第二十話 嘆息
遂に二十話行きましたね! 評価、ブクマ、感想、レビュー、いいね、是非とも宜しくお願いします!
「......帰ったね」
「帰ったな」
フィーネとマクスウェルが去ったリビングで俺とステラはそう言って溜息を吐いた。
「......ごめん。私のせいでこんなことになって」
「何でお前のせいなんだよ」
「サキュバスの女王に追われているのは私だから。私さえ居なければこんなことにはならなかった」
「馬鹿、お前は被害者だろ。つーか、何でお前の親はこっちの世界にまで刺客を送ってきてんだよ」
俺はソファに座り、そんな疑問を口にした。
「あの人からすれば、私はいつこっちの世界で契約を終えてあっちの世界に戻ってくるか分からない存在。早めに芽は摘んでおきたい、ってことじゃないかな」
「実際は俺に契約をして貰えないせいで自死を選ぶことも出来ず、こっちの世界に縛り付けられてんのにな」
「本当にね......ねえ」
「あ?」
ステラはソファに寝転ぶ俺の顔を上から覗き込んできた。歯医者に顔を見られているような気分だ。
「話を戻すけど、あなた、私のことを相当、心配してたよね?」
「は? いや、別に」
「心配してなかったの?」
「たりめえだろ。確かにさっき言った通り、お前に死なれると色々困るが、心配はしてねえよ」
ステラは俺の顔を覗き込みながら、『ふーん』と呟いた。
「嘘、吐くんだ」
「は?」
「サキュバス、というか、悪魔に嘘を吐くなんて、あなたもリスキーなことするね。......私相手に、そんな嘘が通用すると思った?」
小馬鹿にするような、責め立てるような、そんな声色でステラは俺にそう言う。不味い。ステラがよくない目をしている。
「......正直言って、心配はかなりした」
「初めからそう言えば良かったのに。あなたが素直じゃないのは知っているけれど、嘘は良くないな。......悪魔に嘘を吐いた代償、貰うね」
そう言うとステラはソファで寝転がっている俺の横にしゃがみ、顔を俺の頭に近付けてきた。一体、何をされるのか、どんな魔法を使われてしまうのか、俺は警戒する。
そして、彼女が取り立ててくる『嘘の代償』というものは実にサキュバスらしいものであった。
彼女は俺の耳に自らの舌を這わせてきたのである。
「んっ......!? 何しやがっ」
俺が叫ぼうとすると、口と目を魔法か何かの能力で強制的に閉じさせられた。それと同時に体も動かなくなる。
「静かにしててね。ちょっと、舐めるだけだから」
ステラが俺の耳を舐める水音と、ステラの呼吸音がだけが直に伝わってくる。視界を遮断され、研ぎ澄まされた聴覚と触覚への直接的な攻撃。それはあまりに強すぎた。
叫びたいが口を閉じられているので叫べない。暴れたいが、動きを封じられているので暴れられない。
「やっぱり、耳舐めは良いね......。上質な精気が吸える。生殖器を省けば、耳って一番、吸精に適した器官なんじゃないかな」
そんなことをブツブツと言いながらステラは俺の耳を舐め続ける。既に俺の精神は限界であった。こそばゆいのに身動きをすることどころか叫ぶことさえ許されない。
「んぐっ! んうううっ! ん!」
俺は口を塞がれながらも言葉にならない声を上げ、ステラを睨み続けた。といっても、目は見えないのだが。
「そうやって、もごもご出来るってことはまだ余裕あるね。もう少し、吸わせて貰おうかな」
コイツ絶対、ぶん殴る。そう心の中で決めた十数分後、俺はやっと、解放された。しかし、既に俺の体は限界。
口の開閉も身動きも自由になったというのに俺は口をだらんと開けて、力なくソファに倒れてしまっていた。
「ん、美味しかったよ......ありがと......。魂に効いた。また、吸わせてね」
満足そうに、少し色っぽさを見せながらも可愛らしく礼を言うステラ。何時もの俺なら心を奪われそうになるところだが、今回ばかりは彼女への怒りと疲労が勝った。
「悪魔に魂なんてあんのかよ。魂を奪ってるイメージしか無いが」
