39.あまりてなどか人の恋しき
電車は往く。
定刻通りに進む車両は、僕らを確実に目的地へと近づけている。
この数時間は長く感じられるだろうと昨日のことから想像していた。半ば帰りも新幹線にした方が良かったのではないかと今日の朝の時点で思っていた。
予想は外れた。時間は飛ぶように過ぎていった。今の僕は思う。新幹線などとんでもない。むしろずっと鈍行列車に乗っておきたかった。
しりとりにて始まった今日の旅は非常に楽しいものだった。オセロが出来なかった鬱憤を吐き出し、語尾をすべて「ぷ」で返すという凶行に及んだ僕。あるものないものいろいろ言って彼女を苦笑いさせた。よく「や」で「ヤングジェネレーションギャップ」が出てきたな。長いわ。
そこから未来様()のご厚意でオセロに興じさせていただいた。研究の成果を見せ...られず、結局負け越した。知ってたけど付け焼き刃はあかんね。でもそれだったらどうして未来はあんなに急激に強くなったのか。才能というやつに戦慄するばかりだ。
滋賀の米原で琵琶湖を臨みつつ軽食を取り、また20駅ほど電車に揺られつつここ数日の出来事を語り合った。寝顔の写真で驚かせようとしたら、向こうもこちらのことを撮っていて、こちらまで驚く羽目になる、なんてこともあった。考えることが同じで笑った。
そして今、遂に京都駅でJRを降り、ローカルの路線へと乗り換える。既視感のある景色が混ざってきて、戻ってきたんだなぁと思う。
家でごろごろしたいという欲求が徐々に出てくるが、それが霞む程にまだ別れたくないという願望が指数関数的に大きくなっていく。
しかし、ここでそんな感情を見せてはいけない。ここはまだ旅。最後まで未来を「楽しい」と思わせなければ。
「もう20分もしたら私達の駅に着くね」
「そうだな。...と、聞いてみたいことがあるんだけど」
「何〜?」
「このデートで、一番楽しかった出来事はなんでしたか?」
「んー、なんだろ? まず逆にたっくんの意見を聞いておこうかな」
質問を質問で返されてしまった。でも答えは決まっている。
「僕は、やっぱり2日目の夜だなー。展望台の夜の光が印象的だった。高い所の恐怖感も薄まった気がするし。何より、未来が連れて行ってくれたところだから」
「そんなに言ってくれたなら、連れ出した甲斐があったってものかな」
「うん、本当に良かった。じゃあ、未来の答えは?」
「んー、そうだね、いろいろあったからな〜」
暫し考えて、
「難しいけど、今かなー、って思う。この数日でいっぱい楽しいことを経験した。まず学生だけで旅とか初めてで新鮮だったし。やることなすこと全部楽しかったよ。でも、楽しいって感じるのは『今』だから。過去となんて比べられないかな。ほら、たっくんも言ってたじゃん、人間は主観的だって。私も、今の主観で『今が最高に楽しい』って感じてるんだよ」
「軽く聞いてみたら凄く秀逸な回答だった」
「思ったことを口に出してみただけなんだけどな〜」
それなら、とても、嬉しい。
しかし、なればこそ、離れたくない思いは一層募るばかりだ。
どんどん見知った景色になっていく。車で訪れたことのある道路がちらほらと見える。もうあと少しだ。
昼頃ということで、電車は利用する人が少なく、今乗っている車両に至っては、僕達しかいなくなった。まるで貸切にしたかのようだ。
「もう着いちゃうね」
「長旅、お疲れ様」
「そっちこそ。まだ、終わって欲しくないな〜」
若干寂しそうに言ってくれる。彼氏冥利に尽きる。
しかし、この空気か。これはどうしようか。いけそうな雰囲気はあるけど、迷う。経験ないし、手順分かんないし、めっちゃ億劫。だけど、こういう時こそ男の方がリードするべきだ、と内なる自分が呼びかけてくる。
あー、もうなるようになれー。
彼女とちゃんと目を合わせて言う。
「なあ未来さん。今更だけど僕達って付き合ってるよな?」
「うん、なんで今......ああ、そういうこと。いいよ」
「察しが良過ぎるな。だけど、ほんとに構わない?」
「いいじゃん。恋人でしょ?」
「一応、事前確認は必要だと思って」
「奥手だね」
「デリケートなとこだから細心の注意を払うよ」
「それもそうか」
言いつつも、隣に座っているというただでさえ短い距離を更に縮めていく。互いに触れそうな距離。目の目がこんなに近くにあるのは初めてだ。
