54 振り返ってみれば中々にいいものだった。
修学旅行最終日。
昨日のあり得ないほどの長距離移動で今や足はパンパン。
足だけでなく体の節々はギシギシと音を立て、今にも俺が悲鳴を上げてしまいそうだ。
随分と長い事俺は休んでないことに気が付いてスマホの画面を見る。
「お、もうお昼か。どうする、佐々木は何か食べたいものとかある?」
「俺か?」
時刻はもう12時を回っている。そろそろお昼にして、そのあとは適当にどこか店に入って土産を見る予定になっている。
が、俺に食べたいものを聞かれても、
「遥斗、奏汰に食べたいもの聞いてもまともなことは言わないって」
「なんだとこら?」
「だってそうだろ?この間までは碌な食生活送って無かったんだから」
「そ、それは、まあそうだが……」
そこを付かれると少し、というかかなり痛い。
この歳にもなってまともな食事すらとれないのは自分でも流石にどうかとは思う。
だが、やはり食に関心がなかったのだから仕方が無い。
「それでも、最近はしっかりしてるっての」
「まあ、それはそうだろうけど。でも、それだって白宮さんが全部作ってるんだろ?」
考えてみるとそういえば基本的にはほとんど祈莉が作ってくれている。
たまに俺の食べたいものなどを聞いて来るが、
「だ、だとしても、まずこんな来たこともない場所で何があるかも分からない状況で何が食べたいかなんて聞かれても答えようがないだろ?まず候補として何があるのか上げて貰わないと」
「候補、か。奏汰にしては一理あるな。遥斗、ここら辺だと何かあったっけ?」
「うーん。そうは言っても大体和食だしなー。あ、あそこにカフェっぽいのがあるよ。あそこなら多分色々ありそうだけど?」
「俺はそこでも良いけど、柾は?」
「まあ、和食は食べ飽きたしなー、おっけ。じゃあ、あそこにするか」
そんなこんなでほとんど和食か、そのカフェかの実質二択だったのだが、カフェに決まった。
カフェと言ってもスイーツとかだけではなく、しっかりとランチもやっているらしい。
店内に入り、メニューを見てサラダやら冷製パスタやらトーストやらがある中、俺はそれを見て止まる。
「奏汰はどうするーって、パンケーキか?奏汰にしては珍しいな?」
「え、ああ。どうしようか迷ってて……」
そこで思い出したのが、以前祈莉とショッピングモールに遊びに行った時の事だ。
俺はあの時うどんを食べていたが、祈莉の食べていたパンケーキを一口貰ったのを思い出してはその場で恥ずかしくなってくる。
と、そんな事を言っている場合ではない。他にも色々と美味しそうなものはあるが、それでもこれは旨そうだ。
この前祈莉が食べてたものとは違い、これはどうやら抹茶がメインらしい。抹茶のソースに抹茶のアイスまで付いている。
小食かつ、もう少しで新幹線に乗って帰るとなると、そこまで多めに食べる必要はない。
なら、これでもいいだろう。
「よし、俺はこれにする」
「へー、旨そうだな。俺にも後で一口くれ」
「100円な」
「ひっで、金とるのかよ?」
「じゃあ、俺にも後で一口くれるかな?」
「結城は三口くらいなら良いぞ?」
「は?なんだそれ?遥斗は三口0円で、なんで俺は一口100円なんだよ?」
横で柾が何やらわめいているが関係ない。
まあ、そこまで俺もケチではないので一口くらいなら食わしてやろうと思う。
しばらくして運ばれてきたそれは結構見栄えも良く食欲をそそられる。
流石はカフェなだけあって色々と飾り方からしてもお洒落だった。
自分一人では決して来ないようなこんな店に来れたのも二人がいたおかげだろう。
「んじゃ、食う、」
「ちょっと待って!?」
そこで結城が俺を止める。
何かまずい事でも?食べる前に何か大切な事でもあるだろうか?
