36 人込みはやっぱり苦手で
家を出て、そこから通りに出れば花火大会へと向かうであろう人の大群が道を埋め尽くしていた。
埋め尽くすと言ってもあくまで比喩だが、それでもかなりの数がいる。そして、それが途切れることなく次から次へと花火大会の会場へ向かって行く。
「これは凄いですね」
「俺もまさかここまでだとは」
花火大会があるのは知ってたし、去年も柾たちに誘われたが面倒だったし、行く必要も無かったので行かなかったがまさか本当にここまでだとは思ってもみなかった。
「去年は奏汰誘ったのに来なかったもんな。初めてでこの人の多さは奏汰には少し厳しいかもな」
「いや、大丈夫だ。少し人が多すぎて吐き気がするだけだ。問題ない」
「問題あり過ぎでしょ?人込みで吐くって、奏汰って一体何があったの?」
「大丈夫ですか?まあ、私も少し気分は悪いですけど」
祈莉に関してはこの人込みは苦手だろう。変装はしているものの、道行く人たちは柾や秋葉、そして隠しきれていない祈莉の美貌に視線が吸い寄せられている。
「なんか、俺凄い肩身が狭いんだが?」
学校でも認められるほどの美形カップルである柾と秋葉。そして帽子を被り、顔を隠しても尚オーラが溢れ出る祈莉。一応髪型や服装は整えているものの三人よりはかなり見劣りするであろう俺。別に自分の外見が気に喰わないわけではない。そんなものを気にして人を羨んだりはしないが、それでも三人と歩くのは少し気が引ける。ただでさえ普段祈莉と歩いていて、それに加えて今日は柾と秋葉も加わっている。そう思うと少し気が引けて来る。
「またそうやって。奏汰、お前はもう少し自分に自信を持った方が色々楽になるっていうのに」
「自分に自信。最近は少し持てて来たのかもしれないが、お前ら含めたキラキラ面子と歩くなんて結構なストレスだからな?」
大体、こいつは分かっていないんだ。ゲームで少し操作が分かってきたからと言って、上級に行けるかと言えばそうじゃない。俺はまさしくそんな状態。少し自信がついたぐらいでランクが二つも三つも違うような奴らと、よりにもよって大勢の集まる花火大会に行くなんて息がつまりそうだ。
「先輩、私と買い物に行くときは平気ですよね?」
「それはお前一人だし、ここまで大人数の目に晒されるわけじゃないだろ?」
「うーん。とは言ってもどうにもならないし、諦めろ奏汰。それに奏汰だって注目されてんだぜ?」
「場違い感が凄すぎてな」
「あ、まさ君。また卑屈奏汰になったよ!」
卑屈奏汰って名前ありそうだな。ていうかそうではない。
確かにこいつらからすれば卑屈の部類に入るのだろうが、考えても見て欲しい、前まで自信のかけらも無かった奴が、突然自身に溢れたキラキラ面子と大衆に晒されたら?既に俺にとってこれはキャパオーバーだ。とは言っても何も出来ないことに変わりはないので諦めよう。
「ま、気楽にいくとするけど」
「そうそう。気楽に堂々としてれば奏汰だってかなりいいんだから。ね?白宮さん」
「え?あ、はい!そうですよ、先輩はもう少し自信を持ってください!」
「自信は少し持ち始めたんだが?」
「じゃあ、もっとです!」
「あ、そうですか。努力します……」
こいつらに見劣りしないように、とまでは行かないもののそれでもある程度こいつらの評価を下げないように努力しよう。なんか、ラノベで出て来るイケメン君の取り巻きAになった気分だ。
そして話をしながら歩いて行けばやがて会場に到着する。
そこでまずは見やすい場所を探し、それから屋台で夕飯を買うことにする。
「それじゃあ、調達班は白宮さんと奏汰だ!」
「は?……あぁ、でも確かに男が一人ずついてた方が安全か。お前にしては考えて……?」
「ん、あ。いや……まぁ、そう言う事で良いか。奏汰ってたまに素でそういう事言うから反応に困るんだよなぁ」
「そう言う事って?」
「そう言うところがなぁ」
「先輩は本当に」
「愚鈍だよねぇ。私は奏汰は凄い愚鈍だと思う!なんか頭いいし、変な事には気づくけど、大体の事は気づかないから」
「変な事って、そんなに言う程か?」
「はぁー、俺が気を使ってもこれだしな。秋葉の言う通りだよ全く!」
なんで俺が非難されてるのだろうか?というか今ので俺に何の気を?どちらかと言えばこいつは女子に気を使ったんだろ?
「もう良いから早く行ってこい!俺と秋葉はたこ焼きと焼きそばな!」
「へいへい。分かってるよ」
俺はそう言いながら祈莉と屋台を目指して歩き出す。
「人が多いな」
「そうですね。ちょっと、歩くのにも一苦労ですね」
人が多すぎて前が見えない。というのも屋台に続く道の為か、人が余計に密集してるのだ。
ほんと厄介この上ない。そこまでして花火を見に来たいのか?まあ、俺が言える事ではないが。
「多すぎるなこれ。祈莉、あんまり離れ……」
そこで違和感に気づく。
本の数瞬前までそこにいたはずの祈莉が、いつの間にかいなくなっている。
(そう言えば、この前の買い物でもこんなことあったよな?人込みに流されやすいというか、これ、結構危なくないか?)
前に進むのをやめて後ろを振り返ると、少し離れたところに見覚えのある帽子と、髪が見える。
(やっぱり、あいつは一人で人込みとか絶対行かせたら駄目な奴だな)
人込みを掻き分けて、祈莉に近づいていく。
「全く、お前これで二度目だぞ?」
「あ、先輩……」
「ほれ、掴んでろ。いいか?絶対離すなよ?」
「は、はい……」
そう答える祈莉の顔には少しの汗と共に不安が滲み出ていて、俺が来た瞬間安堵の顔に変わる。
なんだかんだでやっぱり怖かったらしく、表情の変わり方は凄くはっきりとしたもので心なしかほんの少し心臓が跳ねる。
「……ふふっ」
「な、なんだよ?」
「いえ。ただ、少し先輩の顔がおかしかったので」
おかしい?さて?俺はそこまでおかしいのだろうか?顔のスペックはともかく、おかしいと言われるほど悪くはないはずなのだが?
「先輩、顔が少し必死だったので、つい」
「必死……ま、まあ、そりゃあ急にいなくなられたら焦るもんだろ?」
「焦り過ぎですよ。私だって子供じゃないんですから」
どうやら顔自体がおかしい訳ではなく、さっきの表情がおかしかっただけの様だ。
「そうか、ま、今度は離すなよ?本当に危ないから」
「……はい。ありがとうございます」
取り敢えず一番手前にあった屋台を回って戻ることにする。
祈莉がお菓子を目を輝かせて見ていたので、あとで食後に買いに来るとしよう




