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第百七話 自殺者 アカシック・カエサル


「軍団長は、厄災を取り込んで......その力で神になって、人間達を天使の使徒......傀儡にしようとしているの。それで、『記念すべき最初の使徒は星加朱音という守人にする』って、この前、軍団長から話が......」


 それを聞いた俺の脳裏にチラつくのはまだ『天使ちゃん』を名乗っていた頃のアイツが妙に朱音にベタベタスキンシップを取っていた光景。

 まさか、アイツ、最初からそのつもりだったのか。


「朱音が天使側に操られてるなら、余計に早く帰らないといけねえ。頼む、芸術家。ゲートを開けてくれ」


 俺は芸術家の前で跪くと、そのまま土下座をした。


「あら、それは日本の『土下座』という文化ですね。私、人間世界の特に東アジアの文化に強い関心がございまして。この山の大紅蓮という名前も私が仏教の八寒地獄から取って、広めた名前なのです」


 俺の頼みを無視しつつ、おっとりとした声で彼女は俺に微笑む。


「だ、だったら......向こうが落ち着いたら寿司でも奢ってやるよ。な、何なら日本中、いや、アジア中どこでも旅行に連れてってやるから」


 俺の提案に彼女は首を振る。


「とても、魅力的な提案ですが、生憎、そのどちらも既に堪能しましたので」


「......ならっ」


「そもそも、厄災相手に手こずっていた人間様がそれより上位の偽神にどうやって勝つおつもりなのですか。ね、教えて下さいまし」


「アレは、身体が慣れてなかっただけ。次は、マリアナ達、負けない」


 沈黙する俺の代わりに、俺と同化しているマリアナが土下座を止めて立ち上がり、威勢よく啖呵を切った。


「災厄を取り込んだ偽神の強さは災厄の非ではないと思いますよ?」


「......はっ、何だよお前。俺達のことを心配してんのか」


「ええ。大事なお客様、それも旧友から紹介された方を死にに行かせる訳にはいきませんから。それとも、お得意の口説き術で私を動かしてみますか?」


 クスクスと笑う芸術家に俺は溜息を吐いた。『お得意の口説き術』、そう言われると否定したくなるが、実際、俺が今まで生き残ってこれたのは『対話』のお陰だ。

 強引とも言える対話術で無理矢理マリアナからの協力を取り付け、博愛者から情報を引き出し、芸術家からある程度の友好姿勢を勝ち取ってきた。ならば......。


「お前がゲートを開かなかったときのデメリットを教えてやる」


「あら、何でしょう」


「お前は人間の文化が好きだって言ったな。......もし、俺を向こうの世界に帰さず、偽神の人類支配が成ったら、今までの人間達の営みは失われ、お前の好きな人間の文化ってのも消えていくぞ。話によると、天使は集団化、画一化を是としてるみたいだから、焚書なんかも起こるかもな」


 俺は噛みそうになりながら早口でそう畳み掛けた。そして、芸術家の表情を恐る恐る伺う。相変わらず、余裕たっぷりの微笑を浮かべていた。


「あら、思ったよりも早く、その理屈を見つけましたね」


「......ああ?」


「あの博愛者ほどしたたかではありませんが、私もそれくらいの損得を見極める力はあるということですよ。ただ、人間様がいつ、其処に気付くかなと観察させて頂いておりました」


 ふふっと、首を傾げて笑う芸術家に俺は若干の苛立ちを覚えた。


「で、その損得を考慮しても、テメエはゲートを開かねえのかよ」


「はい。交渉材料としては悪くありませんが、後もう一押し、私を驚かせるような......」


 芸術家が言葉を良い終えるよりも早く、俺は彼女との間合いを一気に詰め、彼女の氷のように冷たい身体を抱きしめた。


「頼む、向こうには俺の家族や友人が居るんだ。少しでもアンタに同情や憐憫の心があるなら、ゲートを開いてくれ」


 頭一つ以上、自分よりも背の低い芸術家の身体を俺は包み込むように抱きしめながら、俺はそう言った。


「......力技ですね。女性の気持ちも考えないで、こんな乱暴に。泣き落とし、嫌いではありませんが」


「でも、多少は驚いただろうが」


 俺は震えた声でそう言う。これは一種の賭けだった。彼女も言っているように、相当な力技だった自覚がある。しかし、脳の足りない俺にはそれくらいしか彼女を驚かせる方法が考え付かなかったのだ。

