第十八話 マクスウェルの悪魔
「ステラっ!?」
俺はバイクを家の前で乗り捨て、家の扉を開けて彼女の名前を叫んだ。家の外観は今朝と変わらない。少なくとも家が壊れるほど激しい戦闘は発生していないようだ。また、家の中からも戦闘音は聞こえてこない。
が、ステラの声も聞こえてこない。
「おーい。お姉ちゃん、生きてる?」
焦燥に頭が支配され、体をガクガクと震わせている俺とは対称的にフィーネはとても落ち着いていた。姉の生死に対してあまりに冷静過ぎる。
「生きてるなら返事しろ! 最上級種族なんだろ!? 下等生物の人間とは違うって言うなら返事しやがれ! テメエがそんな簡単にくたばらねえことくらい俺は分かってんだよ!」
俺は喉が裂けそうなほど大きな声を出した。俺が今朝、家を出る時『私が付いて行かなくて大丈夫? 死なない?』と言ってきやがったあいつの顔が脳裏にチラつく。
たく、人の心配する前に自分の心配しろよ......。
「うるさいわね。静かにして。後、遅い。お昼冷めちゃったじゃない」
「っ!?」
不機嫌そうな、幼さを強く感じさせる、美しく可憐な声がリビングの方から聞こえてくる。俺は心臓がバクバクと拍動するのを感じながらリビングへと向かった。
「おかえり。......変なの連れて帰ってきたみたいだね。誰それ」
「良かった」
俺は彼女の問いに答えず、大きな溜め息を吐いてその場に座り込んだ。
「ふうん......私のこと、心配してたんだ。私、あなたに酷いことばかりしてるのに。変なの」
「ハッ。テメエに死なれたら折角したスマホの契約が無駄になるだろ。サキュバスの血に汚れた家なんかに住みたくねえし」
「......ふうん、そっか」
ステラはそう言って俺をジトっと見つめてきた。可愛い。可愛いが、何だか背筋が凍るというか、ゾクゾクとする。
「その目止めろ。何か気持ち悪い」
「仕方ないんじゃない? あなたも人間。サキュバスに心を見透かされながら見つめられることに快楽を覚えるのは仕方がないこと。ふふっ」
「快楽云々にはノーコメントだが、自棄に機嫌良さげだな、お前」
「......別に。それで、その子は誰? この子の知り合い?」
ステラは視線を下に向ける。彼女の足下には何やら水色のロボットスーツのようなゴツい装甲を見に纏った青髪の少女が倒れていた。
背中からアームのようなものが五つ伸び、左腕も装甲を纏っており、手だけがちゃんと肌色をしている。右は腕も手も完全に機械だ。というか、よくよく観察すると、肉体の上に装甲を纏っているというよりも体の大部分が機械化されているように見える。
「こっちが妹、そっちが姉だとよ。随分と見た目が違うが」
「あ、初めまして、じゃないな。向こうの世界で会ったことあるよね。お姫様」
此処に来て驚愕の事実が発覚した。知り合いだったのかよお前ら。
「え、誰」
と、思っていたらステラはそう首を傾げた。
「えー? あ、じゃあ、これ見せたら分かるかな?」
そう言ってフィーネがステラに見せたのは先程、俺を脅すのに使っていたナイフであった。
「......ああ、もしかしてあなた、前に私のことを殺そうとした?」
「そうそう。逃げられちゃったけどね。ボク、フィーネって言います。そっちはマクスウェル。姓は分からない。名前も本名じゃないし」
どうやら、この前のステラの話に出てきた、ステラの母の差金でステラを殺そうとした暗殺者、というのはフィーネのことだったらしい。
「お前、ソイツ、マクスウェルのこと殺したのか?」
マクスウェル......マクスウェルの悪魔。詳しくは知らないが、熱力学にそういう言葉があるのは知っている。本名ではないということは、恐らく、其処から取ったのだろう。
......名付けの親はこっちの世界について詳しかったのか? いや、本名じゃないらしいし、自称なのだろうか。
「多分、生きてる、かな? 体の半分以上が機械で出来てるみたいだから生命反応があまり感じ取れないけど。あ、因みに私はこの子と戦っていないからね」
「じゃあ、何でソイツは気絶してんだ?」
「私を殺そうと襲撃してきたんだけど、たまたま家に居た小さな虫を見て『スリープモードに移行します』とか何とか言って気絶しちゃった」
「お姉ちゃん、機械だから虫苦手なんだよねー」
「何でそんな奴に襲撃させたんだよ......」
コイツらもサキュバスの女王の差金なのだろうが、『面白いから』なんて理由で職務を放棄したり、虫で気絶したりするような奴らを刺客として送ってくるとはかなりお粗末な感じがする。
「ボクもはっきり言って、恨みもないお姫様のことを殺したくなかったからさー。お姉ちゃんならどうせしくじるだろうなと思って」
姉への信頼がゼロ。
「殺したくなかった......? 私のことを前も殺そうとした貴方が?」
ヘラヘラと笑うフィーネをステラが睨む。
「え? 何? お姫様。もしかして、ボクから逃げられたのが自分の力だと思ってる?」
しかし、睨まれたフィーネは一切怯まず逆に冷たい声でステラにそう問うた。ステラの表情が少し強張る。
「......貴方、まさか」
「スリープモードを解除します」
ステラが何かを言いかけたところで突如、マクスウェルが立ち上がった。俺とステラは驚いて彼女から距離を取る。まだ、立ちくらみがするらしく、頭を振っている。
「大丈夫だよ。そんな怯えなくても。おはよー、お姉ちゃん」
「フィーネ......何故? 貴方は人間を足止めしている筈、っ!? 人間!?」
驚嘆の声を上げるとマクスウェルは背中のアームで俺のことを引っ掴み、頭が天井スレスレになるまで持ち上げてきた。
「何しやがんだテメエ!?」
「......作戦失敗、ですか」
「いや、溜息吐くな。降ろせ。おい、ステラ。助けろ」




