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第百十三話 凄惨劇


 真っ白な視界は数秒間続いたが、その間、私やその背後にいる千隼や山本さんがダメージを受けることはなかった。

 しかし、目を開けてみると、地上には墜落したマクスウェルの残骸がバラバラになって散らばっており、もはや『マクスウェル』と呼べるものはどこにもいなくなっていた。マクスウェルほどではないが、ラプラスも片足が何処かに行ってしまっており、ステラさんは酷い出血に加えて片方の羽がもげてしまっている。


「酷......い」


 あまりに惨たらしい景色と、生臭い血の匂いに気が狂いそうになった。


「あっ......ああっ!? あああああああっ! 嫌っ! 夢よねっ! ねえっ! っいぁ......あああああああっ!」


 私の後ろにいたことで無傷で済んだ山本優那が泣き叫び始めた。千隼は地面に蹲り吐いているようだ。


「マクスウェル......?」


 私は後ろの二人を置いて、トボトボとマクスウェルの残骸に歩み寄る。この中に、マクスウェルを形作っていたデータは果たして無事に残っているのだろうか。そのことを考えると、怖くて堪らなくなった。


「あ、そうだ......位置情報、アプリ」


 スマホを開き、地図にマクスウェルの位置を表示させるとロッテさんのすぐ近くにマクスウェルの反応があった。マクスウェルに庇われ、地面に蹴落とされたロッテさんは気絶しているのか、動けないのか、うつ伏せで道路の隅に倒れている。そんな彼女の方へ歩いていくと、マクスウェルの残骸の一部である彼女の頭部が転がっていた。私はそれを拾い上げる。最早、天使は私たちに攻撃をしてこなかった。


「マクス......ウェル......?」


「......っ、ぃっ、っ、ピッ......て」


「何っ!?」


 何かを言おうとしているマクスウェルの頭部に私は叫ぶ。頭部とは言っても顔面のパーツは何処かに行ってしまっており、殆ど真っ黒な機械の塊になっている。しかし、何処かに発音装置があるようで、彼女は何かを言おうとしていた。


「......ふぃ......て。フ......ネ」


「何!? フィーネさん!? そういえばフィーネさんは!? フィーネさんどこっ!?」


「はいはい、由香ちゃんボクは此処に居るよ......いてて」


 一人、姿が見えなかったフィーネさんは何処からともなく私の前に現れた。多少、怪我はしているのものの他の人と比べると軽傷だ。


「あの、フィーネさん......」


「あいあい、お姉ちゃんでしょ? 大丈夫。そんだけ頭部ユニット残ってたらメモリーもそっくりそのまま残ってるよ。ちょい、貸してみ」


「は、はい......フィーネさんはどうして、怪我、あんまりしてないんですか」


 私はマクスウェルの頭をフィーネさんに渡しながらそう聞いた。


「いや、なんかヤバそうな攻撃来そうだなって思ったから一瞬でゲート開いて向こうの世界に逃げてた」


「は?」


「うん。メモリー残ってるよ。だいじょ」


 ドガンッ、という銃声が聞こえたかと思うと、フィーネさんは胸に穴を開けた状態で地面に倒れていた。


「一人逃したと思って探っていればノコノコ現れるとはな。愚かと言わざるを得ない。......さて、貴様が最後か? 悪魔に魂を売った人間よ」


「......ウソ」


 たった数秒前まで話していた相手が突如、胸に穴を開けて倒れた。もう私の頭は限界だった。マクスウェルを壊されて、ラプラスやステラさんもズタボロになって、それでもマクスウェルのメモリーを探さなくてはと自分に言い聞かせて正気を保っていた。いや、正気のフリをしていた。

 でも、もう終わりだ。此処から建て直せるわけがない。皆、殺される。私も身体を酷使しすぎた。あの天使に手を下されるまでもなく私は直に倒れる。


「......また、死ぬの、か、私......ごめんね、兄さん」


 目眩に任せて私は地面に倒れる。私は頑張った。最後まで立派に生きた。だから、叱らないでよね、兄さん。


「こんなの、由香らしくない」


 前に向かって倒れた私はコンクリートの地面に顔面をぶつけながらそう呟いた。私は一度、あの火事の中で死んだ。死んだのに、今、私が此処にいるのは何か意味があるからなんじゃないか。

