第三十三話 疲労
「んで、結局、あの『災厄』だか『厄災』だか言う化け物は何だったんだよ」
カップラーメンで夕飯を済ませ、風呂に入り、歯を磨き、パジャマに着替えた俺は先に布団に入っていたステラにそう尋ねた。
あの後、俺とステラはペスト医に元の場所に戻された。グロい物を一般人に見せないように、という一般人への配慮だったのだろう。俺もステラも体を強力な回復魔法で治療され、新しい服と血塗れになった服を入れるための紙袋を貰った。結局、ペスト医は俺達と殆ど言葉を交わすことなく消えてしまったが。
そして、疲れ果てた俺達は何とか家に帰ってきたのだ。
「『災厄』ね。魂の器の塊が、あの子だよ」
布団に包まりながらステラはそう言う。
「いや、分かるか。もっと分かりやすく説明しろ。まず、魂の器ってなんだよ」
「......魂は、脳とは別にその人の自我や記憶、感情を司る『中身』とその中身を保管する『器』で出来ているの。人間の場合、死んだらそのどちらも気化するように消えるんだけど、悪魔の場合『器』だけが残ってしまう。これが基礎知識というか、大前提ね。大丈夫?」
「はあん。まあ、何と無くは」
「その器が数万個、数十万個、堆積していくとそれらが合体して、自我が宿るの。それが『災厄』。災厄が生まれるのは魂から中身が消えて四百年後くらいだから、大きな戦争の戦場から四百年後に『災厄』が現れる、というのがよくあるケースかな」
古くなった魂の器に宿る付喪神、とでも解釈すれば良いだろうか。
「『災厄』ってどれくらいの頻度で現れるんだ?」
「小さな戦争程度じゃ生まれないから、世界を巻き込むような戦争が起きる周期......150、200年周期くらいで生まれるかな。因みに殺すまで自然消滅しないから普通は1年くらいかけて討伐されるよ」
そのかなりレアな存在に俺達は命をうばわれかけた、ということか。全く、どうしてこうも俺は昔から運が悪いのか。
「『災厄』って呼ばれているからには無差別に殺戮したりすんじゃねえのか? アイツ、お前に固執してたけど」
「うん。......普通はあなたの言うように、災厄って無差別殺戮を繰り返すんだけど。どうも、あの子、普通の災厄に比べて理性的な感じがするのよね。私も災厄なんて見るのは初めてだけど」
「理性的だあ......? 節穴過ぎだろテメエ。その鬱陶しい前髪切れよ」
叫び声を聞きたいだとか言って痛め付けてくるような奴が理性的であってたまるか。
「この前髪はアイデンティティ、切らない。それに私が言ったのは、他の災厄に比べて、って意味。普通の災厄は言葉も殆ど喋れないし、人を痛め付けて悦に浸ったり、なぞなぞにハマったりもしない。そもそも、こっちの世界にも来ないし。......あの子には微弱ながら、感情や自我が芽生えているように感じた」
「奴の『感情』や『自我』のせいで、お前が執拗に狙われているのなら、迷惑な話だな」
「......そうだね」
俺は『災厄』の言葉を思い出す。確かに、感情や自我が無ければ言えないような言葉をたくさん言っていた。その精神年齢はまるで幼児のようで、自らの欲求を満たすことしか考えていないようだったが。
「そういや、アイツ、俺達の魂を取り込むみたいなことを言っていたが?」
「......それが『災厄』の最も基本的であり、根源的な行動理由だからね。空っぽの魂の器で作られた自分を、人から奪った魂の中身で満たそうとするの」
「厄介だな」
「災厄だからね」
「はあん......」
『災厄』はまた来るだろう、確実に。ペスト医が居れば心強いが、また来てくれるかは不明だ。彼女は一般人に危害が加えられたとき、加えられそうなときにしか現れない。
一般人に間接的に危害を加えた、という前科があるため恐らく来てくれるだろうとは思うが......。