「有るには有るよ。でも、悪魔の魂は人間の違って少し厄介......。まあ、どうでも良いか。それより、また今度も吸わせてね、精気」
「絶対、絶対、殴るからなテメエ......」
「そう言いながらもあなたが私のことを殴れないことも、殴らないことも知ってる」
「見透かしたような言い方ムカつくんだよ......」
俺は全身の力を腕に集中させ、体に残っていた僅かな力でステラの頭をこついた。
「痛い」
「嘘つくな。クイーンサキュバス様がこの程度で痛がる筈ねえだろ」
「バレた?」
「あんま俺のこと馬鹿にすんなよテメエ。......つーか、テメエ、嘘の代償、払えよ」
俺がそう言うとステラは『そうくるか』とでも言いたげな表情で溜め息を吐き、頷いた。
「そうだね......良いよ。何が良い? 私があなたにあげられるものなんて限られているけど。快楽とかで良い?」
「『快楽』なんてデンジャラスな選択肢を例に挙げんな。つーかそれ、お前が精気吸いたいから言ってるだろ」
「......え? 何でバレたの」
シリアスな声色で馬鹿言うな。
「たく、サキュバスは精気なんてなくても生きていけるんじゃなかったのかよ」
「それに関しては前にも言ったでしょ。一度でも精気を吸ったサキュバスは本能が覚醒して、精気を吸うのを止められなくなるの」
「じゃあ、最初、何で俺の精気吸ったんだよ」
「興味があったから......?」
「俺に聞くな」
「ごめんね。あなたが迷惑しているなら、やっぱり、多くの人から微量吸うようにする」
「それは許さん。あ、もうそれにするわ。テメエの嘘の代償は俺以外の奴から精気を吸うことの禁止だ」
「小さな嘘にしては代償重すぎない......? というか、本当にどうしてあなたは私が他の人から精気を吸うことを拒むの? あなた以外の人間に迷惑かけるつもりは無いから誤差みたいな量しか吸わないわよ?」
「何で俺には迷惑かけるつもりなんだよ。ふざけんな。......兎に角、俺以外の人間への吸精は禁止だ」
『はあ......』とステラは嘆息を漏らし、そして、仕方ない、言うかのようにもう一度嘆息を漏らした。
「良いよ。分かった。あなた以外の人間から精気は吸わない。でも、流石にこの制約はあの嘘の代償としては大き過ぎるから一つ、条件を課すね」
「条件?」
「『私が欲すれば生命に影響のない範囲で幾らでもあなたは精気を差し出す』、これでどう? ......勿論、私だって良識の範囲内でしか吸わないよ」
「チッ......まあ、良いか。その条件で良い」
俺が同意すると、突然、ステラの足元に魔法陣と思しき光を放つ謎の円が現れた。その円の中には六芒星が描かれている。
円はクルクルと彼女の足元を回り、そして、突如、消えた。
「はい。これで私、いつでも死ねるよ」
ステラは無表情ながら、何処か俺を嘲笑するかのような、勝ち誇るような、声色でそう言った。
「はあっ!? 何言って......まさか」
「愚かだね......少し、考えたら分かるでしょ。今、あなた、悪魔と契約したんだよ? あなたは私に『自分以外に吸精をしない』という要求を呑ませる対価として『いつでも自分の精気なら吸っても良い』という権利を渡したの」
悪魔を召喚した者は悪魔と契約をする権利を持つ。そして、悪魔は召喚者と契約をするか、召喚者を殺害するかをしなければ、自死が出来ない。彼女は前にそう言っていた。だからこそ、俺は彼女を死なせないために契約をしないでいたのだ。
完全にやられた。
「本気かよテメエ......」
「うん。あなたとの生活はそこそこ楽しかったけど、あなたにこれ以上迷惑掛けられないし。私がずっと死にたがってたこと、知っているでしょう」
彼女の目は本気だった。決して焦っても、興奮してもいない。静かに、心を落ち着かせた状態で、確実に死を望んでいるような、そんな目をしている。
力では止められない。言葉だ。何か、何かを言え。