 どうせ、ある筈のない命だ。最期の最期まで自分を追い詰めてやろう。


「......いい加減にしろやテメェらああああああっ!」


 ああ、兄さんの口調がどんどん移ってきたなと思いつつ、私は立ち上がると猛スピードで朱音さんに襲い掛かった。ただでさえ長かった真っ赤な爪がさらに伸び、刃物の様な鋭さを持つ。その爪で朱音さんを引っかきにいったのだ。いや、爪の鋭さからして切り掛かったという方が適切かもしれない。

 気を抜いていたのか、それとも彼女が洗脳に抵抗してくれたのか、朱音さんは私の攻撃を胸にモロに受けた。服は易々と引き裂かれ、彼女の胸から血が噴水の様に噴き出す。彼女がたじろいだのを見逃さず、彼女から拳銃を奪い取るとその銃で彼女の足をぶち抜いた。

 我ながら完璧すぎる攻撃だったと思う。マクスウェルがロッテにやったように無力化された朱音さんを全身全霊のキックで地面に蹴り落とす。

 天使は直ぐ様、私と距離を取り、魔法弾を私に向けて打ち込んできた。


「うああああああああっ! 数撃ちゃ当たるでしょ! 死ねやグルアッ!」


 体力とスキが惜しいと考えた私は回避行動を取ったり、バリアを出すことはせず片腕と胸に魔力弾を喰らいながらも拳銃を乱射した。吸血鬼なんだろ、私。そんくらいのダメージ即時回復しろ。


「由香ちゃん、いいねいいね。チョベリグ。同じ吸血鬼として鼻が高いよ」


 突如、天使の背後に現れたフィーネさんがそんなことを言いながら天使の肩にナイフの様なものをブッ刺した。どうやら、天使の注意が私に逸れているうちに移動したらしい。


「フィーネさん!? 大丈夫なんですか!?」


「ああ、大丈夫大丈夫。さっきの死んだフリ。前も朱音に銃で撃たれたことあったしねー。......天使君さ、奥の手の一つや二つ、警戒しないと」


「不愉快な吸血鬼共......纏めて殺してやる。......っ、身体が」


 殺意に満ち溢れた天使は再び、大量の魔法陣を宙に浮かべ、魔法を放とうとする。しかし、それらの魔法陣は出来て直ぐにガラスが割れるように砕け散った。


「だからさー、奥の手警戒しろって言ったでしょ? 死んだフリとそのマジックダガーがボクの奥の手。......数分間、魔法が使えなくなるんだよ」


「......それがどうした。我の攻撃手段が魔法だけどでも?」


「つっても、さっき、ブチギレて由香ちゃんの方に槍ぶん投げてたよね? ......っぁがっ」


 フィーネさんが天使の拳で殴り飛ばされた。私は動揺する心を抑え、すかさず天使と距離をとった。こっちには拳銃がある。距離さえ取れればコッチに分がある。

 しかし、そんなことは天使の方も分かっている。フィーネさんを殴り飛ばした彼女は直ぐ様、此方との距離を詰めてくる。


「ああもうっ! なんで当たらないのっ!」

 

 朱音さんの拳銃をひたすら天使に向かって撃つも、全然、当たる気配がない。私が四発ほど拳銃を撃った時には既に天使は私との距離を最大限に詰めてきており、奴の攻撃範囲に入ってしまっていた。

 ああ、駄目だ。やっぱり、負ける。やっと、終わる。拳銃の弾のソレと大差ない程の速さで天使の拳が私の顔へと近付いてくるのを見て私はそんなことを考え、目を瞑った。


「......え?」


 しかし、一向に天使の拳は私の顔に届かない。もしや、あまりにも攻撃が早すぎて気付かないうちに殺されたのだろうか。となれば今、私が思考を巡らせている此処は死後の世界?

 首を傾げながら目を開けると、私の前には見覚えのない背中があった。


「わりい。俺がゲロ吐いてる間に相当、やられてたみたいだな。後はどうにかする。寝てて良いぞ、由香」


「......遅いよバカ。格好付けんな」


「うるせえ。コッチもコッチで生死の境を彷徨ってたんだよ」


「あーそー。ま、ちゃっちゃと片付けちゃってよ」


 聞き覚えのない声だった。しかし、愛おしい口調だった。

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