56 困りっぱなし
帰ってきてから一週間ほど経っただろうか?
もうすぐで10月31日。世間で言うところのハロウィンを迎えるわけだ。
とはいえそれまではまだ時間はあるので特にこれと言ったことは何も考えてない。
学校では柾に「ハロウィンは奏汰の家でハロウィンパーティな!」なんて言われた。
ちなみに秋葉も来るらしく、既に秋葉が祈莉を買収しているそうなので俺には拒否権どころか決定権すらないらしい。
まあ、祈莉が良いというのなら良いのだろう。
俺は特にいうことは無いので何も言わない。
さて、決まって何かをしているわけではない俺は、今もリビングカーペットでソファを背もたれにして座っている。
目の前では愛くるしい子犬や子猫の特集番組をボーっと眺めている。
その俺の横にも、そんな子犬や子猫に引けを取らない可愛いらしい少女が今もテレビ画面に食いついては目を離さないでいる。
(ここに子犬やら子猫やらがいたら、奇跡の写真が撮れるんだろうなー)
なんていうどうしようもない事を考えながら俺もボーっとテレビ画面、を見ている祈莉を見る。
(これは別にガン見じゃない、ガン見じゃないからセーフだ。だって、仕方が無い。仕方が無いんだ!肩が、だって肩が当たってるんだし!)
「奏汰君」
「なんだ?」
「奏汰君は犬と猫、どっち派ですか?」
どっち派、と聞かれても、特にどっちが好きということは無い。
昔は犬が家にいたが、それも俺が小さな時に死んでしまっている。
猫も別に嫌いじゃないが、やはり身近なものを参考にするのなら犬だろう。
「別に、どっちも好きだけど、飼ってたことがあるのが犬だし。まあ、犬かな」
「犬飼ってたんですか?」
「え?あ、まあ」
「へー、良いですね。私は猫の方が好きですけど、犬も好きなので良いですね」
完全に緩み切った表情を向けて来る。
最近ではこういうのがまた一段と増えてきたのでどうすればいいのか反応に困る。
「祈莉は飼ってたりしないのか?」
「私は、その……」
そこで少し暗い雰囲気になる。
そういえば、そんなペットなんて飼えるような円満な家族ではなさそうだった。
母親だけならともかく父がとにかくアレなのだろう。
「ごめんな。今のはちょっと配慮に欠けてたな」
「いえ、良いんです。ちょっと昔の事を思い出して」
「そうか」
祈莉はそれから俺の方に頭を預けて来る。
お風呂上がりだからかシャンプーのいい匂いがしてとても落ち着かない。
「私、小学生の頃、お父さんに一度だけ猫を飼いたいって言ったんです」
俺がシャンプーの匂いにつられていると祈莉は口を開いて昔の話をし始める。
「でも、結局駄目って言われてしまって」
「理由は?」
「理由は特にないんです。ただ、多分お父さんは私に関心が無いんです。だからずっと駄目だ、の一点張りで」
関心が無い。それは多分小さな祈莉にとってはとても辛い事だっただろう。
関心が無い、なんてそんな親がいるとは思えないが、それでもあの日見た祈莉の父親の雰囲気はとても冷たく感じたので、そう言う事なのだろう。
「猫だけじゃなくて、私が何かをやりたい、何かが欲しいって言ってもその調子だったので、いつしかお父さんのところに行くのも怖くなって。でも、お母さんはしっかり私の話は聞いてくれる人だったのでまあ、やりたいこととか欲しいものはお母さんに言うようにしてました。でも、猫はお母さんにも無理だって言われちゃいました」
まあ、祈莉も小学生で親も共働きとなると世話を十分に出来ないかもしれないし、そこら辺は仕方が無いだろう。
祈莉はまたすぐに笑顔に戻る。
だが……
「すみません。奏汰君にこんなこと話してもよく分からないですよね」
その笑顔は、いつも俺に見せるような笑顔じゃなくて、学校で見せるような作られたものだった。
「やめろよ」
「え?」
「俺にまでそんな作り笑いはしなくていい。悲しいなら無理して笑わなくてもいい。ここは学校じゃないんだし、俺しかいないんだから泣きたければ泣けばいい。とにかく、俺の前ではそんな顔はするな。どうしていいか分からなくなるだろ?」
そう、俺としてはどうしていいか分からなくて凄く困るのだ。
だがそれを聞いて安心したのか、伸ばしていた足を抱き寄せて祈莉はその場で体育座りで蹲る。
「すみません。少し、待ってください」
(待つって何を?泣いてるのか?泣いてるの?これどうしたらいいんだよ!?こういう時にあのバカップルが役立つってのに!)
