第百四話 親友
親から逃げるように上京し、どうにかコネで構えた自分の服屋。念願の店だった筈なのに、いつしかここは私を東京という暗黒の大都に結びつける楔になってしまっていた。
友達が欲しい。自分のことを理解してくれる友達が。向こうには居たのにな。友達も、お母さんも、お父さんも。
「はあ......疲れた」
溜息を吐くために東京に来たんじゃないはずなのに。今日はいつもより少し、店の閉め作業が長引いて帰るのが遅くなってしまった。そんな日の帰宅途中、何やら変なものを見つけた。
「あうああ......お腹、空いたよお」
金髪で、お人形さんみたいに可愛い女の子が東京の街中で堂々とへたり込んでいた。なんと、この世界は非情なのか。絶対に彼女の存在を認知している筈なのに、皆、厄介ごとはごめんだとばかりに彼女を無視している。
そういうのが、私は嫌いだ。厄介ごと上等よ。
「ねえ、あなた、どうしてそんなところでうずくまってるの?」
「え、あ、ああ......お腹、空いちゃって」
「もしかして、終電逃した?」
「いや、違うんですけどお......帰るところがないというか、住むところがないというか」
「家出?」
「い、家出じゃないです! えっと、その、そう! お母さんとお父さんに独り立ちしろって、家を追い出されちゃって......」
うう、と悲しそうに俯く少女に私は苦笑した。
「そんな騎士のコスプレなんてしてるから?」
「し、失礼な......! じゃなくて、はい......」
何と無く不思議な、この世の人間ではないような、少女だった。声も甘ったるく、ふわふわしていてとても可愛い。女の子の憧れのような子だった。
「ふふっ、そう。じゃ、ウチに来る? ご飯くらい、作るけど?」
「えっ、良いのお......! やったあ!」
「その前に! お互い、自己紹介しておかなきゃね。私は山本優那。あなたは?」
「ロッテ・ヴォルフ......です」
「ふふっ、同い年くらいっぽいし、タメで良いよ。私もタメでいくし」
「う、うん! ありがとう! 優那」
長い間、この街で憂鬱な時を過ごし続けていた私へのささやかな神様からの贈り物。それが彼女だったのかもしれない。
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「ふーっ、ふーっ、ズズーッ! 美味しいいいい! このミソシルってスープ、めっちゃ美味しいよ優那」
私が気まぐれで連れ帰ったロッテという少女は見た目以上に中身が不思議な娘だった。まず、日本文化を知らな過ぎる。
「それは良かった。ロッテは外国人なの?」
「う、うん! ドイツ連邦共和国から来たの!」
外国人が何故、独り立ちの為に日本へ......? 帰化しているのか? ハーフなのか? 沢山の疑問が湧いてきたが、そのどれも聞くのは野暮な気がした。
そして、彼女は力も以上に強い。
「ごめん、ロッテ。コタツ出すの手伝ってくれる?」
「あ、良いよ良いよ。私が出すから! この低い机だよね!」
なんて言いながら彼女はたった一人で軽々とコタツを持ち上げて動かすのだ。
「さむ......ロッテさ、行く場所がないなら私の店で働く気はない? 働いてくれたなら衣食住、全部提供するよ。はっきり言って、あんまり儲かってないからお給料は期待させられないけど......」
「ん、んう!? ホント!? やったあ! 是非、お願いしまう......ゴホッ、ゴホッ」
ポテトチップスが気管に入りかけながらも、彼女がそう答えてくれたとき、私は本当に安心した。私は一人じゃなくなったんだ。
⭐︎
「アレ......私、確か、ステラの家に泊まりに来てて......」
「おはよう、優那。よく眠れた?」
紫色の髪の彼女の質問に対して、首を横には触れなかった。頭の奥にある強い痛みと違和感、その原因が分からなかったから。
「ごめん。疲れてたのかな。昨日、この家に来てからの記憶があんまり、無い」
「あー、優那、帰ってきた途端に寝ちゃったからねえ......あはは」
そう苦笑するロッテの笑顔が何故か嘘くさい。お腹の中が、頭の中が、ゴロゴロする。
「あの人は?」
「んー? 楓のこと? 朝早くに仕事行ったよ。仲直りするつもりが、結局、また、拗れちゃったよね。お二人さん」
「だ、だって! おかしいじゃない! え、逆に二人とも変だと思わないの!? どういう関係かも分からない女の子達に囲まれてて......」
「まあ、分からないでもないわ。でも、コレだけは言わせて。あの人は確かに『おかしい』けれど、『悪人』ではないの」
どうかしてる。ステラも、ロッテも、あの男の何に、そんなに惚れ込んでいるのか。信じない。二人の少女を誑かすような、あの目つきの悪い男のことを私は......。
「じゃ、そろそろ、帰ろっか、優那。朝ご飯は家で食べよ」
違う。ステラも、ロッテも、隠している。ロッテ、貴方の目は何処を見ているの。私じゃない。廊下の向こうの方。そっちに誰か居るの?
「......あ、ああっ......ああっ」
身体が何か、恐ろしいモノで満たされていくのを感じる。ステラを怖がっている訳ではない。ロッテも怖くない。どちらも、私の大切な友人。
じゃあ、何を? 何を私は怖がっているの?
「ゆ、優那? どうしたの? ふ、フォーサイス様......」
ロッテが私の顔を心配そうに見つめる。
「ねえ、優那、やっぱり、ご飯、この家で食べてから帰らない? 大したものは出せないけど」
ステラがそう誘ってくる。何もおかしいことは起きていない。なのに、なのに......。
『......あの天使を斬り殺す。それが私の目的だし、人間の為、千早の為にもなる』
コレは、誰の声?
「フフッ。だから、言っただろう。見くびるな、と。このまま、貴様を叩き切ってやる......!」
コレってロッテの声じゃ......。
「アー、天使ちゃん、一つ言っていい? 其処の山本優那、まだ結構記憶が残ってるんだと思うよ。後、昨日、ロッテ・ヴォルフと災厄が放った強い魔力に当てられて体調も崩してる。もう一回、記憶消去しておいた方が良いんじゃない?」
「部屋の中から出てこないで、って言ったわよね......?」
「別に良いじゃん。もっかい、記憶消せば良いんだしさ」
「友達の記憶を簡単には消したくない、その気持ち、貴方は理解出来ないのかな......」
「分からんでもないー」
「......何の、話? 天使って、昨日、確か、皆が......」
「ごめん、優那。もう一回、記憶、消すね」
ステラの申し訳なさそうな表情と声を最後に私の意識は途切れた。