しろ。しねえと殺す。こちとら、『災厄』と講和してんだよ。テメエが説明しねえならアイツをけしかける」
「暁! 何しとんねんっ!」
騒ぎに気付いた平沢が別の部屋から飛んできて、俺の手をフィーネの首根っこから離させようとする。しかし、俺は乱暴に彼の手を払った。
「平沢、お前には関係ない。仕事しとけ。......店長、大変申し訳ありませんが、俺達、今日は休みということで」
「いや、えと、勝手に休まれるのはちょっと。予定も組んでありますし」
「......分かりました。すみません。それじゃあ、テメエ、仕事終わるまでに説明考えとけよ」
「い、いやあ、あっははー。......はーい」
その日は一日中、憂鬱だった。『マクスウェル』と『由香』、二人の顔が俺の頭の中をクルクル回っていて可笑しくなりそうだった。
あの後、マクスウェルに電話をしたものの、彼女は勿論出ず、メールの返信も無い。一体、彼女は何処に行ってしまったのだろう。
「暁さん」
「何でしょうか。アイツとのことなら何も言わないで下さい。此方の問題なので。先程は誠に申し訳ありませんでした。職場ですることではなかったです。反省しています」
「......そうですか」
流石にこんな状況で接客は出来ないので、店長に頼んで俺は一日中、厨房でひたすらパンを作り続けた。俺の代わりに接客をすることになったのはフィーネ。
あんなことをしておきながら、あんなことを知りながら、平然と接客をすることの出来るアイツに殺意すら湧いた。
だから、仕事終わりのコイツの発言には怒りを通り越して呆れ果てた。
「ちょっと、行きたい店あるんだけど、付いてきてくれる? ボクと話があるんでしょ」
「......お前どれだけ俺のことを舐めてやがんだ」
「付き合ってくれたら大体のことは話してあげるからさ、ね? それに暁クンも楽しめるようなお店だよ」
そうしてフィーネに連れてこられたのは近所のアニメショップだった。アニメグッズや本は勿論、CDや同人誌なんかも扱ってる結構、大きめの店だ。俺も何度か利用したことがある。
「此処、ボクの行きつけのお店なんだよね。今日、これの発売日でさ。マジでこれ、チョベリグだよ? 読んでみ?」
と、言いながらフィーネが見せてくる漫画の巻数は21。相当、買っているらしい。
「テメエの勧めじゃなかったら買ってたかもな」
「連れないなあ。あ、これとかどうよ? 『オーエルサキュバス』。その名の通り、現代に迷い込んでしまったサキュバスさんがOLとして働く奴。サキュバスが性癖の暁クンにはピッタリだと思うよ」
「誰がサキュバスが性癖だ、誰が」
「え? 違うの。ガビーン」
「俺をテメエは何だと思ってんだ」
「クイーンサキュバスと同棲してるちょっと頭の可笑しな社会人」
「......間違ってはねえな」
まあ、ステラも一人で暇だろうし、本くらい買っといてやっても良いか。そう考えた俺は『オーエルサキュバス』含む、幾つかの漫画やライトノベルを購入し、フィーネと一緒にレジに並んだ。何してんだ俺。
順番が来たため、俺はレジに進む。そのレジに居たのは絵の具を掛けたかのような、真っ赤な長髪を持った女性だった。
ステラ達、『あっちの世界』の奴らと比べても見劣りしないくらいの美人だ。最近、肥え始めている俺の目が一目惚れしそうになるくらいには。
......不安だ。最近、色々有りすぎて、こういう一般人も悪魔なんじゃないかと疑い始めている俺が居る。
「お会計、6072円になります」
「一万円からで」
「此方、お釣りです」
......対応は普通なんだな。まあ、そういうものか。
「よし、買い物にも付き合って貰ったし、約束通り色々話そうか。茶しに行こ」
「何だその動詞。それも死語か。聞いたことねえけど」
俺がそう言った瞬間、突如、花火が破裂したようなデカい音が何処かで鳴った。気付けば俺とフィーネの周りに煙幕のようなものが広がっている。
「こ、これ何だ......?」
「火事だ! ハンカチで顔を押さえて姿勢を低くしろ!」
どうやら煙はかなり広範囲に広がっているらしく、俺とフィーネ以外の人々をも巻き込んだかなりの大惨事になっている。
「フィーネテメエ......」
「いや、ボクじゃな」
