第二十二話 浅い眠り
「ねえ、兄さん」
懐かしい声が聞こえた。ふと、振り向くと其処に立っていたのは美しい金髪をポニーテールにした可愛い少女。
「あ? んだよ」
「んだよ、って何よ。んだよって。私さ、高専頑張るから」
ニコッと人の良い笑みを浮かべて彼女は言う。
「......由香か」
「おおう、こりゃ重症だ。由香たんの顔が分からなかったとは。由香たんファンクラブに訴えるぞゴルァ。てか、今日、私の合格祝いの日よ? そんな日に兄さんが暗いと、凄い嫌なんだけど」
その時、パッと世界が色を産んだ。祝いの料理を作る母、その母の指示に従って食器を棚から取り出す父。ダイニングテーブルには既に酒とジュース、そしてキャンドルスタンドが置かれており、既にローソクには火が付いている。
「ああ、ごめんな。......兎に角、由香、おめでと。応援してるから、俺」
「ふふん。それで良いのよ。もっと祝え、祝え〜。てか、兄さんも来年は受験でしょ? 受かると良いね」
「そうだなあ。本腰入れて勉強しないと」
「兄さん、既に死ぬほど勉強してる方だと思うケドネ......」
由香は呆れたように俺から目を逸らす。
「由香、ご飯出来たよ。食べよ。ほら、パパ早く持っていって」
「わ、分かってるって。そんなに急かさないでくれよ〜......」
尻に敷く母、敷かれる父、何時もの光景だ。
「「「由香、高専合格おめでとう」」」
父、母、俺の三人が由香を祝福した。先程まで『祝え祝え』と言っていた由香は気恥ずかしそうにはにかんでいる。
「あ、ありがと......。高専でもいっぱい勉強して、人の役に立つ物を作れるようになりマス。ハイ。由香たんがんばるます」
「由香、私にタイムマシン作ってくれない?」
「へ?」
「結婚してみたい。哲じゃなくて、別の男と」
「そりゃないよ......大体、君が別の男と結婚したら楓も由香も生まれないんだぞ?」
「あ、じゃあ、アンタとは子供だけ作れば」
「はい、最低。拗ねるぞ」
「ごめんって」
何時ものようにじゃれ合う両親。この関係は付き合った頃から変わっていないらしい。
「あはは〜、ママって割とブラックなこと言うよね......」
「うん。母さんらしいと言えば、母さんらしいけど」
俺は苦笑しながらビールを手を伸ばす。
「ちょ、楓!? 未成年で飲酒をするような子に育てた覚えはありませんわよ!? ......育てた覚えないからお前のせいだな」
「ちょ、何でそうなるの!? 僕はママの放任主義が招いた結果だと思うけど!?」
「あ?」
「ごめんなヒャィ......」
どうして、酒なんて飲もうとしたんだろう。
「兄さん、さっきから様子可笑しいけど、大丈夫? 雰囲気も何か違うし」
「いや、知らね......知らないよ」
「ほら今も、知らねえって言おうとしたでしょ」
「......ごめん。好きなキャラのモノマネばっかしてたせいだ」
「あー、何か納得かも。永遠の厨二病だもんね、兄さん」
「止めて」
俺がそう言いながら料理に手を伸ばした時、腕がキャンドルスタンドに当たってしまった。そのままスタンドは倒れ、火は机のクロスに引火する。
「あっ」
「ちょ、兄さん!?」
クロスに引火した炎はたった数秒のうちに部屋を包み込んだ。
「楓! 由香! 顔を低く! 顔を低くするんだ! ......うっ」
父が死んだ。
「楓......由香......」
母が死んだ。
「ゆ、由香! 逃げるぞ!」
「に、兄さん、もう無理だよ私。兄さんだけ逃げて......!」
妹も俺の手を離して炎の海に沈んでいった。
「ああああああああああああああああああああ!」
叫ぶ。走る。気付くと周りに家はなく、道もなく、ただただ黒い空間が広がっていて、一人の少女が立っていた。
紫色の髪の、暗黒の空間に溶け込んだ翼を持つ、一人の少女が。
「俺を殺してくれ」
簡潔に、そして、心から彼女に哀願する。
「死ぬ前に、殺人は嫌かな......」
しかし、彼女はナイフで自分の首を掻っ切ると、俺の眼の前で死んだ。
「......クソッ! クソッ! クソガッ! 何なんだよ!」
