武田家子孫の僕が家族を救うために過去へ転移し織田家を滅ぼす事になったのだけど、何故か命懸けの人狼ゲームをやらされるまでの話
ここは島国。名を日ノ本。二○二二年となった現在でこそ国内で大きな争いは起きないが、ほんの数百年前までは群雄割拠する時代を繰り返していた過去を持つ。
僕の名前は武田信良。歴史好きが高じてとある高校で日本史を受け持つ二十六歳の若手教師だ。家族構成は父と母、それに愛する妻。そのお腹には小さな命が宿っている。
しかし何故か今僕の目の前には武田勝頼と名乗る人物がいた。武田家。この国の戦国時代に割拠した家のひとつで彼の父、武田信玄と言えば歴史好きには有名な存在だ。そして僕はこの武田家の血を引いている。霊感なんてありはしないはずなんだけど……とにかくこの武田勝頼と言う人物は僕のご先祖様ということ。そしてそのご先祖様が言った。
「今お前達家族の命を奪い、武田の命脈を完全に絶とうとするは憎き織田の一族」
と。命が奪われた? 頭に痛みが走る。……あああ! 思い出した。家族を乗せて車で移動中、対向車線を越えてきたトラックと……
父さんに母さん。妻と産まれてくる予定の子供。そして僕自身。全てが一瞬で失われた?
「どうして……こんな……」
言い様のない感情に囚われる僕に威厳のある声がかけられた。
「早とちりするな。まだ誰も死んではおらぬ」
「……え?」
今まさにぶつかろうとしている瞬間で全てが静止している。ご先祖様の霊力によるものらしい。しかし時代が違うので影響力も弱くこれが出来る限界で、このままだと衝突は避けられずやはり全員死んでしまうと告げられた。
救う手立てはひとつだけ。過去に戻って織田家に連なる者を滅ぼせば相手の存在が消え、今この衝突する瞬間もなかったことになる。そうなればまた家族と共に過ごせるだろう、と。
(僕にこの手を汚せと言うのか)
その提案に僕は悩んだ。しかし家族のいない僕に何が残るのか。何も残らない。家族こそ僕の全てなのだ。やり直す事が出来るのであれば僕は……例え悪魔の手だって取ってみせる!
こうして僕は武田勝頼……ご先祖の計画に加担してしまう。戦国時代と呼ばれた年代に戻り、武田家以上に有名なあの織田信長の血脈を絶やす事を目的として。
(みんな待っていて。きっと助けてみせるから)
しかし思えばこの時の僕はきっとまだ軽く考えていたのだろう。人の命のやりとりというものを。
「……君! ……若君!」
誰かの声がする。ゆっくりと目をあけると眩しい光が飛び込んできた。
「ようやくお目覚めですか。長次の若様」
にこにこと着物をきた女性がこちらを見ている。僕と同年代だろうか。
「え? 誰?」
僕の呟きにその女性はきょとんとした表情になり……また笑いだした。
「いやですよ。まだ寝ぼけてらっしゃるんですね。ささ、そちらでお顔を洗われてきてはいかがですか」
言われて寝ていたのかと考える。とりあえず言われた通りに起きようとして……
(あれ? 僕の手ってこんな艶々してたかな?)
