第三十一話 砂煙
此処は何処なのだろう。見渡す限り、人は勿論、動物さえ居ない砂漠地帯。砂煙が舞い、暑い日差しが照り付けている。
「暑い......溶ける......」
厄災はかなり不満そうにそう言った。
「貴方程の者であれば、さほどパフォーマンスに影響は無いでしょう」
「まあ......」
「それでは始めましょうか」
「うん......暑い」
どうやら、厄災サマは砂漠の暑さに相当参っているらしく、かなり辛そうにそう言った......瞬間に戦闘が始まった。
激しい金属音や爆発音が聞こえ、二人の残像があちらこちらに現れる。あまりにも二人の動きは早く、とてもじゃないが俺にはそれを捉えられなかった。また、二人の戦闘で舞い上げられた恐ろしい量の砂煙が俺とステラを襲う。
「......一応、魔法で防いであげてるから、目、開けて良いよ」
砂が目に入ることを嫌って目を瞑った俺にステラがそう言った。
「悪い」
「どういたしまして......」
俺は勿論、ステラも先程の戦いで厄災と自分では戦いにすらならないことを理解した。だから、二人の戦いを静かに見守っている。
しかし、足手纏いでしかないと頭では分かっていても、自分達の代わりに命を懸けて戦ってくれている者をただ、見ているだけというのは何とも歯痒い。ペスト医の仮面を被った彼女への申し訳なさは勿論、自分の無力感を思い知らされている感じで。
「速い」
ステラがポツリと呟く。炎や光線など魔法のようなものを恐ろしいスピードで叩き込むペスト医、その魔法を二つの大剣で防ぎ、肉を斬るタイミングを伺っている厄災、二人の戦場は既に陸から空へと移動していた。アニメや漫画でしか見ないような、幾つもの残像が重なって一つの塊のようになる戦闘シーン、それが俺達の頭上で繰り広げられていたのだ。
「見えるのか? 俺、残像ばっかで本体が何処にいるのか全然、分かんねえんだが」
「一応、クイーンサキュバスだからね......自分の財産も守れなかったけど」
「誰がテメエの奴隷だ。誰が」
「......凄い。財産としか言ってないのに。自覚あるの?」
「テメエならそういう意味で言ってやがるんだろうなと思っただけだ」
「ご主人様のことをきちんと分かっていて偉いね。奴隷の才能あるんじゃない?」
「奴隷にも才能が要る社会か」
なんて、何時も通りの会話をする俺達。リラックスしているのではない。逆だ。現実逃避の一環として話しているのである。このまま、二人の戦いを見ているだけでは気が狂う。
喉が渇いてきた。非現実的な状況に置かれたことも関係しているかもしれないが、何より此処は砂漠。物理的な要因で喉が乾く。駄目だ。目眩がしてきた。
俺が目を回しながら魔法で水を出せないかとステラに聞こうとした時、突如、鼓膜が破れかける程に大きな音が聞こえてきた。次の瞬間、厄災が物凄いスピードで空から落ちてくる。
「はあ......はあ......」
またしても大量の砂煙を舞わせながら、厄災は地面にぶつかった。どうやら、空中でペスト医の魔法をモロに喰らい、落下してしまったらしい。
そして、間髪入れずにペスト医は空中から弾幕を打つ。厄災は直ぐに避けようとしたが、広範囲に散らばった炎の球を避け切ることは出来ず、またしても彼女は体のバランスを崩した。其処に更にペスト医が電気の魔法を打ち込む。
「あら『厄災』さん、この程度ですか? それともまさか、この程度の暑さで弱っています?」
レーザーや炎、紫色のエネルギー弾のようなものを次々と放ちながらペスト医は言う。厄災はそれを大剣二つでどうにか防御をするものの、防ぎ切れてはいなかった。
「......♩」
しかし、厄災の表情に曇りは無かった。それどころか、明らかに此処に来たばかりの時よりも機嫌が良くなっている。
「気味の悪い笑顔を浮かべないで下さい」
ペスト医は攻撃の手を緩めず、厄災の一切の動きを攻撃によって封じながら、並行して巨大な魔法陣を展開し始めた。
「......強い、魔法?」
「ええ。これで決めます」
「『スケスケで、フワフワ』これなーんだ?」
「発射」
彼女のなぞなぞには一切答えず、ペスト医は厄災に向かって用意していた魔法陣から極太レーザー放った。
「正解は私、『厄災』」
しかし、レーザーの先に厄災はおらず、声だけが聞こえた。
「なっ......」
ペスト医は驚いたように声を上げる。どうやら、彼女にも想定外の事態が起きているらしい。
「私はそう簡単には殺せないし、殺させない」
そして、俺の視力でもギリギリ見えるか見えないかくらいの、かなり離れた場所に彼女は姿を現した。ペスト医は再び、攻撃をするが、距離が離れているため、その全てが避けられてしまう。......尤も、武器が剣である厄災の方もペスト医に攻撃を当てることは不可能だが。
「逃げる気ですか」
「うん。......また、今度、戦って。訓練しておく。殺せるように」
そう言って、砂煙の舞う砂漠の中に厄災は消えていった。




