第二十一話 暁楓
「あー、お前、アレだ。死ぬ前に一個だけ聞かせろ」
「何?」
「お前、俺にチャーム掛けてやがったらしいな。何でだよ」
先程、フィーネに言われたことを思い出し、俺はそう言った。ステラが俺にチャームを掛けていた理由、そこには何か訳がある筈だ。
「え?」
と、思っていたのだが、ステラは何故か首を傾げた。
「あ?」
「いや、私、チャームなんてあなたに掛けてないんだけど」
「は? いや、とぼけんなよ。フィーネが言ってやがったぞ。お前が俺にチャームを掛けているせいで、自分のチャームが掛からないって」
「いや、本当に私、知らない。......サキュバスと一緒に居る人間が徐々に魅了されていくことはあるけど、こんな短期間で魅了されるなんてことある訳ないわ」
俺とステラの間に気まずい沈黙が流れる。
「じゃあ、何だ。アイツが嘘ついてやがったってことか」
「そんな嘘ついてもあの子に得無いと思うけど」
「そりゃそうだが、他に心当たりあんのかよ」
ステラは軽く息をつくと、俯き、首を何度も傾げた。そして、彼女は一つの可能性を導き出したようで
「......ある」
と、静かに言った。
「言ってみろ」
「......あなたは怒るかもしれないよ」
「既にテメエが死にたいとか宣っててブチ切れてる」
「あなたも死のうとしてたじゃない」
「......そうだったな」
だからこそ、俺には分かる。客観的に幾ら『自殺はしてはいけない』と分かっていても、死にたくなるときは死にたくなることを。
「話を戻すよ。可能性としては『あなたの方から魅了されにいった』というのが一応、考えられるね......」
「は?」
言葉の意味が分からなかった。
「簡潔に言うと、『あなたが私に惚れてしまった』ってこと。サキュバスって容姿端麗だからね。チャーム無しで惚れちゃう人間も居るらしいよ。そうなったら、チャームに掛かっているのと同じ状態になるんだって」
「はああ?」
確かにステラのことは嫌いではない。自分のことを助けてくれた恩人だし、つまらなかった俺の毎日に花を添えてくれた奴だからだ。コイツとの生活はそこそこ楽しい。
......しかし、だからといって、惚れている訳では決してない。確かにステラの容姿や声は可愛いとは思うが、俺はコイツがただの可愛いだけの小悪魔でないことをよく知っている。情緒不安定だし、精気は搾り取ってくるし、根暗だし、こんな奴に自分から惚れる訳がない。それも、チャームの効果と同じくらいの惚れ具合だというなら尚更だ。
「全く、サキュバスと人間の恋愛なんてロクでも無いんだから。止めてよ」
「あのな......」
「安心して。あくまでそれは一つの可能性だから。もしかしたら、この前、私の体液を飲んじゃったせいかもしれないし。この前、掛けたチャームがまだ少し残っているだけかもしれない」
落ち着いた声で少し笑いながらステラは諭すように言う。
「少なくとも体液を飲ましてくる奴に惚れたりはしない」
「じゃあ、貴方以外の人から吸精するのを縛った理由は何?」
「生理的に嫌」
「え?」
「俺以外の奴から精気を吸ったお前が俺からも精気を吸ってくるの、不特定多数の人間とコップを共用してるみたいで気持ちわりい」
「......ふうん」
何処か不満そうにステラはそう呟く。
「あ? 何だよ。俺がお前に惚れてて欲しかったのか? 止めろよ。サキュバスと人間の恋愛なんてロクでもないんだから」
「心配しなくても私、あなたのこと餌兼飼い犬くらいにしか思ってないから」
「奇遇だな。俺もテメエのこと世話の掛かる猫くらいにしか思ってねえ」
「......にゃあ」
ステラはそう鳴くと、猫の手のポーズを俺に見せてきた。彼女の顔は茹でダコのように真っ赤。恥ずかしがるならすんなよ。
「......アホか」
「顔、赤いよ」
「テメエ程じゃねえ」
「・・・・」
「・・・・」
またしても気まずい沈黙が流れる。俺の頭にステラの『にゃあ』が焼き付いて、剥がれない。クッソ、可愛いなコイツ。
「ねえ」
「あ?」
「楓。暁楓」
心臓がキュッと締まるような感じがした。彼女に名前を呼ばれることは今まで殆ど無かった。いざ、名前を呼ばれると嬉しいような、違和感があるような、何とも形容のし難い気持ちになってしまう。
「何だよ」
「呼んでみただけ。暁の楓、って良い名前だよね。楓って、植物は見たこともないし、馴染みもないけど」
楓、英語で言えば『Maple』。両親は楓、という名前にどんな意味を込めたのだろうか。今となってはもう聞くことは出来ない。
「......ならせめて、楓が紅くなる時期くらいまでは生きてろよ」
「ほぼ一年後じゃない」
「テメエには死なれたくねえんだよ。寝覚めが悪いだろ」
「......変なの」
幼い声でそうとだけ呟くと、彼女は俺に手を伸ばした。