変な違和感。それは立ち上がってみて確信に変わった。眼前にいる女性は立って部屋を片付けているのだがまるで巨人だ。僕はその女性の腰の高さ位しかない。いや辺りを見渡せば天井も高いし部屋も大きいと感じるこの感覚。
廊下に出て貯めてある水に映る自分を見て驚きよりやはりそうかと納得してしまう。……子供の姿の自分に。だがそれはアルバムで見たりしていた記憶にある幼少期の顔ではない。
この時の自分に理解できた事は何か手違いが起きたのではないか。それだけだった。
僕自身……そのままの武田信良として戦国時代の武田家領内にたどり着くと言われ、ご先祖様が現地で協力してくれる……そう聞いていたのに気付いたら子供で自分が誰かもここが何処かもわからない。とりあえず記憶を整理しよう。
僕の名前は武田信良。家族を乗せた車が事故にあう直前にご先祖の武田勝頼様に救われた。家族を救う為にご先祖様の時代で事故の元凶となった織田家を打倒するために時間軸を転移? するはずが子供の姿になっており、それ以外が一切不明な状態。
見た目からなら五歳か六歳位だろうか。僕の幼少期の姿ではないけど思考については二十六歳の僕のままのようだ。だとすると……
(頭脳は大人、身体は子供……これって)
「はぁぁ。漫画や小説じゃあるまいし」
とは言っても思考まで完全に子供相応だったりしたら確実に家族を救う事は出来なくなっていただろう。そういう意味ではまだ家族を救う望みはあるのかもしれない。
「若様。何をぼーっとされておられるのですか?」
突然自分の身体が宙に浮いた。いや、持ち上げられたのだとすぐに気付く。
「早く着替えて朝ごはんを食べてしまいましょう」
先程の女性だ。そのまま部屋へと戻されておろされた。
「ささ、千代もお手伝いいたします」
着ている服に手をかけられた僕は咄嗟に……
「や、やめてよ。着替え位一人で出来るよ」
と言ってしまう。そしていつもと違う自分の声に驚いた。そりゃそうか。
「まあ。まあまあまあ! 本当にお一人で?」
笑顔でこちらを見ている女性。恐らく『千代』と言う名前なのだろうと言うことはわかった。
「こ、こっち見ないで」
「はいはい。じゃあ千代は向こうを見ておりますね」
仕方ない。とりあえず着替えをすませてしまおう。僕は置いてある服を広げて……固まった。
「この千代に出来る所を見せたいと背伸びした長次の若様。愛らしゅうございました」
僕は赤い顔で用意された膳の前に座っている。結局着替えは出来ずにこの千代さんの手を借りることになった。この時代洋服なんてないものなぁ。でも恥をかいてしまった分、着方はしっかりと覚えた。
「いただきます」
僕は信良の習慣通りに手をあわせてから食事を始める。
「え? 若様今なんと?」
「え?」
そうか。いただきます、ご馳走さまの習慣はこの時代にはなかったはずだ。僕は必死にごまかす。
駄目だ。現状がわかるまで何もしない方が無難な気がする。さっさと食べ終えてまずは一人になろう。僕は無言で食事に取りかかる。現在判明しているのは千代さんの名前と、たまに自分が彼女から長次と呼ばれている点のみ。早くそれ以外の情報を把握しなければ。
黙々と食事をしている僕を千代さんが不思議そうに見つめている……ように感じた。
──足りない。とにかく情報が足りないのだ。僕は食事後まずはこの屋敷の間取りを把握しようと動いた。千代さんからは
「今日は探検ですか若様。気をつけてくださいねー」
と遊んでいるように思われたようだが、自分の住んでいる場所で迷子になってはたまらない。自分の記憶と擦り合わせればやはりこの建物は武家屋敷のように思える。
だが手がかりは思わぬ所から訪れた。
──どたどたと大きな足音が響き渡ったかと思えばやはり大きな声が響き渡る。
「お千代殿! お千代殿!」
男性の声だ。かなり慌てている様子がその声からだけでわかる。僕もそちらへと近付いてみる事にした。
「まぁまぁそんなに慌ててどうなさいました」
「おお、お千代殿! 長次様はご無事か!?」
うん? 僕……の話をしているのか?
「ええ。今日は屋敷を探検しておられるようですよ」
笑顔で答える千代さん。
「実は先日、信意様が急死されました。殿はこれを受けて至急お子様達の無事を確認せよと某に申しつけられまして」
「ま、まぁ! それはすぐに……」
物陰から信意って誰だっけと記憶をたどっていると千代さんと目があった。
「ああ若様!」
駆け寄ってきた千代さんに抱きしめられる。ほんのりいい香りがした。
「おお長次様。ご無事でようございました。殿が至急お呼びになっておられます」
殿? だがその答えはすぐに判明する。
「ささ、すぐに安土城の信長様の所へ向かいましょう」
え? 安土の信長って言った!?
「それって織田信長? え? なんで!?」
「これ若様! お父上をそのように!」
まるで拒否していると思われたのだろう。千代さんに嗜められるが僕はそれどころではない。武田家に行くはずが織田の方に、しかも信長の息子として存在している事が理解できたのだから──
「えっと。も、もうひとついい? さっき言ってた信意様って……」
「信意様も北畠の養子となり家督を継がれて忙しい方でした。若様も随分お会いしておられませんでしたからな。それがまさかこのような事になるなど……」
僕はその男性の言葉に疑問をぶつけてみた。
「それは織田信雄……様じゃないの?」
一応様付けをして聞いてみる。日本史の教師とは言ってもこの時代の礼儀作法にまで精通している訳じゃない。
「は? 信雄? 誰ですかそれは」
あれ。話が通じてない。どうして? 正しい歴史が間違った形で令和の時代まで伝わっていたのか?
自分の織田家に関しての知識を総動員する。すると引っ掛かる事があった。
(そうだ! 北畠の家督を織田の息子が継ぎ信雄と名乗るのは信長が本能寺で落命してからの事のはずだ。だからまだ……あれ?)
