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第一話 自殺を試みる社畜は......


 痛いくらいの寒さが体を襲い、街が緑と赤色の光で色付き始める、そんな季節も俺の朝は目が眩むような大量の書類と共に始まる。パソコンがあるのだから、それを有効活用すれば良いものを何故か書類は全て紙。しかし、そんな光景にも慣れてしまった。


あかつき、酷い顔しとるで。昨日、何時間寝た?」


 不意に横の机に向かっている同僚が声を掛けてきた。


「此処に泊まり込みで三時間。平沢(ひらさわ)は? 休みだっただろ。昨日」


「ずっと、寝てた。でも、やっぱ、会社よりも家で寝るほうが睡眠の質がええわ。少しは元気になった」


「......そりゃあ、良かったな」


 俺の同僚であり、友人である平沢悠生(ひらさわゆうき)は痩せ細った顔で笑った。驚くほど不健康そうな顔と体付きをしている。それはきっと、俺も同じなのだろうが。

 それでも、俺には彼が束の間の休息を取れたことを喜んでやることしか出来なかった。


「平沢」


「何や」


「死ぬわ、俺」


「......そうか」


「知っての通り、両親は死んだ。妹も死んだ。死んで迷惑かける相手は仕事の量が増えるお前くらいだ」


「結構、それ死活問題なんやけど」


「俺も死ぬ活動するからおあいこだな」


「お前それが遺言になるけどええんか?」


 予想通り、彼は俺を止めようとはしなかった。


「止めねえのか」


「止めて欲しいん?」


「別に」


「やろ。普通なら止める所なんやろうけどさ、感覚が麻痺しとるんやろな。お前が選んだならその選択も間違いじゃない気がしてる」


 狂っている。つくづく、俺はそう思った。

 その後、夜まで仕事をこなした俺は無言で退社した。少し残してしまった仕事は平沢にやって貰おう。眠たい。そう思いながら俺はバイクで商店街へと移動する。

 気の早い『ジングルベル』の歌が鳴り響き、街は行き交う人々による活気で溢れている。子供の頃は......いや、大学生の頃まではこんな街を見て心が踊ったものだ。

 面白くないことを身を削ってまでする必要はない、なんてことは子供でも分かる単純且つ正しい考えだ。こんな苦しいだけのつまらない人生、さっさと止めよう。

 死ぬのに使えるものはないかと街を探し回る。首吊り、薬、飛び降り、色々考えたがどれも気が進まない。死にたいのは確かだが、痛いのは嫌だ。苦しむのは嫌だ。そんな幼稚な考えが頭の中を支配している。

 フラフラと歩いていると、知らぬ間に大通りの路地裏に迷い込んでしまった。目の前には何やら怪しげな雰囲気を放つ店が圧倒的な存在感を放ちながら立っている。時代に取り残されたような錆びた扉と汚れ切った壁が俺の心を不思議と焦らせた。扉の上には控えめに掠れた文字で『みちびき』と書かれている。全く、何の店なのか分からない。

 ......分からないが、こんな人気の無い路地裏にある怪しげな店だ。役に立つ物が売っているかもしれない。俺はそう考え、入店した。

 店の中は漢方の匂いを想起させる苦いような甘いような臭いが漂っており、狭く、外観よりも怪しげな雰囲気が広がっていた。


「いらっしゃい」


 声が聞こえた。鈴の音のように透き通った美しい女性の声だ。キョロキョロと辺りを見回すと、店の最奥にペスト医師が付けているような嘴型の仮面を付けた女がパイプ椅子に座っているのが見えた。

 店中を照らしている光源不明の紫色の光のせいで仮面以外、容姿に関する情報が視覚から入ってこない。


「何を売っている店なんだ? 此処は」


 思わず、不気味な姿の店主と奇妙な店に怯んでしまったが、よくよく考えれば俺はこれから死のうとしているのだ。怖いものなんて何も無い。


「何でも」


「あ?」


「望めば、何でもありますよ」


 何を言っているのだろうと、俺は首を傾げながらも目に付いた商品を手に取る。麻紐だ。五芒星の形に結ばれており、その五芒星がまた別の輪状に結ばれた麻紐の中にくっ付けられている。まるで魔法陣のようだった。


「これは?」


「悪魔召喚の儀式用の魔法陣ですね」


「......は?」


「此処では人が物を選ぶのではなく、物が人を選ぶのです。貴方はその魔法陣に選ばれたんですよ。きっと、貴方の役に立ちます。どうですか? 特別価格50000円で良いですよ」


「たっか」


「悪魔との仲介料が50000円と思えば安いでしょう。効果が無ければ返品してくれても構いませんし、騙されたと思って買ってみることをお勧めします」


 まあ、死ねば金なんて意味無いんだし、この女に寄付してやるのも良いかもしれない。聖書にも金持ちのままでは天国にいけない、みたいな教えがあった気がする。......そもそも、自殺をするような奴が天国にいける訳ないか。


「ほい」


 俺は財布から一万円札を五枚取り出して女性へと押し付けた。


「はい、確かに。月の夜に空の下でそれを地面に置いて、一滴血を紐に滴らせてください。血を垂らす時は必ず、円の中で。悪魔が現れても円から出ないように」

 

「......了解」


 半信半疑、というか九割九分信じていないが、俺はそう返事をして退店した。まあ、良い。悪魔なんかに頼らずともこの縄さえ有れば首を吊れるのだから。


⭐︎


 それから俺は電車に乗り、適当な田舎の駅で降り、そこから更に人気の少ない登山道のような道へと進んだ。

 三日月か二日月かよく分からないが、空には細い月が力強く浮かんでいる。周囲に生えている木に紐を引っ掛けて首を吊れば何時でも死ねるのだから、最後くらいはふざけてみよう。