向ける相手のいない怒りをひたすら虚空に向かってぶつける。当然、誰からも反応は無い。
「誰か、俺を殺してくれ......。なあっ!? おい、聞いてんのか! 消えろっ! 全部消えちまえっ!」
幼稚な暴言を吐き続ける。相手は居ない。どうか、死なせて欲しい。死んで、思考から解放されたい。感情から解放されたい。
音を立てて燃える家が目の前に浮かび上がってくる。其処に俺は飛び込んだ。
⭐︎
埃臭いラグの上で浅い眠りから覚めていく。随分と不快な夢を見ていた。
「17時か。......やられたな」
誰も居ない部屋で俺はそう呟いた。二度も同じ手で眠らされるとは。対策の方法、無いのだろうか。家中を探し回るが、ステラの姿は何処にも見当たらない。俺は軽く溜息を吐いた。思考が段々と追いついてくる。成る程。不味いな。
彼女は俺と契約をし、制約から解放された状態で俺を眠らせ、何処かに消えた。この事実が酷く単純で嫌な可能性を示唆しているようで心が痛む。俺が彼女に眠らされてからかなりの時間が経っている。まず、普通に探すのは無理だろう。
何か、何か策は無いか。そう考える程にどんどん自信が無くなっていく。彼女の羽、アレは恐らく、飾りではない筈だ。......無理だ。生身の人間が探すのは。こうなったら後は好むと好まざるとに関わらず、希望は一つだけだ。
⭐︎
「で? ボク達を呼んだ訳?」
「ステラ・フォン・フォーサイスの捜索、ですか......」
「頼む。お願いだ。お前らしか、頼れる奴が居ないんだ」
俺はフィーネとマクスウェルにどうか、どうかと頭を下げた。翼を持ち、魔法を扱う彼女を探し出す方法は同じく悪魔である二人しかいない。
そう思った俺は先程教えて貰った電話番号を使って二人を呼び出したのだ。
「え〜、どうしよっかなあ。これでもボク、かなりの上級悪魔だからなあ」
「......分かってる。......分かってる。でも、もう家族を失いたくないんだよ......」
体をブルブルと震わせ、崩れ落ちながら俺は二人に哀願した。彼女達に見捨てられたら、もうおしまいだ。ステラを見つけ出すことはまず出来ない。
「既に自殺しちゃってるかもよ? それでも良い?」
「......ああ! だから、頼む。ステラを探してくれ!」
僅かな希望の光が俺に差し込んだ。型破りなフィーネのことだ。『面白い』と言って力を貸してくれるかもしれない。
「ん、良いよ。じゃあ、代償ちょうだいね」
しかし、そんな俺の希望は意図も容易く打ち砕かれた。
「......は?」
「え?」
「いや、え、代償? 代償って......」
「うーん。キミの命は確定として、そだ。平沢悠生クンだっけ。彼の命も貰おっかな。あ、ボクが殺すと色々アレだから、キミが殺してボクに死体を差し出してね」
子供を思わせる無邪気な笑顔を浮かべながらフィーネはそう言った。目の前が真っ暗になる。
「アレ? 何でそんな顔してるの? いや、感謝して貰っても失望される謂れはない筈なんだけど。召喚した訳でも無いのに悪魔と契約交渉のテーブルに着けるなんて、そうないことだよ?」
「そん......な」
軽い眩暈がする。気分が悪い。吐き気がする。確かに言われてみればそうだ。上級悪魔であるフィーネをそんな簡単にコキ使える筈がないのだ。契約をしてくれる、というだけでも彼女にとってはかなり情けを掛けた方なのだろう。
しかし、俺はステラのために平沢の命を差し出すようなことは出来ない。
「きゅ、急に呼び出して悪かったな。ありがとう」
俺は自嘲気味に乾いた笑いを浮かべながらそう言った。
「お待ち下さい」
俺が家に帰ろうとすると、突如、マクスウェルのアームが腰を掴んできた。
「家族」
「......?」
「ステラ・フォン・フォーサイスは『家族』だと、貴方はそう言いましたね」
ゆっくりと俺の腰を掴んでいたアームが離れていく。
「言ったな」
「......彼女の捜索は私一人でも充分、可能です。どうぞ、私をお使い下さい。幸い、魔力の波動を始めとする彼女のサーチに必要な情報は確保済みです」
マクスウェルは冷たく硬い声で、機械的にそう言った。




