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第百十一話 使命


 兄と私の関係は元から良好だった訳ではない。私が中学生になるくらいまで、私達は異性である互いに無関心だった。はっきり言うと、その存在が疎ましく感じたことも何度かあった。当時の私の兄への認識は同じ家に住み、同じ両親に育てられているだけの他人、というのが正直なところ。次第に接し方すら忘れていき、食事の場でも会話がしづらくなっていった。


「お父さーん......? あ、寝てるのか」


 彼との関係が激変したのは二学期末の定期テストを一週間後に控えたある日の夜だった。当時、中学一年生であった私は勉強が分からず、父を頼ろうとした。

 しかし、彼は既に自分の部屋で寝息を立てて寝入っており、そのことを察した私はそそくさと自室へ帰ろうとした。きっと、寝ている父を起こしそうになったことに焦っていたのだろう。私は駆け足で前も見ずに自室へ帰ろうとし、たまたまトイレに行こうとしていた兄と廊下でぶつかった。


「あ、ごめん......」


 普段、言葉を殆ど交わさない兄にぶつかってしまったことは私の背筋を酷く凍らせた。何故、そんなに兄に怯えていたのかは覚えていないが、この頃の私は兄に一方的な恐れを抱いていたような気がする。


「ん、ああ、大丈夫。由香は勉強中か?」


「え......あ、はい。うん。そう、テスト前だから。に、兄さん、は?」


「俺? ゲーム中。久しぶりにやり出したら止まんなくてさ。......あ、勉強、分からないところとかないか? あったら教えるけど」


「あっ......えと、それなら、お願いして、良い?」


 あのとき、どうして私がそう言ったのかはよく分からない。気まずいことになるに決まっているのに、どうしてか私は兄に勉強の教えを乞うた。


「此処はな......あー、ルーズリーフあるかな。ちょっと、図書くよ」


 兄は当時、関係性の薄かった私に対して、少し気まずそうにしながらも一生懸命、根気強く勉強を教えてくれた。


「あー、ふんふん。成る程ね。ありがとう。......どうして、急に私に勉強教えてくれる気になったの?」


「コレでも兄だからな」


「......あー、兄さん、私の兄だったのか。忘れてた」


「由香あっ!?」


 兄との勉強が始まってから二時間ほどが経つと、今までの関係が嘘みたいに私達は打ち解けていった。というより、兄さんは私のことをずっと、気にかけていてくれたみたいで、今まで私が一方的に距離を取っていただけだったのかも。

 それからも、私と兄は色々なことをきっかけにどんどん仲良くなっていった。小生意気な私に笑顔で接してくれる優しい兄は私の自慢の家族だった。


「まあ、こんな感じですかねー、兄さんと由香の兄妹物語は」


「成る程ね......やっぱり、どうしてもその頃のあの人が想像出来ないな。あの捻くれやさぐれ男が昔はそんなだったなんて」


「あははー、ステラさんはあっちの兄しか知りませんもんねー」


 私が長い眠りから目覚めたとき、兄はすっかり変わってしまっていた。口調は荒々しくなり、卑屈になってしまっていた。私や両親が突如、彼の前から消えたことが兄をそんな風にしてしまったのだ。

 あの頃の兄を知っている者は私と兄以外、ほぼ存在しなくなった。私がマクスウェルとして生活していた間に父方の祖父母も母方の祖父母も亡くなっており、昔の兄を知っているのは彼の学生時代のクラスメイトや教師くらいのものだろう。


「でも、今の兄と昔の兄、根っこは多分、同じなんですよね。ただ、今はちょっと卑屈になってるだけで」


「貴方が言うならそうなんだろうね。......ごめんね、私のせいで貴方の兄を何度も危険に晒している」


「あ、いえいえ、良いんですよ。今の兄はステラさんに尽くすこと以外、頭にないみたいですから! きっと、それが兄の幸せなんです」


「......つくづく、変な人ね」


「それは同意です」


⭐︎


 でも、兄は、兄さんは悪魔に魂を売ることで人生をやり直した。彼は絶対に認めないだろうが、彼は悪魔に心の底から惚れ込んでいる。彼の人生に悪魔が意味を見出させてくれたのだ。


「だからっ......げほっ、兄さんも、ステラさんも、皆も、纏めて由香がっ......救ってやるっ......」


 吸血鬼の血、爪、そして髪を口から体内に摂取した私の身体は直ぐに変貌した。激痛と共に背中からは肉を突き破って羽が生えた。爪もネイルを塗ったように真っ赤になり、5センチぐらい伸びた。

 よく分からないが、何でも出来そうなくらいに全身から力が湧いてくる。目、口、鼻、背中、身体中から血が溢れているにも関わらず、気分が高揚する。


「な、何か凄い声したけどどうかしたんか......な、何やってんねん!?」


 私の叫び声が聞こえたらしく、急いで駆けつけた平沢さん。私が彼の方を向くと、彼は恐怖でその顔を歪ませた。今の私は相当、人ならざる姿をしているのだろう。


「平沢サン......ご協力、感謝しますっ! ちょっと、世界救ってきますネッ......ゴホッゴホッ、千早君!」


「は、はい!」


「今から東京行くけど......」


「同行させて下さい! 何と無くですけど、ナコ?が呼んでる気がするんです! きっと、役に立ちます!」


「よし来た! 由香は引き止めませんからね! 自己責任ですよっ! 背中掴まって!」


 きっと、全てが片付いたら私は皆からこれ以上ないくらいに叱られるだろう。しかし、これ以上が無いならやりたい放題じゃないか。やってやる。皆、救ってやる。


「お、おい、アンタら......!」


「平沢さんは十さんのこと宜しく! 十さんが動けるようになったら直ぐに駆けつけさせて下さい! それじゃあっ!」


 平沢さんの静止を聞かずに一方的に言いたいことを言い残すと、私は軽々と千隼を背負って外へと駆けて行った。


⭐︎


 本能的に羽の動かし方が分かった私は千隼を背中に乗せ、東京に急行した。私の予想は的中した。やはり、マクスウェルの信号があった場所には彼女の他にもラプラスやステラさん、ロッテさんがおり、何かラスボスみたいな見た目の天使と戦火を交えていた。

 見れば、天使の放つ魔法弾のようなものが地上で蹲っている女性にぶつかろうとしているではないか。助けなければ。そう思った私の動きは早かった。


「急降下します。頑張って下さい」


「ええっ!? 待って下さ、うわあっ!?」


 千隼を背中にしがみつかせたまま、私は女性の元に急降下した。間一髪、魔法弾と女性の間に割り込めた私は背中の千隼をその辺にぶん投げ、自らの肉体で魔法弾を防いだ。彼を背中に背負ったままでは彼を魔法弾の爆発に巻き込んでしまいそうだったので仕方のない措置である。死ぬよりマシだろう。


「はあっ......はあっ......間に合ってヨカッタア! 山本さん、私デス! 暁楓の妹、暁由香!」


 地上に降りて分かったことがある。女性の正体は山本優那。女性の知り合いが異様に多い兄に不信感を抱いているというステラさんのお友達だった。


「おうおうおうおう、派手にやってんじゃねえかよ天使様あっ!? ウチの兄と災厄さんを何処へやったか吐けやグルアッ! ゴホッゴホッ」


 山本さんを守る姿勢を見せながら私はラスボスみたいな見た目の天使にそう叫び、拳を突き上げた。......拳とは言っても、爪がかなり伸びてしまったせいで猫の手みたいになってしまったが。後、めっちゃ吐血した。

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