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29 箱入りお嬢様は海を見るのは初めて

 電車から降りて、改札を抜けて駅から出る。

 するとこの蒸し暑い夏の陽気に少しの風と共に磯の香りが漂って来る。


 「少し磯臭いな」

 「そりゃあ海だしな。奏汰海嫌いか?」

 「嫌い、というか……小中学校のプールの授業はいつも震えて、泳ごうものなら寒すぎて呼吸が出来なかった、くらいだな」

 「あー。まあ、それだけ細ければそうもなるな。と、なると海にはそこまで入れないな」

 「えー!?奏汰海入れないの?」

 

 なぜか秋葉が凄いがっかりしている。

 なんでこいつがそこまで?普通は俺ががっかりするのではないのだろうか?


 「まあ、だから俺は旅館で、」

 「海に入れなくたって、楽しみはあるだろう!」

 

 柾はそう言うと俺に小声で耳打ちしてくる。


 「お前、いいのか?」

 「何がだよ?」

 「せっかく一緒に白宮さんの水着選んだんだろ?それを見なくていいのか?」


 水着。その言葉で白宮と選んだものを思い出す。白宮にしては意外にも大胆に攻めたものを選んでいた、あの水着。

 いや、だが俺はそこまで水着に興味が無い。

 見たいか見たくないか、と言われれば見たいが、それでもこんな真夏のクソ暑い中水着を見る為だけに海に行くのはあまり気が進まない。


 「別に水着を見るくらいならお前が写真を送ってくれれば」

 「よーっし行くぞ二人とも!奏汰も行くって!白宮さんの水着が見たいってさ!」

 「おい!俺はそんなこと言ってないぞ!?なんなら逆に行かないって、」

 「もう、奏汰うるさい!祈莉ちゃんが困ってるじゃん!」

 「そ、俺のせいか!?」


 そんなことを言いながら三人は旅館に向かって歩き出す。

 まずは荷物を先に置きに行くらしい。それから海で遊ぶのだとか。


 少し古めの街並みは不思議と落ち着いて、なんだか懐かしさを感じさせる。

 そんな町を歩いているとようやく旅館が見えて来る。

 少し小高い丘の上に建っているのは恐らく津波や高波対策なのだろう。

 入り口からして相当高そうな旅館だというのが窺える。


 「おい柾、お前これ12万ていうの嘘だろ?」

 「あ、流石に分かった?」

 「普通に泊まったら俺たち全員でいくらなんだ?」

 「普通の部屋なら一人8万とか?」

 「お前、それ高校生に払える額じゃねーだろ?」


 秋葉は先に旅館に入って先に旅館の女将さんに挨拶している。

 

 「でも、タダなんだし良いだろ?」

 「お前は疑うとかしないのな?」

 「そんな必要ないだろ?」

 「なんか凄い、もう感心するわ」


 柾に呆れていると中から秋葉と、もう一人少し若々しい、というか30代前半にしか見えない人が出てきて、


 「キャー!これが秋葉ちゃんの彼氏?カッコいいわね!?そうなの。秋葉ちゃんもいつの間にかそんなに大人になってたのね!?それにこっちの女の子、なによこれ、お人形さんみたいじゃない!?」

 

 中から出てきた女性は突如俺達を見てとても高いテンションで俺達を迎える。

 流石の柾もついて行けないのか少し戸惑った笑いを浮かべる。

 そしてさっきからほとんど喋っていなかった白宮も少し驚いたような顔をしている。それから、他の人には分からないようだが、あの顔は少し嫌がっている顔でもある。


 「あの、どうも初めまして。本日はお招きいただきましてありがとうございます」


 俺はいつもとは違い丁寧な言葉と所作を持って白宮とその女性の間に入る。

 すると、


 「まあー、なんて礼儀正しい子!!あなたが奏汰君ね?そう、秋葉ちゃんから聞いてるわ!いっつも柾君とその白宮さんと仲良くしてるんでしょ?それで?今日はどういう目的でここに?まさかダブルデートってものかしら?最近の子たちは進んでるのね!なんだか高校生で旅行なんて素晴らしいじゃない!」


 凄い速さでまくし立てられて何が何だか分からなくなる。

 あれ?なんかさっき向けられた少し怖めの視線が無い?

 というか、これはアレだ。秋葉に通じるテンションの高さだ。


 「キミちゃん!それで、今日はどこの部屋なの!?」

 「今日はねぇ、人数が多いっていうから広いお部屋にしてみたのよ!」

 「ほんと!?やった!あ、もしかして?」

 「そうそう。秋葉ちゃんが小さい時から泊まりたがってた三階の角部屋、今日から予約が入ってないからあそこを使って!」

 「うわー!!やったー!!」


 二人の高すぎるテンションの会話に俺達三人はついて行けず、この真夏の中、ずっと外で立ち尽くしている。

 

 「あ、そうだったわ!皆早く中にいらっしゃい!」

 

 思い出したと言わんばかりに手を叩いて俺達を見る女性。

 ようやくか、と柾の方を見ると「秋葉の小さい頃か」とかブツブツ言っている。柾は秋葉とは中学から一緒らしいが、小さい頃の秋葉は知らないらしい。ちなみに付き合い始めたのは高校一年の春だとか。

 俺と友達になった時に秋葉とも付き合う。流石リア充、天はこいつに二物も与えたらしい。

 柾をジッと見た後にさっきから本当に何も言わない白宮を見る。


 「白宮?さっきからどうしたんだ?」

 「あ、いえ。ただ、こういうのは初めてなので少し緊張してるといいますか」

 「緊張?なんでだよ?」

 「分かりません」


 分からない、か。ただ、白宮の家柄上、小さな頃はきっと友達と遊んだりとかはしてこなかったのだろう。


 「そりゃあ分からないか」


 何せ俺ですら高校に入ってからようやく体験できたわけだ。それまで友達と遊んだことなんて無かった。だから、恐らく俺と同じ部分がいくつかあるのだろう。


 エレベーターに乗って三階まで上がり、異様に幅の広い廊下を少し歩くとやがて角の部屋に到着する。これまで見てきた部屋もなかなかに立派で流石高級旅館というところだ。

 しかし、それでもこの部屋の中比べればまだ序の口だった。


 中に入れば窓の外に見えるのは鮮やかな色をした海。

 そしてそれと同じように青く所々に真っ白な雲が浮かんでいる空。

 窓から外はテラスになっており、そこから海を一望できる。


 「こ、これ……こんなの、やばくないか?」


 主に値段が、という事なのだが、テンションの高い二人には景色や内装の話に聞こえたらしくそれぞれ自慢げに話している。

 秋葉は内装やら専用のお風呂。ベッドなどを。

 そして女将さんはこのテラスや展望について。そして夜になると見える満点の星空について話している。


 「おい、柾。これは、本当に、普通に泊まったらやばい部屋だぞ!?」

 「そうだったな。でも、まあ、女将さんも優しそうな人だし、大丈夫だよ」

 「ま、まぁ。それはそうだろうけど。白宮はどうだ?気に入ったか?」

 

 俺は白宮に部屋の事について聞くと、白宮はテラスから外の海を眺めている。

  

 「先輩、これ海ですよ!これ全部!」

 「ああ。まさかお前海に入ったことないのか?」

 「小さな頃、一度だけ行ったこと、というか少し見ただけです。なので、こうしてまじまじと海を見るのは初めてなんです。海って、こんなに青くて綺麗だったんですね!」

  

 箱入りにもほどがあるが、それでも俺はその楽しそうな顔を見て心の底から思う。

 

 (やっぱり、来て正解だったな)

 

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