俺は必死にどうするべきなのかを考えて、それでもなお考える。考えて考えて考え尽くして考えを絞り尽くした。
結果、俺は少し震えている祈莉の方をそっと抱き寄せる。
恥ずかしさを押し殺して逆方向を向きながら頭を自分の方に寄せる。
(なにこれめっちゃ恥ずかしいんだけど!?なんだよこれ!?やらなきゃ良かったわ。くっそ、なんかラノベでこういう時ってどうしてたっけ?)
普段はあまり普通のラブコメは読まないのでこういう時はどうすればいいのか判断に困る。
(まあ、ラノベに頼ってる時点でどうかとも思うけど。それは、仕方が無い。だって、リア充がどうしてるのかなんて分からないし……)
必死に恥ずかしさと後悔を押し殺しながらしばらくそのままの体勢でいるとやがて祈莉の体から硬さが取れる。
「もう、大丈夫です」
「そ、そっか……なんかごめん」
俺は慌てて祈莉の頭から手を離そうとする。
すると、なぜかその手が祈莉の首元辺りから動かなくなる。
「あ、あのー」
「もう少し、もう少しだけ貸してください」
「当店は手の貸し出しは……」
「じゃあ買い取ります」
「いや、買い取らないでください……まあ、少しくらいなら良いけど」
さっきから柔らかい感触を擦り付けられてるが、俺は目線を壁から一切離さない。
今手元を見たら俺はあまりの羞恥でしばらく寝込んでしまうかもしれない。
「こっち、向かないんですか?」
「あ、あぁ……」
「ふふっ、奏汰君耳真っ赤です」
「んな!?ば、それは、その……なんかこの部屋暑くない?」
「いえ、私はちょうどいいです。奏汰君の手は、とても温かいので」
なんでそう言う事を平気で言えてしまうのだろか?
俺は先ほどから暑すぎて汗が止まらない。
「な、俺の手、汗出てない?もう離した方が良くない?」
「良いんです。この温かさが、安心するんです」
「……そ、そうですか」
そう言われると放したくても放せないのでとても困る。
今日はなぜか終始困りっぱなしな気がする。
「ああ、もう分かった。分かりました。これで良いだろ?」
俺はそうさっきと同じように自分の肩に祈莉の頭を持ってくる。
高さが若干自分の方が高いので肩、というよりかは腕なのだが。
「はい。凄く、凄く安心します。ありがとうございます奏汰君」
「別に。まあ、いつも世話になってるんだから、これくらい……いや、出来ればこれはあんまりやりたくない」
「私に肩を貸すのは不満ですか?」
祈莉が少し不満そうな顔で俺を見る。
「いや、そうじゃなくて……これ、毎日やってたら、多分俺死んじゃう」
「……ふふっ、じゃあ、これからは毎日お願いします」
「はぁー、俺の言葉聞いてたか?」
そうやって祈莉はいつも通りの笑顔で俺に頼んでくる。
「まあ、その、し、死なないように頑張る……」
十中八九羞恥で死んでしまいそうだが、祈莉はそんな俺にはお構いなしだ。
(ほんと、可愛すぎて困るっての)




