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第四十話 故障


「あなたは逃げてっ!」


 ミニガンによる弾丸の嵐を結界のようなもので防ぎながら、そう叫ぶステラ。いやいや、幾ら何でも無理がある、二階建ての家の屋根から飛び降りるのは。


「俺が逃げた方が良いのは分かる! もう、足手纏いになるつもりはねえっ! だが、流石にこっから降りんのは無理だ!」


「そうだね......マクスウェル! この人を逃がす時間を頂戴っ!」


「良いでしょう」


 ステラの要求に従い、素直にミニガンを打つのを止めるマクスウェル。ステラは結界を張りながらもゆっくりと、俺を地上に降ろした。


「お前、ぜってえ、死ぬなよ!」


「善処する」


 そうして俺がその場から逃げようと走り出した瞬間、俺の体は宙に浮いた。いや、厳密に言えば浮かされた。


「マクスウェル、貴方......!」


 マクスウェルが俺の腹をアームで掴み、自分の元へと引き寄せたのだ。


「騙される方が悪いのです。私は機械、相手を殺すための機械。情なんて持ち合わせているとでも?」


「クッソ! 離せっ!」


 ガンガンガンと俺は自らを掴み、宙に浮かせている青いアームをぶっ叩く。


「此処で落としたら貴方、死にますよ?」


「私がキャッチするから問題無いわ。落として」


「拒否します。ですが、拘束は解きましょう」


 そう言うと、マクスウェルは俺を彼女が立っている方の家の屋根に下ろす。そして、アームで掴まれたままの俺に彼女は顔を近づけて来た。


「『改良型擬似魅了』発動」


 彼女の左目が真っ青に光る。ガツンっ、という強い刺激が体に走った。


「させないっ!」


 恐ろしい速さでマクスウェルとの距離を詰め、攻撃を仕掛けようとするステラ。


「庇いなさい」


 マクスウェルの命令を聞いた俺の体は勝手に動き、ステラの前に立ちはだかった。きっと、『擬似魅了』のせいだ。この前はプロトタイプだった癖に、もう改良型を作りやがったのか。


「チッ......無様だね。最高に足手纏いだよ、今のあなた。マクスウェルの擬似魅了くらい、気合いで抜けてくれないかな」


 『やられた』。そんな表情をしながらステラは俺に言った。


「無茶言うな」


「此方に来なさい」


 マクスウェルの言葉が頭に響く。俺の体は俺の意志に反して、勝手に動き、マクスウェルの方へと動いていった。

 マクスウェルは近づいてきた俺の首を左手でヘッドロックをする様に固定する。


「その人を、どうする気?」


「殺します」


「はっ......?」


 唖然とした様子で声を漏らすステラとは対照的に俺はそんな死の宣告でさえ、甘美な物に思えた。この数十秒間で俺の理性は完全に失われたのだ。


「私の演算によると、その位置から貴方がどれだけ力を振り絞り攻撃しようと、私が高圧電流でこの人間を殺すのに間に合いません。......命の取引を、しませんか?」


「珍しくも何ともない下等生物の命と引き換えに、私が命を差し出すとでも」


「ええ。差し出します。貴方なら......。これの命が惜しければ、その場で自殺しなさい。貴方の生命反応の消失が確認出来れば、これは解放しましょう。私とて、人間を殺すのは不本意です」


「マクスうぇる......」


 何だか、気持ちが良い。マクスウェルが愛おしい。泣きたくなるほど、マクスウェルのことが好きだ。


「......許可なく、機体に触れないで下さい」


「マクスウェる。......俺達、昔、どっかで会ったことないか?」


「いいえ。そのような記憶はございません。擬似魅了の影響でしょう」


「いや、あるっ! 絶対にあるぞ。マクスウェル! 思い出せえ......! 俺だぞ......!」


「うるさいです。黙りなさい。......っ!?」


 次の瞬間、マクスウェルによるヘッドロックが解除された。そのままマクスウェルは両目をピカピカと光らせ、膝から崩れ落ちる。


「あー、うっ、あー。おー、擬似魅了も解けたっぽいぞ」


 何度か頭を振ったり瞬きをし、体の状態が元に戻っているのを確認した俺は呆然と立ち尽くしているステラにそう伝えた。


「貴方、どうしたの?」


 ピコピコと目の光を点滅させながらうめき声を上げるマクスウェルにステラが聞いた。


「......人間、此方に来てください。頼みます」


 マクスウェルは濡れた声でそう懇願する。俺は警戒しながらも、頷き、ゆっくりと彼女の方へと寄って行った。


「急に戦意喪失しやがって。何なんだよ」


「私は機械です。命令に逆らうことは出来ません。......たった今、私が貴方達と敵対したのは、フィーネが私にステラの殺害プログラムをダウンロードしたからです」


 またアイツか。


「何か、あんまり驚かねえな」


「私もあなたも、フィーネは絶対にいつか仕掛けてくるだろうと思っていたからね......」


 それよりも俺は、先程の行動がマクスウェルの意志ではなかったと知れて嬉しい。フィーネのことはかなり疑っていたが、マクスウェルのことは結構、信頼してたからな。


「んで、何でその『ステラ殺害プログラム』とやらは止まったんだよ」


「分かりません。......ただ、察することは出来ます」


「というと」


 蹲っていたマクスウェルはピコピコと機械音を立てながら立ち上がり、顔を俺の顔に近づけて来た。そして、彼女はゴーグルを上げた。

 美しい黒と青のオッドアイが露わになる。......何時見ても整った、美形の顔だ。


「貴方は妹を亡くしている、そう仰っていましたね」


「......ああ」


「暁由香さん、ですね? 金髪でポニーテールの。声は確か、『兄さん』。こんな感じ」


 頭の中が真っ白になった。生々しいほどに、マクスウェルの声は彼女に似ていた。まるで、マクスウェルが由香に見える程に。


「何でテメエがそれを知ってやがる......!」


 俺はマクスウェルの首ねっこを引っ掴み、声を荒くしながらそう聞いた。コイツに由香について詳しく教えた覚えはない。いや、何なら、名前すら教えていない。


「幾つか、断片的にですが、戻ってきました。彼女の記憶が」


「何言ってんだテメエ......」


「簡単です。『マクスウェル』なんて人格は何処にも居なかったのですよ」


 自嘲気味にそう言うと、彼女は俺に頭を下げた。


「もう、私は貴方がたに合わせる顔がありません。二人の命を奪いかけ、人間の妹の体まで......」


 マクスウェルは混乱した様子でオッドアイを点滅させると、地上に降り立ち、俺のバイクを回収した。


「本当にご迷惑をお掛け致しました。このバイクは私が修理をし、人間のご自宅にお送りします。......では」


「ちょ、待って......!」


 ステラの言葉も聞かずに、マクスウェルは夜の闇に紛れて姿を消した。

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