33 白宮母襲来!?
「それで?祈莉、この方は?もしかして祈莉の彼氏さん?」
「ち、違います!」
「初めまして。祈莉の母の白宮由美子と申します」
母親の詮索に若干顔を赤く染めながら否定する白宮。
母である由美子さんはそんなことは関係ないとばかりに話を進めようとする。
「えぇー?でも、この方に送ってもらったんでしょ?二人でどこか出かけてた?もしかして私邪魔しちゃったかしら?」
「ち、違いますから、お母さんはそう言う事言わないでください!」
「もう、祈莉ってば顔が真っ赤よ?そんなに恥ずかしいの?もしかして図星だったかしら?」
その瞬間白宮の顔が更にもう一段階赤くなる。
(あ、これは、怒ってるのか?)
それは羞恥7割、怒り3割なのだが、奏汰にはその真意は分かるわけもなく祈莉がただ激怒しているのだと解釈する。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。でも、そこまで怒ってもないかしら」
「いや、流石にこれは怒ってるのでは?」
ついつい、あんまり怒ってない発言にツッコミを入れてしまう俺。
(やってしまった。ここは何も話さず空気に徹するはずだったのに、何やってるんだ俺は?)
「そう……まだそこまでは?あ、それとも少し鈍いのかしら?」
「に、鈍い?」
これは何と驚きだ。なんとこの由美さんは、俺を見るなり鈍いと言って来たのだ。
別に怒ったとかではない。ただ、いつも柾や秋葉に口を揃えて言われていることをこの人にも言われて少し驚いてしまう。
(え?というか今のどこに鈍い要素が?)
全く分からない俺はしばらく疑問符を頭に浮かべている。
「それで、この方の名前は?」
「えっと、佐々木先輩です。私の一つ上の」
「へぇー?佐々木君?一つ上なの?下の名前は?」
そう言って次は俺に振って来る。
「あ、えっと、奏汰です。佐々木奏汰です」
「そう、奏汰君ね。うんうん。良い名前ね!」
「あ、ありがとうございます」
何だろう、この高いテンションは。
まるで柾と秋葉を相手にしているようだ。少なくとも白宮とは性格の面ではあまり似ていない。
だが、それと違って顔は結構そっくりだ。少し白宮よりは大人っぽさがあるが、それは大人なので仕方が無いだろう。そして何より、髪色が同じ。二人とも綺麗なブロンドヘアーで、少し亜麻色に近い色だ。
「それで、お母さんはなんでこんなにいきなり?」
「あー、それはねぇ……前にお父さんが、界人さんがここに来たでしょう?」
父親。あの日、公園で白宮を冷たい眼差しで見ていたあの男。
「それであの人と話して、そしたらこの前会いに行ったって聞いたから。大丈夫だった?また、何か言われたりした?」
「ううん。私は大丈夫です。お父さんの事もいつもの事だから」
「そう。でも、流石に来るのが遅くなって少し心配で。だから今日飛んできたの」
大丈夫。そう言う白宮の顔は、どこか沈んでいるようで。
また、俺は要らない口を開いてしまうのだった。
「大丈夫じゃないだろ」
「え?」
「お前はもう少し我が儘を言えよ。あんな顔してたんだぞ?大丈夫なはず無かっただろ?」
「あれ?もしかして二人はその日も一緒に?うんうん。それで祈莉は奏汰君に縋ったのね」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
「そうですね。泣いて縋ってきました」
「え?先輩まで!?」
あの日は確かに、白宮は泣いて泣いて、俺に縋ってきた。本当は由美子さんに縋りたかったろうに、由美子さんに泣きつきたかっただろうに。それをつい最近知り合ったばかりの学校の先輩なんかで手を打ったのだ。なら、せめて俺がここで、
「でも、あそこで白宮が縋りたかったのは、きっと由美子さんですよ。こんな人の家の事情に入り込んでる時点でおかしいのは重々承知してますけど、帰ってきたなら、次は白宮を思いっきり抱きしめてあげるくらいの事はしてやってください。そうしないと、多分、白宮は壊れちゃいますよ」
「そう、そうね。そうよね。ごめんね祈莉。ずっとあなたの傍にいられなくてごめんなさい」
そう言って由美子さんは白宮を優しく包み込む。
最初こそ少し抵抗したものの、あとから諦めたのか白宮も抱きしめ返す。
俺はここにはいない方が良いはずなのに、出ていく勇気もなくその場でいたたまれなくなりながらどうにかその場で堪える。
「祈莉、泣かなくていいの?」
「もういっぱい泣いたからいいです」
「奏汰君の胸で?」
「ちょ、ちょっと違います!」
「ふふっ、可愛い子ね」
確かに俺の胸で泣いていたのは事実なのだが、本人はそれを認めたくはないらしい。それもその筈、俺の胸で泣くなんて普通はしない。どんなに普段仲が良くても秋葉が俺の胸で泣いたりはしないのと同じだ。だが、その否定の仕方が少し心に刺さって少し気分が沈んだ気がした。なんでだろう?
