第十三話 うどん
「......無駄足だったな」
俺は帰宅途中、バイクに乗りながらそう呟いた。
「完全に無駄足にしないためにも『スーパー』寄ってくれない? ご飯の材料買いたい」
知っているぞ、とでも言うかのように『スーパー』の語を強く発音しながら彼女は言う。
「あー、良いぞ。今日の昼飯は何だ?」
「うどん」
「うどん」
「ネットで見て、挑戦したくなっちゃって」
「いや、うどんは挑戦するようなもんじゃねえだろ。茹でるだけだぞ」
まあ、具材を切ったりする作業はあるだろうが。
「え?」
「え?」
「でも、丁度良い硬さ加減とかさ、切り方とか難しそうじゃない?」
「いや、硬さ心配なら茹でる時間測れば良いだろ。具材の切り方なんて......おい待て。もしかして、手打ちうどん作ろうとしてねえかお前」
もしそうだとしたら、確かにうどんは時短料理から『挑戦』するに値するそこそこの難度の料理になる。
「うん」
「......成る程」
「好き? うどん」
「嫌いじゃねえ」
「そっか。頑張るね」
「おー......」
無愛想だし、急にトチ狂って痛め付けてくるし、可愛げなんて一切無いコイツだが、俺は彼女に心を許してしまっている面があった。何故だろう。サキュバスの力、なのだろうか。
「どうかした?」
「何でもねえ。ただ、お前が俺にまた変な魔法掛けてないか勘繰ってただけだ」
「へえ。そう思った理由は?」
「......さあな」
「よく誤魔化すわね、あなた」
『教えてくれても良いじゃない』と不満を口にするステラ。可愛かった。
⭐︎
「ねえ、街でもよく見たけど、あの赤と緑の配色何?」
スーパーに入ると、彼女は入り口付近のポップやケーキのチラシなどを指差してそう聞いてきた。
「あー、クリスマスカラーだよ。12月25日に行われるキリスト教の祭りの色。俺も詳しくは知らんが」
「キリスト教......イスラム教、仏教に並ぶ三大宗教だったかしら」
「ああ。よく勉強してんな」
「でも、変な話。日本人にキリスト教徒はあまり多くなかった筈だけど。神道と仏教が多数派だよね。確か」
「神道と仏教をごちゃ混ぜにして、神社も寺も同じ感覚で行くのが日本人だからな。神社と寺の違い知らない奴も多いし。仏教や神道の行事をしながらクリスマスも祝ったりする」
俺の言葉を聞いたステラは何とも微妙な笑みを浮かべながら首を傾げた。理解し難い、といった感じだ。
「ええっと、その、日本人は色んな宗教を合わせた独自の宗教を形成してるってこと?」
「ちょっと違う。日本人は無宗教を自称しながら宗教的行事に参加する奴も多い。多神論的感覚なんだろうな、多分。宗教行為を宗教行為と捉えずに年中行事やイベントとして扱ってる」
「ふうん......つまり、日本人の宗教感は極めて緩いと」
「ま、そういうこと。クリスマスケーキ、予約しとくか?」
「私、25日まで此処に居るかも、生きてるかも、分からないよ。後、20日後でしょ」
ステラはバツの悪そうな表情で俺から目を逸らした。どうやら、まだ自殺を諦めてはいないらしい。
「ま、淫魔が唯一神の生誕祭を祝うってのも変な話だしな」
「でしょ。ほら、うどんの材料買いに行こ」
「あー、ステラ、その話なんだがな」
「何?」
「ショッピングモールならまだしも、近所のスーパーでその角と羽は恥ずかしいから消してくれ」
「あ、ごめん......」
⭐︎
「モチモチしてて美味い」
帰宅後、彼女の作ってくれたうどんに対して俺はそうコメントした。
「良かった。出汁も鰹節と昆布から取ったんだよ。鰹節と昆布が何なのか知らないけど」
「魚を乾燥させた奴と、海藻を乾燥させた奴だな。鰹節と昆布は。......今回は体液入れてねえだろうな」
「ええ。だから、安心して食べて。......まあ、そもそも、こうやってサキュバスと一緒に居るだけでもチャームは蓄積していくんだけど。ズズズッ。美味し」
「ふざけんな」
コイツも前から言ってるが、悪魔と同居してる俺って相当リスキーなことしてるよな。契約もしてない訳だし。
「私を自殺させないで此処に留まらせてる代償とでも思って頂戴。何度も言うけど、私、何時でもあなたのこと、殺せる訳だし。それを考えれば安いものでしょ」
ステラはそう言うと、勢いよくうどんを啜り上げた。カップラーメンも好きだったし、麺類が好きなのだろうか。
「なあ」
「ん?」
「俺も色々、喋ったんだ。お前が死にたがってる理由もそろそろ聞かせろ」
「......うどんを啜りながらする話じゃないよ」
「誤魔化すな」
俺を無視して彼女はズルズルと気持ちの良い音を出しながらうどんを啜る。
「ご馳走様。ちょっと、散歩してくるね」
「ちょ、おい! 逃げんな! ......ぐっ、うお!?」
彼女の腕を掴んだ俺の体からは急激に力が抜けた。どうやら、精気を吸われたらしい。立ちくらみのように頭がクラクラする。
「ふふっ、こっちもご馳走様」
そう言って微笑を浮かべた彼女を見たのを最後に俺の意識は暗転した。