「父上が僕を呼んだ……んですよね?」
「左様でございます。大層心配しておりますぞ」
確か信長は本来の信雄に幼名として茶筅ってつけてたはずだけどな……授業で豆知識として披露した事もある。だから心配するとかそんなイメージじゃなかった。
「信意兄上の幼名って茶筅でしたか?」
命令を受けて来た男性が固まる。別に変な事は言ってない……はずだ。本当に自分の知る人物かどうかを知りたいだけなのだから。
「よくそのような事をご存知ですなぁ! その通りです」
感心されてしまった。だけどやはりそうなら織田信雄は同じく本能寺の変の後に改名する羽柴秀吉と色々と騒動を起こすはずだ。けど彼が亡くなり信長が存命している時点で僕が知る歴史とは符号しない。
自分が来ただけで歴史に狂いが生じた? いや、遅かれ早かれこれから僕がやろうとしている事も同じようなものだ。織田家そのものを断絶しなければ僕を含めた本当の家族に未来はないのだから。ご先祖様は異変に気付いて動いてくれたりしているのだろうか。
そこはまだわからないけどこれだけは確信を持って言える。今回の織田信雄にあたる人物の訃報。これは決して事故ではないのだと。
この時の織田家は大きい勢力だ。もちろん令和の時代ほど科学捜査のレベルが高い訳ではないから本当に事故死であっても懐疑的に見た可能性はある。しかし僕の胸中には言い様のない、妙な予感めいたものを感じていた。そしてその予感は数日も経たないうちに現実となってしまう。
安土城に召集された僕は織田信長と自分の兄弟姉妹の人達と会う。僕は兄弟の中で末弟でなんと十一番目。織田家の頂点という歴史上の有名人と実際に会い、さらに父だという状況。その醸し出す雰囲気はただならぬものを感じた。子が多いとは知っていたものの姉妹あわせて二十人以上が実際集まると城というシチュエーションもあって壮観だ。中には僕より幼い妹もいたが僕自身も長次としてなら下から数えた方が早い。そしてその日は面通し後に各自部屋をあてがわれそこで疲れを癒せとの事だったのだが……
翌日、昨日会ったばかりの妹の一人が亡くなったと知らされた。城の庭の池の底に沈んでいたという。城内は警戒体制がしかれ物々しい雰囲気だ。僕は部屋から出ないように言われ外には護衛の人達が配置されている。最初は後継者争いの線も疑われたが今回全く縁のない子が亡くなったことでその可能性は外されたようだ。
僕は一人部屋で頭を働かせていた。この事件はきっとこれで終わりではないと思っていたから。そして犠牲者はいずれも織田信長の子供だった。これは僕にとって希望と絶望が混在している。僕は何がなんでも家族の危機を救い現代へ帰るんだ。けど、人を殺すという行為に躊躇いがあるのは事実。現在のこの事件、もしも暗殺者と僕の狙いが重なっているのなら放っておいても目的を達成できるかもしれない。これが希望。
絶望はご先祖様のいう展開とは違い織田信長の子供の一人になってしまっていた事。つまり僕も正体不明の暗殺者に命を狙われているかもしれないのだ。対抗しようにもこんな子供の姿で何ができようか。それに今の状況にご先祖様が関わっているかどうかも正直わからない。
家中では一部の重臣も派遣先から呼び戻そうという動きも出てきたようだ。周囲がこんな感じだから僕もそう思い込んでいた。外部を警戒していればいいと。けどそれは間違いだった。なぜなら僕自身の例があるのだから。
亡くなったのは信長の子供達。けど……もし今回の騒動を引き起こした人物の姿もその子供達の誰かの姿をしていたら? しかし仮に似たような境遇だったとしてもその理由と目的は不明。そんな相手が味方になる確信がない以上自分の正体を明かすのは危険だ。
そしてある点に気付いた時背筋を冷たいものが流れた。当然こんな事を信長に申告できるはずもない。でもこれでは誰も信用できなくなる。
──これじゃあまるで──
なんてことだ! 家族の為にご先祖様の計画に協力するどころか。
助力のないまま織田家中を舞台にした……いわば人狼ゲームに巻き込まれてしまっていた──
そしてそのクリアに該当する条件は不確定の暗殺者から逃れながら織田信長を含む二十余名の子供達を歴史の闇に葬り去らねばならない。つまり僕も人狼サイド……
僕は……僕は本当に自分の家族ともう一度過ごす事ができるのだろうか。皆の顔が脳裏によぎった。
完