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第百十五話 微睡


 悪夢を見た。殴っても、殴っても、倒れない相手とひたすら戦い続ける夢だ。敵の顔は覚えていない。辺りは暗かった気がする。その夢が、あの戦いから多かれ少なかれ影響を受けていることは直ぐに分かった。

 良い夢も見たのかもしれないがよく覚えていない。夢からは何度か覚めかけた。ほんの一瞬だが、目が開きかけて、地面の柔らかさを確認する瞬間が、何度かあったのだ。しかし、目が覚めそうになるたびに俺は強い眠気と安心感を覚え、その次に吐き気のようなものが自分に襲ってきている気がして、目を瞑り、次の眠りへと移行した。

 そんなことを何度か繰り返していると、ある時、目が覚めかけた瞬間、自分の体に何か重いものが乗っている感覚がした。


「......ん、ごぼっ、何だよ......」


 やはり、激しい眠気が身体を襲う。しかし、それと同時に俺の身体の上に何かが覆い被さっているという感覚もまた研ぎ澄まされたものになり、俺は何としてでもそれの正体を確かめなければ目を瞑れないと考えた。

 やはり、全身がぐわんぐわんと揺れるような吐き気だ。全身の神経という神経が悲鳴をあげているかのような全身痛が身体を襲ってきたが、どうにか目をしっかりと開けて、俺は自分の上にいるものを確認した。


「......あ......目、覚め、た?」


 薄々、匂いで勘付いてはいたが、俺の身体に乗っていた、というか覆い被さっていたのは紫髪の可愛らしいサキュバスだった。


「やっぱ、此処、ベッドだったのな......なら安心だ。もう一睡......おい、ステラ?」


 彼女は静かに涙を流していた。ステラの赤い目が心なしかいつもより濃くなっている気がする。


「......あなた......生きてて良かった......」


「や、泣く前に俺の腹の上からどけよ」


「......イヤ。私がこうやって抑えていないとあなた、また何処かに行ってしまうもの。そんなことになったら次こそ死んでやる」


 ステラは俺への執着心を隠そうともせずにそう言い放つと、更に大粒の涙を流し、俺に軽く口付けをした。


「そんなに俺のことが大切かよ」


「......気付いていないかもしれないけど、あなたも泣いてるからね?」


「は?」


 俺は首を傾げながら......とは言っても、本当に首を傾げるのは首が痛すぎて無理だったが、兎に角、疑問を感じながら指を自らの目元に当てた。確かに液体が目元から顎の方へと流れている。


「あなた」


「......んだよ」


「......私はあなたが大切なのかもしれないわ」


「ん」


「今の私、あなたを殺してしまいたいくらい怒ってるけど、それはまた後でにしてあげる。今のあなたに私の怒りをぶつけたら、多分、本当に死んじゃうからね」


「......そりゃ、助かる。もう一眠り、して良いか?」


「どうぞ。......あなた、さっき、悪夢を見ていたでしょう。次は良い夢を見せてあげるからね」


 夢魔に『良い夢』を保証して貰い、俺は再び、眠りについた。


⭐︎


「げほっ、げほっ......ああっ」


 俺が次に起きたとき、辺りは真っ暗だった。一体、自分はどれくらい寝ていたのか。そもそも、此処は何処なのか。色々な疑問が過りつつ、暗闇を歩いていると照明のスイッチを見つけた。スイッチの形と、部屋の形状からして此処は俺の家のリビングだと思われる。

 照明を付けると、やはり、俺の前には自宅のリビングが広がっていた。テレビの前に置かれている筈のコタツが部屋の隅に移動させられ、空いた空間に布団が二枚敷かれている。俺が寝ていたものと......。


「ステラか?」

 

 たった今、俺が眠りから目覚めた敷布団の横に敷かれているもう一つの敷布団、その上には人の形に膨らんでいる掛け布団が存在していた。中で誰かが寝ているらしい。

 俺は立ちくらみに似た目眩を覚えながらも、その中で寝ている者を特定すべく、その掛け布団をめくった。


「......すん......すん」


 其処で寝ていたのは可愛らしい寝息を立てる青紫がかった全裸で銀髪の少女だった。身体は小学生ほどの大きさしかない彼女は弱々しく青く光る人魂を抱えるようにして寝ている。


