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第百十話 覚めぬ悪魔


 もう気が狂いそうだった。目の前で起きている光景が信じられず、何度も、そう、何度も自らの頬を抓った。


「優那、もう大丈夫だからね......私達に任せて」


 夜泣きした子供を落ち着かせるような声色で私にそう語りかけるのは紫色の髪で片目を隠した少女、ステラ。最近、出来た少し変わり者の私の友達は蝙蝠のような羽を背中からバサリと伸ばし、魔法陣のようなものを地や宙に展開しながら、私の前に立っていた。

 話を少しだけ戻そう。突如、私に危害を加えようとしてきた天使の姿の女......彼女から私を守ってくれたのは騎士服に身を纏ったロッテであった。彼女は重そうな大剣を腰に刺しながら、私を抱き抱え、夜の東京を文字通り飛び回ったのだ。今でもアレが現実だったとは思えない。しかし、今、起きていることはそれよりも信じられないことであった。神奈川に住んでいる筈のステラはロッテの電話を受け、モノの十数分で私とロッテの前に現れたのだ。その後、ロッテは私の護衛をステラに託し、天使女と戦闘を始めて今に至る。

 ロッテは剣を、天使の女は何処からともなく取り出した槍で戦火を交えたが、両者はそれだけではなく、おおよそ『魔術』や『魔法』などと呼べそうな火球などを飛ばし合っていた。


「ロッテ、魔法陣完成した! ちょっと、天使と距離取って!」


「分かりました!」


 空中で戦果を交える両者にステラが叫ぶと、ロッテはそう叫び返し、天使との距離を取った。すると、何ということか。それに合わせて、ステラは自らの周囲に展開されている魔法陣のようなモノから巨大な光線を天使の女に向けて放ったのだ。

 

「ちょっと、私、状況、が......」


「ごめん。説明してる暇が無いの。早く、アイツをどうにかしないと......」


 私にそう告げるステラの声色は冷静なようで、何処か焦りを帯びていた。私はどうすれば良いのか分からず、無言で立ち尽くす。こんな所であんな大暴れをしたら、警察が直ぐに飛んでくる筈だ。場合によれば、自衛隊案件かもしれない。しかし、今のところ、そういった動きは見られない。やはり、コレは私の夢なんじゃないか。夢だから、私の想像力が足らず、警察や自衛隊がやって来ないんじゃないか。そんな思考が脳裏を掠める。


「ステラ、申し訳ありません。予想より敵が強力です。彼女の護衛はラプラスに任せます。貴方も前線に出てください」


 ステラと一緒にやって来た『マクスウェル』と名乗る少女が空から降りて来て、ステラに言った。彼女もバズーカのような武器を駆使しつつ、ロッテと一緒に天使と戦ってくれている。しかし、増援はそれだけではない。マクスウェルにそっくりなラプラスというメカ少女とフィーネという翼の生えた女の子も私達を助けに来てくれた。

 いずれも、この前、あの男と一緒に居た少女達である。頬は抓ると痛い。


「......分かった。ごめんね、優那。貴方のことは絶対に私達が守るから」


 そうして、ステラはロッテやマクスウェルが天使と戦っている戦場である空中に翼を羽ばたかせて飛んで行ってしまい、代わりに私の護衛としてラプラスという青髪のメカ少女が現れた。ロッテも、ステラも戦場に行ってしまったことで、不安と心細さを感じる。


「ラプラスです。山本優那様、でしたね。お久しぶりです。貴方のことは私が責任を持ってお守りします」


 彼女は礼儀正しくそう言うと、私に頭を下げる。どうやら彼女も私のことを覚えていてくれたようだった。


「あ、お、お願いします......その、ラプラスさん?」


「何でしょうか」


「わ、私一人の為に貴重な戦力を割くのは勿体ないと思いますし、適当に私を逃がしてくれたら早いんじゃ......」


 まさか、コレが現実のこととは思っていないが、一応、そんなことを彼女に聞いてみた。本格的な戦闘が始まってからも、皆は私を守るだけで私を逃がそうとしない。私が見ている夢なのだから仕方ないのかもしれないが、にしたって私を守るのに一人の戦力を割くのは費用対効果があまりにも悪いのではないだろうか。