前にある目が閉じる。あと10cm。
数秒。時が止まったように感じる。一点にのみ意識が注がれる。柔らかい。想像以上。
ふう。顔を離す。
「どうだった?」
「こんなものじゃない? 良かったよ」
ちょっと淡白じゃない? まあ、顔が火照ってるように見えるし強がってるだけかも。
「そう言ってもられて光栄です。人生で二番目くらいに緊張した」
「一番は?」
「やっぱ告白かな。あれが過去最高の心拍数だったと思う」
「凄いキョドってたもんね」
「誰でもああなるって、好きな人の前なら」
「そっか。私も大概だったと思うけど」
そう、だったのか? 全く気付かなかった。ずっと素のように見えたけどなー。
まあ、喜んで貰えたのだから目論見は達成されたってことでいいのかな。僕個人の我儘にならならったことにほっとする。
そうこうしているうちに、最も見慣れた駅へと到着する。
「帰ってきたね」
「落ち着くな」
「そうだね。じゃあ最後にいつもの」
「え、こんなに荷物あるのに?」
「家の前だけでいいから」
「意味ある?」
「あるよ。私にとっては」
「じゃあおっけー」
お互いに言わずとも鞄の持ってない方の手を繋ぎ合う。そこそこ以心伝心。これだけでも幸せなのに、さっきのことを考えると、それ以上を求めてしまう自分がいる。言えないけど。
未来の家の前に到着。
「じゃあ頼んだよ」
「頼まれた」
というわけで、いつもの。いつも通り軽い。数日ぶりだけど、まだ筋力は衰えていないようだ。
「いやー、ここが落ち着く」
「ここで落ち着くのか?」
「落ち着くんだなー、これが」
「こちらは筋肉が落ち着きません」
「変な日本語だね」
インターホンを押す。ピンポーン。
『はーい』
お姉さんの方か。何返そ。
「妹さんを配達に来ました」
「配達物です」
調子を合わせて言う。乗ってくれるのか。
玄関の扉が開く。
「まあ、なんて大きな荷物だこと」
お姉さん、貴女もか。ツッコミがいない。ボケの供給過多だ。しかし、ツッコミに回るのもなんだか負けた気分だし、このまま続けるか。
「ええ、ですがその割に繊細ですから慎重にお受け取り下さい」
「分かりました、大事に保管しておきますね」
「高温多湿は避けてね。辛いから」
茶番が終わらなさそう。収拾がつかなくなりそうなので、この自走式端麗ギフトを未姫お義姉さんに贈る。まあ、元の持ち主なんだけど。
「というわけで、突然長らく妹さんを借りさせて頂きまして」
「別にいいんだよ。未来も行きたそうだったし。その意思を無理に縛ることはないと思ってね」
「実際楽しかったしね」
「それなら何も問題なし。拓さん、ありがとう。これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
なんだか親御さんと喋ってる気分だ。
「それでは」
一歩下がる。まだ話したいことも山々だが、長々と家の前で喋ってるのもあれなので。
「あ、明日会える?」
嬉しいことを聞いてくれる彼女。残念ながら明日はゴールデンウィークに溜まった宿題を......知ったことかー! 彼女を差し置いて彼氏が務まるかー!
「良いよ。詳細はメールで話そう」
「やったー。ありがとう」
この笑顔のためならなんのその。
手を振って別れる。笑顔で。
「「また明日」」
元谷邸を後にして、しみじみと思う。
僕は、やっぱり未来のことが好きだ。
39話でこの章を終えたいと前々から思っていました。アンバランスですけど。
一番好きな百人一首39番の歌をサブタイトルに組み込むためと、後は、ヒロインが「未来(39)」のためです。上手くいって(?)ほっとしました。
あと、豆知識シリーズですが、一旦止めさせてください。ネタが底をついてしまっているので。
とりあえず今回はやります。
(41)カッコいい英文“It is no use crying over split milk”
直訳すると、こぼれたミルクを見て泣いても無駄ってこと。
英語版「覆水盆に返らず」ですね。
かっこいい(当社比)。是非使ってみて下さい。
ここまでありがとうございます。これからも頑張って参ります。良ければブックマーク、高評価の方、よろしくお願いします。