「......誰、あ......マリアナ......!? おい! マリアナ! 大丈夫か!?」


 寝起きということもあり、眠りにつく前の自分が彼女と合体して敵と戦っていた事実を俺は一瞬、忘れてしまっていたが、直ぐに彼女の存在も、あの戦いのことも思い出した。あの戦いで激しく消耗した俺は正確な時間は分からないが、兎に角、長い間、眠っていたのだ。意識を失っていたと言っても良いだろう。そして、それはマリアナも同じ。

 俺は彼女の容態が心配で仕方がなくなった。明らかに彼女の人魂の光は前よりも弱くなっており、彼女の体は小さくなっている。先の戦いで消耗し過ぎたが故にそうなっていることは直ぐに察せた。


「......うるさい」


 パチリと目を開けた彼女がジト目、というより眠そうな目で俺を睨み、そう言ってきた。


「マリアナ! 意識戻ったのか!?」


「......マリアナはあれから半日で意識戻ったよ。眠かったのと、カエデの横に居てあげたかったから此処で寝てただけ」


「そ、そうか......その身体は?」


 俺は明かに縮んでいる彼女の身体について問うた。


「魔力、使い過ぎたから、身体も小さくなったの」


「......悪かったな、酷使させて」


「別に。マリアナが望んだことだから。契約だし」


「それ、回復するのか?」


「沢山、寝たら、戻ると思う。......多分」


「そ、そうか......」


 ヤケに気怠げな声で眠そうに話すマリアナを見て、コイツが『無気力』と呼ばれていたことを思い出す。そもそも、彼女は何百年も寝てたこともあるらしいし、魔法をぶっ放しまくってる彼女よりも寝ている彼女の方が本来の姿に近いのだろう。


「カエデ」


「あ?」


「まだ、夜だから一緒に寝よう」


「......いや、俺は割と目が冴えちまったんだが」


「大丈夫。マリアナをギュッてしたら眠くなる筈だから。適度に力吸ってあげる」


「何だよそのサキュバスみたいな能力......」


 と、言いつつ俺は部屋の照明を消して、彼女の布団の中に入り、抱き枕のごとく彼女に抱き付いた。すると、彼女は満足そうに『ん』と声を漏らし、寝息を立て始めた。

 つい、この間まで一つの体を共有した相手だ。彼女を近くに感じると何処か、安心感があった。


「......物音がしたと思って来てみれば」


 そんな声がしたかと思うと、真っ暗な部屋の中に煌々と光りながら浮かぶ、赤い双眸が現れた。ステラの目である。彼女は夜目が効くのだろう。真っ暗な部屋の中でも俺とマリアナの姿を確実に捉えているらしかった。


「お前も布団入れよ」


「......悪魔へのお願いは入って下さい、でしょう。飼い主のことを放って別のメスとくっつきながらよくそんなことが言えたね」


「入れ」


「ふうん。その挑発的な態度、もしかして誘ってるの? 病み上がりでも私は配慮してあげないよ?」


「何故そうなる」


「あなたの常套手段じゃない。私に懲罰を与えてもらうために私のことを煽るの」


「誘い受け......?」


「おいマリアナ、んな言葉、何処で覚えた」


「フィーネが」


「あの人格破綻吸血鬼......そうだよな。アイツもなんか傷浅くて余裕そうだったもんな。そういや、お前はもう大丈夫なのか? お前も相当、傷付いてただろ。羽もげてたし」


「......何とか。これでも上位種のサキュバスだからね。羽も回復魔法で無理やりくっ付けた」


 そう言いつつ、ステラはナチュラルに布団へ侵入してきた。


「私が死んでたら、あなたどうした?」


「......考えたくねえ。想像もしたくねえ」


「私の亡骸の前で泣き崩れるくらいは、してくれる?」


「......どうだろうな。案外、涙すら出ないかもしれねえ。それより先に死ぬかも」


「そう」

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