第十六話 激怒
「......まあ、何や。ワイもあの会社辞めてん。......んで、まあ、此処に再就職した訳」
この店に居る訳を聞かれた平沢がした説明は至ってシンプルなものだった。妙に歯切れが悪い気がするのは気のせいだろうか。
「話聞いてる感じ、暁さんも悠生さんと同じ会社だったみたいですね」
「私だけ仲間外れかあ」
佐藤が面白くなさそうにそう呟く。
「色々、話したいのは山々なんやけど、ワイ、この店のHP作れって言われてるから。またな、暁。明日から宜しく」
平沢はそう言い残すと足速に部屋を去ってしまった。久しぶりに会った平沢の顔は幾分か健康的になってはいたが、相変わらず忙しそうだ。というか、何だ。HPの制作って。
「あの、HP......」
「HP作りなんて業務内容に入って無かった筈だ、ですよね。大丈夫です。あれは悠生さんだから任せているだけなので」
「どういうことですか? それ」
佐藤の問いに十は『フフッ』と妖しげに笑った。
「いつか、分かると思いますよ」
全く、この世界には謎が多い。
⭐︎
「あ、あの! 待ってください!」
店を出た俺が家に帰ろうとバイクを止めた駐車場に向かっていると、追いかけてきたらしい佐藤が背後から声を掛けてきた。俺は少し驚きながら振り向く。
「ん?」
「少し、遊びませんか? 明日から一緒に働く仲間な訳ですし。お昼ご飯とか一緒に食べましょ」
「あー......」
気持ちは嬉しいが、アイツが昼飯を用意して待っている以上、彼女と昼食を共にする訳にはいかない。
とは言っても、彼女の言う通り俺と彼女は明日から働く仲間。断るのも如何なものか。
「ね、良いですよね! 行きましょう」
すると、此方の返事を待たずに佐藤は俺の腕を掴み、駆け出した。気弱な雰囲気を漂わせる佐藤にしては随分と強引なやり方だ。
「い、行くって何処に行くんですか......?」
「私、良いレストラン知ってるんです。其処に行きましょう」
仕方ない。ステラには悪いが勘弁して貰おう。俺は佐藤に言って、ステラに帰宅が遅れることをLINEで伝えた。
佐藤の話によるとそのレストランはこの商店街にあるらしく、そう遠くはないらしい。
「あ、ちょっと待ってください。私もちょっと家族に連絡します」
佐藤はそう言うとガラケーをバッグから取り出して電話を始めた。佐藤は近年稀に見るガラケー使用者だった。
「もしもし。あ、うん。私。ご飯食べてくるから遅れるね。オッケー牧場。バイビー。......さ、行きましょうか。もうすぐ其処ですよ」
一分もかけずに佐藤は遅れる旨を相手に伝え、電話を切った。何か立て続けに死語が聞こえた気がする。
「オッケー牧場......? バイビー......?」
「あれ? 言いません? 遅れてますね」
......何も言わないでおこう。
それから数分程歩いていくと、佐藤はとある店の前で立ち止まった。洋食屋のようだ。
「此処です、此処。言ってたオススメのレストラン」
店の前にはハンバーグやオムレツの食品サンプルが置いてある。レトロな雰囲気の漂う、古き良き店といった感じだ。
「オススメは?」
入店し、席に座った俺は向かい側に座った佐藤に聞いた。メニューにはハンバーグ、オムレツ、カレー、シチュー、ノーマルな洋食は全て載っている。種類が豊富なのは結構だが、どれにするか非常に悩ましい。
「やっぱり、ハンバーグですかね。シンプルですけど間違いないですよ。私も頼みます」
「じゃあ、俺もそれで」
ハンバーグを注文し、料理が運ばれてくるのを待っていると、何故か佐藤が俺の顔を見つめて笑ってきた。
「どうかしましたか?」
「いや、何でも。ただ、あんな強引に誘ったのに付き合ってくれるなんて優しいなあと思って」
「強引に誘った自覚はあったんですね......」
「どうしても、貴方とご飯が食べたくて」
「そう言われて悪い気はしないですけど。あ、ちょっとスマホ見て良いですか。あれ、まだ既読付いてない」
ステラにLINEを送ってから既に十分以上が経過していた。しかし、チャット欄には彼女からの返信はおろか、既読の文字さえ見えない。スマホを家に置いて、散歩にでも行ったのだろうか。
しかし、今は13時。普通なら飯を作って俺の帰りを待ってくれている時間の筈なのだが。俺の頭の中は一気に嫌な妄想でいっぱいになった。
「まさか、自殺したんじゃねえだろうな......」
