53 通話の内容は至って普通
長い階段を上っている。
人混みに流され、酔いながら吐き気を催し、尚も俺は上へ上へと上っていく。
この左右に揺られる感覚が凄く気持ち悪い。脳が揺さぶられるようで、しかも足元が階段だから少し注意しなければいけない。
人混みを掻き分けて、右へ左へ。
秋だというのに人混みと陽のせいで少し汗ばんでくる。
「これだから人混みは嫌いなんだよ」
以前祈莉と出かけた時も人混みに巻き込まれはした。
それでもあれは少しの間だけだったし、今の様に階段を上ったりして全神経を集中させる必要もない。
だが、今は違う。前方だけでなく足元にも神経を集中させかつ左右も確認しなければいけない。
「あいつら、とっとと先行きやがってー!」
俺の親友だと豪語するのなら、普通隣で俺を助けるべきだろう。
そんな事を考えているとようやく一番上に到達したらしく、そこは開けた広場になっている。
毎回思うのだが、どうして神社や寺はわざわざ階段を長くするのだろうか?
今時高齢化が進んでいるのだからエレベーター、出来なくともエスカレーターくらい作ればいいだろうに。
本当に年寄りに(俺にも)優しくない。
こんなんだから日本人は未だにちょんまげで刀を腰にさしている、なんて外国人に勘違いされるんだ。
文化を尊重するのも良いが、もう少し人に優しい街づくりをして欲しい。
「お、ようやく来たか!」
「お前らが置いていくせいで遅くなった。悪かったな!」
疲れ切った俺は膝に手をついて少し休む。
皮肉を込めて柾と結城に対してそう言い放つのだが、二人とも何とも思っていないようだ。
「まあまあ、俺達も気づいたら奏汰がいないから一瞬焦ってさー」
「お前、俺が人混み苦手で体力無いの知ってんだろ!」
「だってー、あそこから引き返すと迷惑になるしー」
確かに、階段の途中から人の流れに逆らっていくのは迷惑この上ないだろう。
それでも少しペースを落とすとかしてくれても良かったのでは?なんて考えてしまう。
「とにかく、佐々木がたどり着けて良かったよ。よし、じゃあそろそろ時間も押してるし、次のところ行こうか?」
「は?俺ただ階段上っただけなんだが?」
「つってもなー、次行くとこあるしなー。まあ、ここからでも景色は見えるからいいだろ?」
どうやらもうすぐに次の目的地に出発するらしい。
修学旅行二日目。
結構早い時間帯からこうして各地を回っているわけだ。
だが、俺はというと朝からずっとこの二人に振り回されては体力が既に尽きかけている。
昨日はこうなることを予見して、結構すぐに眠ったはずなのだ。いつもより早く。
朝だってしっかり食べたのだ。こうなることを見越して。
そう、こうなるだろうとは大方予想が出来ていた。
だが、まだ少し甘かった。
こいつらの能力を見誤っていた。こいつらの体力は無尽蔵だったのを失念していた。
いつも家に籠っている俺の尺度で測れるような奴らでは無かったのだ。
結城は今も現役のテニス部部員。
今度の大会では最注目の選手らしい。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、おまけに性格までもイケメンと来ている。
方や柾だが、こいつは今でこそ帰宅部をやっているが、中学まではれっきとしたサッカー部だったらしい。
ちなみに秋葉はバレーボールをしていたらしい。
そして、こいつは帰宅部であるが、今も日課で走ったり秋葉と休日は運動をしたり、そういったテーマパークに行って遊んでいるらしい。
つまり、中学の頃から体力がほとんど落ちていないのだとか。
性格はまあ、普通の高校生?みたいなものだろう。
そんなハイスペックでキラキラしたこいつらに俺が一緒についていること自体が間違いだったのだ。
「お前ら……いや、なんでもない」
「なんだよ?ここあんまりいても面白くないだろ?」
柾が不思議そうにこちらを見る。
いても楽しくない。全く以てその通り、本当にこんな仏像とか見て楽しむとか、俺はそんな仏教徒じゃない。あんなのはただの金属の塊、くらいにしか思わない罰当たりな高校生だ。
でも、そういう事ではない。
別に、仏像見たりして感銘とかそういうのは受けないにしたって、ここまで頑張って上ってきたなら少しくらい達成感に浸らせてもらっても良いのでは?って、おもっただけだ。
「分かったよ。行くよ。行きますよ!」
「おう!じゃあ、次は向こうだな!」
なんでこいつらがここまではしゃいでるのかは分からない。
まわっているのは神社や寺ばかり。
こいつら将来住職にでもなるつもりなのだろうか?