「ねえ」
「あ?」
「もう、寝ない? 疲れた」
「......そうだな。じゃあ、電気消すぞ」
俺が部屋の電気を消し、彼女の寝室から出て行こうとすると、突然、足が鉄のように重くなり、動かなくなった。
「テメエだろ」
「うん」
「何の用だ」
「......一緒に寝てあげても良いかなと思って」
少し、ほんの少しだけ恥ずかしそうな声でステラは言う。
「そうか、じゃあな。金縛り解け」
「待って」
「あ?」
「一緒に寝てくれないかな......?」
「嫌に決まってんだろ。早く金縛り解け」
すると、ステラは無言で俺の足を元に戻した。俺は足踏みをして足が動くのを確かめる。
「何で、嫌なの? あなた、恥ずかしがるようなタイプじゃないでしょ。私のこと、そんなに嫌い? 生理的に受け付けない? ああ......そんなこと聞かれてうん、とは言えないよね。ごめん。これからはあなたとの距離感、ちゃんと測るね」
どんどんネガティブな方向に話を持っていくステラ。なんだコイツ、地雷女かよ。いや、地雷女だったわ。そうだよな。災厄のせいでコイツがマトモに見えていたが、コイツもコイツで相当、ヤバいんだよな。
「違えよ。確かに外で耳舐めるのは止めて欲しいが、そうじゃない。テメエと同じベッドに入るとか、何か、アレだろ。怖いだろ」
「取って食ったりしないよ?」
「そうじゃねえ。貞操の危機なんだよ」
ステラはサキュバスだ。幸いにも、良識はあるが、それでもサキュバスはサキュバス。人が来るかもしれない場所で耳を舐めてくるレベルにはちゃんとサキュバスをしている。
そんな痴女痴女しくはなくとも、サキュバスの本性をしっかりと剥き出しにしてくるコイツと寝るなんて行為はあまりにも恐ろし過ぎる。
「はあ......」
俺の言葉を聞いたステラは大きな溜め息を吐いた。
「愚かだね、あなた」
そして、急に罵倒をしてきた。
「は?」
「サキュバスって、淫魔である前に夢魔だよ? 夢魔の膝枕で不用心にも爆睡していたあなたが、今更、そんなことを心配するだなんて、滑稽過ぎる」
「......確かに」
「そもそも、あなた如き、何時でも私が本気になればどうとでも出来るんだから。敢えて心配する必要は無いわ。ほら、こっち、おいで」
ステラがベッドをポンポンと叩く音が聞こえる。
「何でテメエはそんなに俺と寝てえんだよ」
「......猫と一緒に寝る感覚かな」
「だから、俺はお前のペットでも無けりゃ、奴隷でも、家畜でもねえ」
「良いからほら、こっち来て。夢魔と寝るの、気持ち良いよ」
「如何わしい台詞に聞こえるんだよそれも」
「実際は良質な睡眠を得られる、って意味なんだけどね」
俺は仕方ない、と溜め息を吐き、徐に彼女のベッドに入った。師走の空気のせいで、かなりしっかりと彼女の温度を感じた。
「......じゃあ、私、寝るね。変な気、起こさないでよ」
「サキュバスの台詞じゃねえだろそれ」
コイツの貞操観念や、羞恥心の基準が何処にあるのかが全く分からない。そう思いながらも俺は目を閉じた。
......が、寝れない。寝れるわけがない。ステラの匂いが凄いするし。何でコイツはこんなにも直ぐに寝息を立て始めているんだ。
「ああクッソ」
ステラに頼めば、幾らでも眠らせてくれるんだろうが『興奮してるんだ、私と寝るの』とか何とか言って煽られそうで嫌だ。いっそのこと、布団を出てやろうか。
「んう......あなた、本当に愚かね」
ドキリとした。どうやら、寝言らしい。早いところ、この布団から脱出してしまおう。そう思った時、気付いた。彼女の手が俺の胸にそっと添えられている。その手は少し、暖かくて気持ちが良い。
駄目だ。裏切れない。仕方ない。寝てやる。どれだけ悶々としようとも。