 俺は女性に言われた通り、麻紐を地面に置いた。血を滴らせろ、とあの女性は言っていたが、何処の血を滴らせば良いのだろう。まあ、特に指定がないならカサブタからの血で良いか。乾燥に弱い俺の肌はこの季節、蕁麻疹が山ほど足に出る。それを掻きむしることで多くのカサブタが俺の足には発生していた。


「悪魔さん、悪魔さん、おいでください」


 こっくりさんの要領で俺はそんな呪文を唱えながら、カサブタをめくり、一滴の血を紐へと垂らした。が、何も起こらない。


「ふっ」


 何をやっているんだと思わず、苦笑してしまった。本当に眠い。悪魔さんがおいてくださらないようならさっさと死のう。このままでは森の中で寝てしまいそうだ。

 魔法陣の形に結ばれた麻紐を手に取る。取り敢えず、解かなければ。


「結び目かてえな.......」


 愚痴を漏らしながら俺は麻紐の結び目を無理やり引っ張ったりして、解こうとする。しかし、中々、解けない。

 その結果、眠気も相まって苛立ちを覚えてきた俺は自棄になって麻紐を放り投げた。......その時だった。


「あなた、喰い殺されたいの?」


 突如、背後からそんな声が聞こえてきた。ただでさえ、寒かった気温が更に下がった気がした。後方から未だかつて感じたことのないレベルの殺気が伝わってくる。『死』に心臓をギュッと、掴まれた。気分が悪い。


「誰、だ?」


「喚んでおいて誰だ、は無いんじゃないかな......? しかも、こんな森の中に」


 不機嫌そうな声が頭へと響く。少女の声だ。


「偉く、ご機嫌斜めみてえだな。振り向いて良いのか、これ」


「勝手にすれば。どうせ、魔法陣の中に入っていない時点であなたの身を守ってくれる物は無いし。振り向いても振り向かなくても同じよ」


 氷柱のように冷たく、鋭い声で彼女はそう言った。俺は恐る恐る、振り返る。

 170cmの俺と比べてもかなり背の低い少女だった。暗闇でよく見えないが、ナイフを持っていることだけは分かる。よくよく見れば、控えめにツノのような物も頭から生えていた。

 俺の固定観念や常識を砕いてしまうのに彼女から溢れ出る殺気と存在感は充分で、さも当然のように俺は彼女が悪魔なのだと決め付けていた。


暁楓(あかつきかえで)だ。お前の召喚者。他に聞きたいことは?」


 初対面の相手にすべきこと、それは自己紹介である。俺の本能がこの少女は危険であると警鐘を鳴らしている。何か、喰い殺すとか恐ろしいこと言ってたし。まずは挨拶で警戒心を解こう。

 ......いや、別に喰い殺されても良いのか。首吊りで特殊清掃員の手を煩わせるより、コイツに喰い殺される方がよっぽど人に迷惑を掛けないし、エコだ。


「はあ......」

 

 しかし、彼女は呆れたように溜息を吐いた。


「何だよそのため息」


「あなた、何の為に私を喚んだの? 自分の本名を悪魔に何の代償も無く教えるとか、愚か過ぎると思うんだけど」


 ......ネームドマジック的な奴があるのか。

 

「そりゃ、契約がしたくて喚んだに決まってんだろ」


「で?」


「殺してくれ」


 先程まで彼女から溢れ出ていた息の詰まるような、殺気が突然、収まった。


「は?」


「俺は自分を殺して欲しくてお前を召喚した。痛みを伴わないように安らかに殺すオプション付きで殺してくれ」


「代償は?」


「俺の魂とか」


「それを刈り取って欲しいというのがあなたの要求じゃない」


「肉体とか」


「要らない」


「チッ。さっきまで喰い殺すとか言ってただろうが。喰ってくれよ」


 中々、気の狂った会話をしている自覚を持ちながら俺はそう言った。


「......気持ち悪い人間。私は人間の肉なんかに興味無いわ。さっきのはただ、あなたが悪魔と安全に交渉をする為のテーブルである魔法陣を投げ捨ててたから、コイツ馬鹿なのかなって思って脅してみただけ。言っておくけれど、喚んだ悪魔によっては問答無用で殺されてたからね、あなた」

 

 口が悪い。


「つまり、お前はそこそこ理性的な部類の悪魔ってことか」


「まあ、そうかな。少なくとも今直ぐにあなたを殺すつもりはないよ。自殺の邪魔されて苛立ってるけど」


 彼女は手に持っているナイフで自らの首を切り落とすような真似をする。


「......もしや、俺達、同じことしようとしてた?」


「どうやら、そうみたいね」


「考え直せ」


「あなただけには言われたくない」


 少女は呆れたような声色でそう言った。


「ああ、ねむ......テメエが殺してくれなかったせいで今日、死ぬのはもう無理だ。眠過ぎ。喚ぶだけ喚んで、放置して悪いが俺はお前が殺してくれないならこのまま寝る」


 もしかしたら、既に今も俺は夢の中に居るのかもしれない。そう思いながら俺は徐に少女の方へバタリと倒れた。彼女は一応、俺の体を受け止めてくれたらしく、俺の顔は硬い地面ではなく、柔らかい......柔らかくはないが、地面よりはマシな彼女の胸にぶつかる。

 取り敢えず、寝よう。朝になったらこれが現実なのかどうか全てが分かる。案外、起きたら会社だった、なんてこともあるかもしれない。


「......夢魔の前で寝るとか、本当に死にたいんだね、あなた。......どうしてあげようかな」


 溶けゆく意識の中でそんな言葉が聞こえた気がした。

此処まで読んで下さり、ありがとうございます!

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