ボロアパート11
あの人に出会ったのは、1年前の春だった。
大学進学を機に一人暮らしをする為、田舎から出てきたが都会ってのはこうも色々高いもんなんだな。
この汚ったないボロアパートに住む以外の選択肢はなかった。
…でも、そのおかげで人生が変わったんだ。
引っ越しも済み、たいした量もないが荷物の片付けをしていた時の事。
だいぶ日も傾き、カーテンのない部屋が赤く染まる。
「もうこんな時間か…。今日の晩ご飯どうするかなぁ。」
実家にいた頃は母さんが部屋まで呼びに来てたっけ。
自由を謳歌するつもりで一人暮らしを楽しみにしていたが、生活の全てを自分で担うというのはこんなにもしんどいんだな。
自分が今までどれだけ甘えていたか身にしみてわかる。
ま、今も仕送りを貰ってる立場で言える事じゃないが。
…っと、こんな風に物思いに耽っている場合じゃない。
何にも食べる物がないんだった。
「近くにスーパーかコンビニあったっけ?」
ブツブツ独り言を言いながら、玄関を出た所でお隣さんとバッタリ出くわす。
ヤベッ!まだ引っ越しの挨拶してなかった!
何か持って行こうと思ってたけど、すっかり忘れてた。
「こんにちは。あ。もうこんばんは…ですかね?」
ニッコリ微笑んで挨拶してくれたその人から僕は目が離せなかった。
「あ、あの〜?大丈夫ですか?」
ハッと気づき慌てて挨拶をする。すっかり見惚れてしまっていた…。
「…え?あっ!すいません!初めまして!隣に越してきた者です。」
「初めまして。お若いですね。学生さん?」
「は、はいっ!大学1年です!」
「そう。よろしくお願いしますね。」
優しく微笑むその人は、何故だか少し寂しそうで頼りなげな感じがしていた。
「お買い物ですか?ここ、壁もドアも薄いから聞こえちゃって。」ふふっと笑いながら彼女が言う。
「そ、そうなんです!今日、越してきたばかりで何も家になくて。」
「スーパーなら、この先の大通りを左に行くとすぐですよ。」
「ありがとうございます!行ってみます!」
「それじゃあ、お気をつけて。失礼します。」
「は、はいっ!失礼しますっ!」
そう言い、彼女は部屋へ入っていった。
なんだろう…ドキドキが。
僕よりちょっと年上の人みたいだけど綺麗な人だったな。
つーか、もう少しマシな挨拶出来ただろ…。
頭を掻きながら大通りに向かって歩く。
しかし、思わぬ出逢いに不安な気持ちは何処かへ飛んでしまったみたいだ。
軽い足取りでスーパーへと向かっていた。