「もう、ほら佐々木のスマホ貸して」
「俺の?どうしてだよ?」
「写真撮らないと勿体ないでしょ?ほら、撮ってあげるから。白宮さんにだって見せてあげたいでしょ?」
写真を見せるのか?なんて思ったが、まあ、別に減るものでもないのでおとなしくスマホを渡す。
「もう少し顔近づけて」
「こ、こうか?」
なんか少し注文が多いが、流石はイケメン、こういったことはいつもやっているのだろう。
「うん。良く撮れた。じゃあ、食べようか」
「ありがとう。って、アイス溶けてるし」
「それって少し溶けてるくらいがちょうどいいんだぜ。俺が手本を見せてやろう」
柾は俺の皿を自分の前まで持っていくと、パンケーキを一口サイズに切り分ける。
そしてアイスをナイフで少しとり、その後、クリームも切り分けたパンケーキに乗せて口に入れる。
「美味いな、これ」
モグモグと食べながら俺に皿を戻す。
なぜか頼んだ俺ではなく柾が一口目を食べている。まあ、良いんだが、
「これ俺のなんだけど?」
「まあまあ、細かい事は気にしない気にしない」
「お前に言われると腹立つな」
「うんうん。食べた張本人が言う事ではないよね。あ、俺も貰っていいい?」
「少し待ってくれ」
俺は結城に上げる前に自分でも一口食べてみる。
とても甘い。甘いのだが、それでも嫌いな甘さではない。チョコレート並みに甘ったるい訳ではなく、いい物なのか抹茶の風味も感じられてとても食べやすい。
そんなこんなで俺たちはそこで一息ついた後、そろそろ店を出ることにする。
3時に駅集合なので、残り1時間半ほどはある。
「それじゃあ、そろそろお土産見て回ろうか」
「そうだな」
「俺はどうしようかなー、やっぱり秋葉も喜びそうな、」
「そう言えば今日って自由行動だったのに、二人は良かったのか?」
三日目の今日は自由行動なので、てっきり二人は、少なくとも柾は秋葉と一緒に行くのかと思っていた。
「いや、秋葉は秋葉で友達と回るらしいし、そりゃあ二人で回っても良かったけど、まあ秋葉とはいつでも回れるしな」
つまりこいつは恋人よりも俺達友達を優先したという事だ。
柾の癖に結構いい奴間を出していて少しなんとも言えない感じになる。
「まあ、この先奏汰と白宮さんも誘って四人でどっか行こうと思ってるし、ダブルデートってやつ?やるから別に修学旅行は良いんだわ」
「俺の感動を帰してくれ。後、ダブルデートなんてしない」
「あれ?白宮さんと付き合うこと自体は否定しないの?」
結城にそう痛いところを突かれる。
「べ、別に……俺が白宮と付き合えるわけないだろ?そんな夢物語は夢の中だけで俺は満足だよ」
そう、夢は夢。あくまで現実には起きえない事なのだ。
俺と祈莉が付き合うなど、それこそ万に一つの可能性も無い話だ。
学校一の美少女と、俺のような影の存在は釣り合うはずがない。
「そんなこと言って、俺は賭ける。二人は、そうだな、来年の春くらいには付き合い始めるな」
「いくら賭けるんだ?」
「そうだな、俺の将来を賭ける」
「お前の将来賭けられても」
「一生養ってやるんだぞ?」
「分かった。よし、言ったからな?俺と祈莉と関係が進展しなければお前は俺を一生養うんだからな?」
別に養ってもらわなくても生きては行ける。
だが、やはり約束された安定の生活というのは何よりも得難いものだ。
「そこまで食いつくとは思ってなかったな。まあ、俺は楽しみにしてるぜ。奏汰がいつ白宮さんにデレデレになるのか楽しみだぜ、グヘへへへ」
「二人とも、ほら、お土産選んで」
店について俺たちはお土産を選んでいく。
俺も家に置いておく菓子類と、それから祈莉用にいくつかカゴに入れていく。
そうして土産も買い終わり、もうすぐ集合時間。
来る前までは修学旅行なんてただ憂鬱なものでしかなかった。
小学校の頃から、俺の宿泊行事はいつも一人だった。
班からもハブられて、いつしか体調が悪い、などと言って宿で休むことしかしなくなっていた。
そう考えてみると、今回の修学旅行は疲れはしたものの、なかなかに楽しいものだったのかもしれない。
生まれてから初めてまともに参加した修学旅行は、行く前にごねて否定していたようなつまらないものではなかった。
少なくとも、今まで生きてきた中では中々に楽しいものだったと思う。
「これは、祈莉にも話せるかもな」