『バンッ』。そんな、誰しも一度はドラマや映画、何らかの媒体で耳にしたことがあるであろうあの音が聞こえた。それも超至近距離で。
音による衝撃だけで頭がクラッとする。そして、更に衝撃的だったのは目の前で立っていたフィーネが血を吐きながら倒れたことだった。
「フィーネ......!?」
頭を、撃たれていた。俺はそのあまりにもショッキングな彼女の姿に思わず嘔吐してしまう。
バンッ、バンッバンッ。まるで倒れたゾンビにダメ押しをするかのように、更に三発、フィーネの頭をソイツは撃った。カラン、カランと薬莢が俺の足元に三つ落ちる。
しかし、肝心の『ソイツ』の姿が見えない。確実に其処に居る筈なのに、見えない。......待て。それって。
「『災厄』テメエ!?」
「違うわ。由香、もう良いわよ」
そんな声と共に俺の前に現れたのはあのアニメショップの店員だった。
「やっっっっぱり、お前か。何か知らんが、分かってたわ。顔が良いし。サキュバス、吸血鬼、アンドロイド、災厄、次は何だ? デュラハンか?」
「失礼ね。私はれっきとした人間よ。『暁楓』」
動かなくなったフィーネの体を蹴り、ニコリともせずに彼女は言った。
「......なあ、それ、生きてるんだよな?」
「死んだわよ。銀の弾丸を打ち込んだし。これ、吸血鬼とサキュバスのハーフなんでしょう。由香が教えてくれたわ」
「お前、さっきから、『由香』、『由香』って何のつもりだよ......」
赤髪の女性は俺の後ろを無言で指差す。俺がゆっくり振り返ると、其処には昨日、闇に消えた彼女の姿があった。
「マクスウェル!?」
「......『暁由香』です。マクスウェル、という人物は存在しません。『兄さん』ですね」
彼女は『マクスウェル』とも、『暁由香』とも、大きくかけ離れた冷たい声でそう言った。
「記憶を復元中なの、その子。完全に『由香』になるまでは私が面倒を見るから」
「......何で、いっつも」
「どうしたの?」
「......何で、いっつも、テメエらは何の説明も無く、こういうことをするんだよ」
皆、そうだ。何の説明もない。何も教えてくれない。母さんも、父さんも、由香もそうだ。突然、何の説明も無く俺の前から居なくなった。ステラも、マクスウェルも、フィーネも、災厄も、星加も、ペスト医も、この『赤髪女』も、何の説明もしてくれない。
何も分からない、何も理解出来ていない、俺に一方的に押し付けてきやがる。
「泣いているの? アナタ」
「兄さん」
「黙れっ! お前は『由香』でもなければ、『マクスウェル』でもねえっ! 他人だ。その呼び方を止めろ......!」
「酷いわね。少し、忘れていることが多いだけで、その子は間違いなく、『暁由香』よ。実の妹なんでしょう。間違えてあげるのは可哀想よ」
うるさい。好き勝手言いやがって。消えてくれよ......。
「この煙を発生させたのもテメエか」
「いえ、由香の方よ。頼んだのは私だけど」
「有害な煙では有りませんので、被害はそれほど大きくないでしょう。道路の近くなので、交通事故を招く可能性はありますが」
涼しげな表情でそう言ってのける『機械』。其処にはやはり、由香の面影は勿論、マクスウェルの面影も無かった。
「......一般人を巻き込みやがって。守人が黙っちゃいねえぞ」
「此処だけじゃなく、この街の至る所に煙を発生させた。小規模の爆発を起こす時限爆弾も仕掛けておいたから、今頃各地で爆発している筈。......幾ら、守人でも、直ぐに此処を割り出すことは出来ない筈よ」
「そんな、ペラペラと手の内を明かして大丈夫なのかよ」
「アナタは別に脅威じゃないから。それよりも、『ステラ』の場所に案内してくれるかしら。『災厄』でも、良いわよ。駆除するわ」
「それで、『はい、分かりました』とはならねえことくらいテメエも分かってんだろ」
「そうね。どうすれば良いかしら......。この街の繁華街を襲撃する、とでも言ったら協力してくれる?」
『災厄』よりも『災厄然』としたことを言ってのける赤髪。一般人を人質に取るとかもうそれ、テロ集団だろ。
「させる訳無いでしょう、そんなこと」
そして、突如、そんな声と共にペスト医師が現れる。彼女は俺の前に立ち、杖を赤髪に向けた。
「......マジで、説明を、くれ」
もう、無理だ。限界だ。