住職、意味合いは全く以て違うけど、なんだか自宅警備員みたいな字面だ。
住職の方には人知れず謝っておくことにしよう。
そして二日目も終わり、また前日の様に他愛のない話をして俺たちはまた次の日に備える。
今日も今日とてかなり豪華な夕食だった。
だが、やはりというか俺にとっては何かが物足りない。
「やっぱり、奏汰はもうこれじゃあ満足できないか」
「いいや、別に。美味しいし満足だ」
「そんな意地張らんでもいいって。美味しいよなー、あの料理をまいにちたべてるんだもんなー。そりゃ舌も肥えるってもんだよなー」
柾は以前食べた祈莉の料理を思い出したのかそうやって俺をからかう。
確かに祈莉の料理を食べているからか、やはり少し物足りなく感じてしまう。
別にこっちの方が美味しくないとか、そういうことを言っているわけではないのだ。
ただ、少し俺の嗜好とは合わないだけ。
そんな事を考えながらも一応は美味しいので次々と口に料理を運んでいく。
そうして食べていると、不意に結城がとんでもない事を言い出すのだった。
「佐々木って、あの白宮さんと付き合ってる?」
「……はあ!?」
それはあまりに唐突な、それでいて的確な指摘。
探るような言い方ではなくあくまでストレートな疑問。
そこに悪意の類は一切見られないのだから尚更達が悪い。
だが、少し狼狽えながらも俺は口を開く。
「だ、だから俺にそういう特定の相手はいないって言っただろ?」
「でも、毎日手料理を食べてるわけで」
「そ、それは、まあ」
「それに、なんか……ごめん、佐々木!」
そう言って結城が少し頭を下げる。
急にどうしたのだろうか?今更爆弾発言を謝られてもどうしようもない。それに謝ることでもない。
「じ、実は昨日、佐々木のスマホ見ちゃってさ」
「え?」
「飲み物買いに行くとき、佐々木のスマホが鳴って、それで渡そうと思って……佐々木の彼女さんかなー?なんて思いながら少し画面を見たら、その……」
「名前が表示されてた、と?」
「うん……」
それはまさに不慮の事故。悪いのは俺であって結城じゃない。
飲み物を買いに行くだけだから別にいいだろうというその気の緩みが招いた事態だ。
だが、まだ全てがそうと決まったわけじゃない。
「それは、多分見間違いだったんじゃないか?」
あくまで白を切りとおす。
俺と祈莉の事がバレたら俺は最悪結城に殺されるかもしれない。
こいつは学校一の完璧男だが、そんな奴でも好きな人の一人や二人はいてもおかしくない。
そして、この学校の大体の男子が好きな人、なんて言ったら、俺には一人くらいしか思い浮かばない。
「見間違い、だけだったら良かったんだけど……その、音声が、さ?」
「き、聞いたのか?」
「ご、ごめん。以前白宮さんとは一度話したことがあるから、声で、ね?」
そりゃあそうだろう。以前話したことがあって、画面には祈莉という着信を伝える文字。そして、伝言の音声。
これだけあれば勘のいい奴は気づいてしまうだろう。
それでも俺は諦め悪く「聞き間違いでは?」「そもそもスマホなんて無かったんじゃ?」「ほら、アレだ、修学旅行でよく出る幽霊、とか?」なんてはぐらかそうとしたがどれも効果が無かった。
これで結城が祈莉信者であるのなら、俺は神の名のもと断罪の刃を首に突きつけられることだろう。
仕方が無い。もう覚悟を決めるしかない。
そうだ、別にいいじゃないか。結城なら祈莉の事を大事にするだろう。学校中の誰もが認めるお似合いカップル。
「別に、俺達付き合ってるわけじゃないんだ。ただ少し事情があるだけで、だから、別に俺の事なんて構わず祈莉は、」
「そっか、やっぱり。でも良いと思うよ。俺はなんかあの言葉を聞いて二人を応援したくなったな」
「え?でも、結城は……」
「俺……あぁ、そう言う事か。別に俺は白宮さんが好きとかではないよ。ただ、なんとなく少し立場が似てたから話したことが合ったりしただけだよ」
なるほど。立場が同じだから……
つまりは俺を粛清したりはしないらしい。
「いいのか?俺を抹殺しないで」
「なんでそんなことするのさ。いや、昨日の白宮さんの言葉は少しグッとくるものがあったね」
「二人してさっきから俺をのけ者にするなよー」
一人黙々と夕食を食べていた柾は、ようやく腹いっぱいになったらしく俺達に絡んでくる。
「ついに遥斗も知ったのか。それで、昨日の白宮さんの言葉って?」
「結城、それをこいつに教えたら凄く危ない気がする」
「それは俺も同感だね。柾は人には言ったりしないけど、佐々木の事をこれでいじったりしそうだしね」
「なんだよ二人して?遥斗まで俺を裏切るのか?」
「まあ、僕は佐々木たちの仲が進展してくれた方がなんか嬉しいしね!」
「ゆ、結城!!」
なんだろう、このイケメンスマイルは?
こんなの、俺が恋に落ちてしまいそうだ。
なんていうのは冗談だ。
今も柾は結城からあの手この手で聞き出そうとしているが、結城は頑なに答えようとしない。
俺にもとうとう信頼できる友が増えたらしい。
二人がしばらくいちゃつきあっていると、俺のスマホが鳴る。
それは昨日リアルタイムで聞き逃した祈莉からの言葉。
「ああ、その、昨日はごめんな。ちょうど外に出てて」
いちゃつく二人をよそに、俺は祈莉と話す。
『いえ、ただ少し……こ、心細かったというか。とりあえず、それだけなので』
「そうか?ま、いっか」
『じゃ、じゃあ。つ、繋がりましたし、私はそろそろ寝ようと思うので』
「分かった。まあ、明日は寄り道とかしないですぐ帰る」
『はい……では、その……』
そこで一瞬祈莉が黙る。
俺の異変に気が付いたのか柾が俺の方に寄って来る。
そして、柾が俺の耳元まで飛び込もうとしたその直後、
『お、おやすみなさい。奏汰君』
通話が切れる音がして、ツーツーという音が耳に響く。
一足遅く俺の耳元に自分の耳を近づけた柾は悔しそうな顔をしている。
が、これは聞かれなくても良かっただろう。
なんてことの無い普通の会話なのだから。
今の季節は秋だというのに、なぜか分からないが顔の辺りが凄く熱い。
思わず片手で目から下を隠す。
が、柾はそんな俺の表情から何かを察して少しにやっとした表情を作る。
「奏汰ぁー、顔、真っ赤だぜ?」
どうやら、柾と結城には何も隠せていなかったらしい。