 幸い、今の俺は美少女の皮を被っている。元の悪人面のおっさんではないので、不快感を持たれることはあまりない筈だ。


「本当に、天使を口説くのがお上手ですね。すんすん、汗の匂いがするのは減点ですけれど」


「止めろ、嗅ぐな」


「あら、恥ずかしがらずとも良い匂いですよ? 私、最初のうちから人間様の匂いに興味を持っていまして」


「そういうの良いから」


「あら、つれない。ふふっ、私は此処までされて、協力しない程、無粋な女ではありませんので。どうぞ、お入り下さい」


 芸術家が空気を撫でるように人差し指を振ると、グニャリと空間が曲がり、『ゴオオオ......』という換気扇のような音が鳴り続ける宙に穴が現れた。中は真っ暗で、向こうの世界は見えていない。


「......良いのか」


「元々、私は自殺志願者の方々の手助けをしてきました。今回のもそれと同じです」


「つまり、俺は『自殺』しにに行くと思われている訳だ」


「ええ。『自殺者』なんてどうです? 貴方の天使としての二つ名」


「・・・・」


 『自殺』という言葉は常に俺とアイツの周りを付き纏ってきた言葉。彼女の命名に違和感がないのが悔しい。


「さあどうぞ、ゲートを開くのも体力がいるのですよ」


 と、彼女は闇の広がる穴に視線を向けて言った。


「アンタこれ、ゴミ捨て用のゲートとか開いてないだろうな」


「あら、私がそんなことをするような女に見えますか?」


「見える」


 と、答えたのは俺ではなくマリアナ。俺も同意見であった。


「あら、残念。でも、このゲートは確かに人間様の世界に続いていますからご安心ください。確かに時間という概念の存在しない、時空の狭間へお二人を飛ばすことも考えましたが、それではまたお会いすることが出来ませんからね」


 眉一つ動かさずにそう言い放つ芸術家。一体、何処までが冗談で何処までが本当なのか。


「......そこでぶっ倒れてる女はどうすんだ」


 俺は目と胸から血を依然として流し続けている厄災に目を向けて言う。


「殺しも、氷像にもしないのでご安心を」


「......分かった。ありがとな。結果だけ見れば助けてもらいっぱなしだった」


 芸術家は言動こそ恐ろしいが、何気に彼女が俺に危害を加えてきたのは雪崩で俺を試してきたことだけなのである。それに、アレも殺す気はなかった筈だ。

 それより、彼女には助けて貰ったことの方が多い。雪崩を止めた後、倒れた俺を介抱してくれたこと、家で暖を取らせてくれたこと、天使について色々教えてくれたこと、俺達を追い詰めていた厄災に致命傷を負わせたこと、そして、ゲートを開いてくれたこと......何やかんやで彼女に感謝しなければいけないことは多い。


「あら、人間様のお口からそんな言葉が出てくるとは」


「俺のことを何だと思ってんだよ......じゃあな、また来るよ」


「あ、人間様、お待ち下さい。最後にお名前をお聞きしても?」


 俺がゲートに向き合うと、芸術家がそう言って引き留めてきた。


「そういや、名乗ってなかったっけか......。アカシック・カエサルだ」


「あら、偽名を名乗られるとは、そんなに私を警戒しておいでで?」


「ま、日本人ってバレてるしそう言われるよな。本名は暁楓だ。アンタは?」


「あら、そういうのを京言葉で『いけず』というのではありませんか」


「なら、俺が名前を付けてやる」


 俺は芸術家の言葉に迷うことなくそう切り返した。天使に名前を付けることはそれ即ち、彼らから天使としてのアイデンティティを奪うことであり、それを天使に許容させることは命名者と命名された天使との間で盟約を結ぶことに等しい......というのは彼女と厄災から聞いた話だ。


「あら、一体、どういうおつもりで?」


「偽神戦でアンタの力が借りたい」


 俺は全く本音を隠すことなくそう言った。芸術家が先程、言っていた『厄災にも苦戦するような者が偽神に勝てる訳がない』というのは完全に正論で、だからこそ、助力が欲しいという気持ちがあった。


「ふふっ、悪くない話ですが......お断りさせて頂きますわ。だって、私、既に名前は持っているんですもの」


 そう言うと、彼女は砕け散った氷像の欠片を広い上げ、その匂いを嗅ぎ、愛おしそうにキスをした。


「ええ。確かにコレ。この欠片は確かにあの方の氷像の欠片」


 あの、花が供えられていた像の欠片だろうか。


「また、機会があれば此処にいらして下さいね。その時には昔話をお聞かせしますわ」


「ああ、必ず」


 俺はそう言って、もう一度深々と彼女に頭を下げると、ゲートに向かって飛び込んだ。


「ふふっ。さようなら。私の名前は『雪』。とても、安直な名前......」


 そんな声が俺達を追うように後ろから聞こえてきた。

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