「この前の話は界人さんから聞いてたから、流石の私も呆れちゃって、でも奏汰君が助けてくれたのね。改めて、娘をありがとう奏汰君」
「いえ、俺はただあの顔に凄く……いえ、なんでもないです。白宮の力になれたのならそれは良かったです」
「まあ、なんて誠実で良い人なのかしら?是非息子に欲しいわね」
「お、お母さん!?先輩だって嫌がるからやめてください!」
「なんでぇー?あ、そう言えば二人って名前で呼び合わないの?」
「あ、えっと」
「え、あ、その、私は……」
そう言えば考えてみると出会ってもうすぐで三か月、あれから半同棲みたいな生活して、それで今も俺は白宮を苗字で呼んでいる。特に今まで違和感は無かったものの考えてみると俺は少なくとも帰るべきなのだろうか?だが呼び方なんて正直どっちでもいい気が……
「さっきから白宮って呼ばれるとどっちなのか分からなくて」
「あ、あぁ。そう言う事でしたか」
なるほど。そう言う事か。それなら名前で呼んだ方が良いのか?
「先輩!騙されちゃ駄目です!大体、声音や視線でどっちに話してるかなんてすぐ分かります。それに先輩、お母さんの事由美子さんって言ってます」
「少なくとも私は分からないの。仕事でもずっと白宮って呼ばれるから」
「じゃ、じゃあ……え、っと。い、いの、祈莉?」
「どうして疑問形何ですか?」
「んー!いいじゃない!甘いわ!青春ね、じゃあ、もう奏汰君はうちの息子に」
「すみません、それはお断りします」
その誘いは丁重にお断りする。
それにしても、この人は本当にテンションが高い。まるで以前見た白宮の父親とは全く違う。
そりゃああれとこの人ではそりも合わない事だろう。なんで結婚したんだ?ま、そこは踏み込むべきではないのか。
「もうっ!お母さんは用事が済んだなら帰ってください!」
「えぇー?まだ30分くらいしか経ってないじゃない?」
「30分も経ったならいいです!早く、今日はとにかく!」
白宮はそう言うと由美子さんをを立たせて色々と荷物を持たせる。
「まあ、次はじゃあ、もっと連絡とって二人の邪魔にならないようにするわね?」
「別に先輩とはそういう関係じゃありません!先輩にとっても迷惑ですからやめてください!」
「そうかしら?奏汰君は迷惑?」
「迷惑、ではないですけど、でも、そう言うのは白、祈莉さんの気持ちを尊重するべきですから。それに俺じゃ役者不足ですし」
「……そう。ま、今日はじゃあここらへんで帰ることにするわね」
「追い出す形で申し訳ないですけど、今度はもう少し連絡とかしてくれれば歓迎はします」
「そう?じゃあ今度は三人で一緒に仲良くお食事しましょう?」
「そういうのは迷惑になるのでやめてください!」
白宮にそう言われながら家から押し出されそうになる由美子さん。その次の瞬間、その目には「下で話しましょう」と言われてるようで、俺は白宮に由美子さんを送ると言って二人で下りていくことにする。
「せ、先輩?」
「夜中に一人は危ないだろ?」
「でも外には車が」
「車まで送るだけだ。すぐ戻って来る」
「そう、ですか」
「いやぁー物凄い紳士ね?これは凄い優良物件じゃない祈莉?」
「もう早く行ってください!」
俺たちは白宮に追い出されるようにエレベーターホールへと向かう。
そこで下行きのボタンを押す。そう言えば何も考えていなかったが今になって白宮の部屋に入っていたのだと実感する。あまりの緊張に周りなんてほとんど見ていなかったのだが、
「奏汰君。祈莉の事はありがとう。あの子があんな風に感情を顕わにするのは、いつぶりだったかしら?」
「そこまでだったんですか?」
「ええ。少なくとも小学校中学年くらいからはもうあんな風に感情を表に出したりはしなかったわ。だから今日は少し嬉しかったの。だから、出来るならこれからもあの子の傍にいてあげて欲しい。お願いできるかしら?」
「白、祈莉さんが拒まなければ、俺はずっと一緒に居ますよ。寧ろ、彼女には俺の方が礼になってるので」
「そう。なら大丈夫そうね」
エレベーターの扉が開き、先に由美子さんを先に中に入ってもらう。そして俺は入って1階のボタンを押す。
静かに動き出したエレベーターは十数秒で一番下に到着する。
エントランスから出れば、そこにはほとんど人のいない静かで少しくらい道が広がっている。
街灯はあるので普通に全然先まで見えるのだが、
「ねえ、奏汰君。違ってたらごめんなさい。奏汰君は……」
そこで少し何かを考える由美子さん。
何を考えているのか?それは俺には分かりかねる。
「いいえ。やっぱりなんでもないわ」
「そう、ですか?」
「まだ、そうと決まったわけじゃないし。でも、そうだったなら、あの子も少しは救われるかしら?」
俺には全く意味の分からない事を言う由美子さん。
「今日は奏汰君に出会えて良かったわ。これからも、あの子をよろしくね。出来れば次は嬉しいお知らせを待ってるわ」
「そんなお知らせは永劫にお届けできませんが」
「そうかしら?まんざらでもなさそうだった気もするけど?まあ、いいわ」
そう言ってマンション前に止めてある黒のセダンの前へ行き、そこで「ああ、そう言えば」と俺の方をもう一度振り返る。
「もうすぐそこの川で花火大会ね」
そう一言言い残し車に乗り込む由美子さん。
俺はそれをただ眺める。車が見えなくなるまで。
「花火大会、か」
恐らく白宮と一緒に行けという事なのだろう。
嫌がられは、多分しないがそれでもしっかり聞いておかなければならない。
(そういえば、柾も秋葉も前にそんなことを言ってたような?)
俺はそれを確かめるためスマホを確認する。そしてそのままエレベーターでもう一度白宮の部屋まで上がっていくのだった。