小さな声で俺はそう呟く。彼女は『悪魔は召喚された場合、契約をするまで自殺をすることは出来ない』といった。しかし、此処は現代日本。自ら首を切らずとも、車にわざと轢かれるなり、色々と『他殺』で自殺する方法はある。
「自殺?」
かなり小さな声で呟いた筈だったのだが、聞こえてしまっていたらしく佐藤は首を傾げた。
「ああ、いや、その......何でもない、です。はい」
上手い嘘が咄嗟に出てこなかった。
「そうですか」
反応薄いな。
「此方、ハンバーグ定食になります」
そんなやりとりをしていると従業員が鉄板の上に乗せられたハンバーグ、白ご飯、そしてサラダで構成される定食二膳と伝票をテーブルに置いていった。
「ささ、食べましょう。はむ。うーん、美味しい!」
「あ、ああ......」
ナイフを入れると、そのハンバーグからはドクドクと流血のように肉汁が出てきた。本来なら美味そうだと喜ぶところだが、生憎、頭の中がステラのことでいっぱいで感動出来ない。
試しにハンバーグを口に入れてみたが、やはり、味がしない。いや、厳密に言えば勿論、味はするのだが、全く味わえない。依然として既読は付かないままだ。頼むから気付いてないだけであってくれよ......。
「美味しいです。うんうん」
俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じながらも速く食事を終えて帰ろうと、パクパクと飯を食べた。
「でしょー! 此処のハンバーグ最高なんですよ! まさにチョベリグ、って奴?」
「流石にチョベリグは死語過ぎませんか」
「え?」
「あ、いや、何でもないです。すみません。家族が待っているのでなるはやで帰りますね」
使い方あってんのかなこれ。
「結婚、されてるんですか? それとも実家暮らし?」
また答えづらい質問を......。
「実家暮らし、じゃないですね。結婚もしてません。えとほら、あの、妹です」
「あー、そうなんですか。妹さん、どんな方なんですか?」
「思春期なんでちょっとツンツンしてる面もありますけど、良い奴ですよ。優しくて」
「へえ、私、兄弟姉妹は姉しか居ないので憧れます。......ところで、一緒に住んでるのって妹さんだけですか? 彼女さんとかは?」
ジッと佐藤は俺の目を見つめてそう聞いてきた。上手いこと誤魔化せたと思った矢先、これかよ。俺は彼女から目を逸らし、溜め息を吐く。
「どうしてそんなことを?」
「別にー?」
何処か面白くなさそうな表情を浮かべながら佐藤はそう言う。まさか、俺に気があるんじゃなかろうか。......無いな。
「ご馳走様でした! あ、代金、俺が払いますね!」
「あ、ちょ、割り勘で良いですって!」
静止する佐藤を無視して俺は伝票をレジに持っていくと、ささっと支払いを済ませた。
「じゃあ、俺、帰りますね! 今日はありがとうございました!」
俺は逸る気持ちを抑えながら佐藤に頭を下げる。そして、その場から立ち去ろうとしたその時......
「待ってください」
と、佐藤が俺を引き止めてきた。
「な、何ですか! ちょ、俺急いでるんで!」
「......やっぱり効かないか」
「はいいっ!? 早くしてください! 俺、帰りますよ!」
失礼とは分かりながらも俺は叫ぶように佐藤にそんなことを言った。まだ既読は付いていない。もし、アイツが自殺なんてしていたらと思うと居ても立っても居られないのだ。
「お姫様なら既に死んでいると思う」
「あ、そうですか。じゃあ、俺、帰りますんで! さようなら! あ、バイビー」
「......いや、無視しないで」
駐車場に向かって走り出す俺を佐藤が止めてくる。全く、何がステラは既に死んでいるだ。馬鹿馬鹿しい。俺が知りたいのはステラの生死。
早く家に帰らなければ......既に死んでるって言ったかコイツ。
「チッ! おいテメエ、何でステラのこと知ってんだ! 今のどういう意味だ!? ああっ!? ......ああ、そうか。テメエがアイツの言ってた暗殺者か。だからといって、日本まで追いかけて来る必要ねえだろ! クソがっ......!」
駐車場に向かって走っていた俺は一転、振り向いて後ろから追いかけてきていた佐藤の肩を強く揺すった。
「時間差? 遅くない? てか、口調乱暴......」
俺は佐藤の顔面を拳で殴った。