「申し訳ありません。それは出来ないのです。......何故か、あの天使は貴方に執着しているようでして。貴方が逃げればあの天使は貴方を追いかけてくるでしょう」


「何でっ!?」


 確かにあの天使は私を『使徒』にするとか何とか言って、私の家を訪ねてきた。つまり、彼女は私のことを一方的に知っていたことになる。無論、心当たりはない。だというのに、どうして、私がそんなに執着されなければいけないのか。何度も......そう、何度も私は怯える自分に言い聞かせた。コレは夢なのだと。私の夢なのだから、私が中心人物になっていることは何もおかしくないのだと。


「......ら、ラプラスさん、ロッテ達は、勝てるの?」


 いっそう激しさを増すロッテ達と天使の戦いを見ながら不意に私はそんなことを聞いた。


「きっと、きっと勝てます。皆さん、物凄く強い方々ですから」


 私がラプラスのその言葉を信じられなくなるにはあまり時間を要さなかった。


「もう嫌! 誰か、誰か助けて......!」


 ロッテ達と天使が交戦を始めてからかなりの時間が経った。二対だった天使の翼は四対になり、髪の色や天使の輪にも大きな変化が現れている。まるでRPGのラスボスの様な形態変化を遂げた天使にロッテ達は防戦一方。遂に私を守ってくれていたラプラスまでもが『建物の影に隠れていて下さい。流れ弾は其方に行かないようにしますので』、と戦闘に参加しに行ってしまった。

 一人、取り残された私はいよいよ気が触れそうになってきていた。こんなに長くて、こんなに意識がハッキリしている夢なんて有り得ないと理性が叫ぶ。何度も、何度も頬を抓る。どうか、どうか夢であってくれと。


「痛い......何で痛いのよっ! ああもうっ! ロッテ、負けるなっ! ステラ、頑張って!」


 焦燥感と苛立ちに呑まれながら、私は頭上で戦闘を繰り広げる彼女らにそう叫んだ。戦況がどうなっているのか、私には分からない。分からないけれど、優勢ではないことだけは何となく分かる。

 ロッテやステラの血がときたま降ってくるからだ。何処の神でも、仏でも良いから私達を守って下さいと祈り続ける。いやしかし、私達が戦っているのは天使でどっちかというと神側なのでは。

 それに悪魔みたいな見た目のステラはこっち側だし、祈るなら魔王とかの方が......分からない。もう本当に誰でも良いから助けて。


「優那、避けてっ!」


 目を瞑ってひたすら何処かの誰かに祈っていると、そんなロッテの声が聞こえてきた。慌てて目を開くと、火の玉が私の方へと飛んできている。反応が遅れた私に逃げる暇はなさそうだった。

 ああ、コレでやっと分かる。コレが夢なのか、現実なのか。何だか、ヤケに火の玉が遅く見えた。人は死ぬ寸前になると時間が遅く感じるというがそれだろうか。


「お父さんっ......!」


 不出来な娘でごめんなさいと、父の姿を思い浮かべながら目を瞑った、その時だった。


「山本さん!」


 誰かが此方に飛んできた。その誰かの動きはあまりにも早く、物凄い風圧を感じる。


「えっ......あっ......」


 魔王への祈りが通じてしまったのだろうか。私の前には巨大な蝙蝠のような翼と10cm程の長く、赤い爪を持つ女が私に背中を見せて立っていた。彼女が私の方に飛んできていた火の玉を受け止めてくれたらしい。


「はあっ......はあっ......間に合ってヨカッタア! 山本さん、私です! 暁楓の妹、暁由香!」


 彼女は私の方を振り返ると、牙の生えた口を見せながらニコリと笑った。

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