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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第五章
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魔術師の一族

「ベロニカ! 早く治してっ!!」

「ええ、分かったわ!!」


 一刻の猶予も争えないことが、目に見えて分かった。すかさずベロニカが聖魔法をかける。


 すると、すぐに二人は意識を取り戻し、わたしたちはほっと胸を撫で下ろした。けれど、安心してはいられない。


「そうだ! ルベ、魔族の男たちは?」


 人命救助に夢中で、肝心の犯人確保を忘れていたわたしはルベに尋ねた。ルベに限って、みすみす取り逃すことはないとは思ったけれど。


 でも、帰ってきた答えは予想外の言葉で。


「死んだ」


 ルベはたった一言そう告げた。その言葉に感情は一切ない。


 不思議なフォルムの犬ーーケルベロスが、止める間も無く、魔族の男たちの息の根を止めていたという。


 そして今、ケルベロスはじっとわたしたちの方を見ている。


 胴体は一つなのに頭が三つ。前世では地獄の番犬と呼ばれていた不思議なフォルムのあのワンちゃんだ。


 ルベもミケも、微動だにせずケルベロスを見ていた。ワンちゃんと猫ちゃんの戦いが始まってしまうのか!?


「どうする? 殺るか?」


 ワンニャン戦争の火蓋が切られる前にルベが尋ねてくれた。殺るか殺られるか……いや、ルベならきっと、殺られるという選択肢はないのだろう。


「待ってください!!」


 わたしが答える前に声をあげたのは、先程ベロニカが助けた男性だった。


「ケルベロス様は私たちの召喚獣様です。どうか、戦う意思を見せないでください」

「あのワンちゃんが召喚獣?」

「はい、私たちの一族を守ってくれる召喚獣様です」


 魔術の中に召喚術というものがあって、召喚術を使うと、違う世界にいる存在を呼び出すことができるのだという。


 おそらくミケを含めた魔族たちも、召喚術で呼ばれたのだろう。


「ただ、今回は召喚獣様を眠らされてしまって」

「眠らされた?」

「召喚獣様は、心地良い音楽を聴いてしまうと眠ってしまわれるんです」

「心地良い音楽……」


 瞬間、わたしは一気に青褪めた。だって、


「それって、もしかして、わたしの美しい歌声のせい!?」


 スーフェリサイタルを開催したばっかりに、今回の惨劇が繰り広げられてしまったのか、と思ってしまったから。


 案の定、みんなの視線がわたしに突き刺さる。


 何やってくれたんだ、という視線ではない。そんなわけないだろ、という視線だ。失礼な。


「もしかして、心地良い音楽で眠らされていたけれど、耳を塞ぎたくなるような騒音が聞こえてきたことで、あのワンちゃんが目を覚ましたのかしら?」

「ちょっとベロニカ、耳を塞ぎたくなるような騒音って、どういうこと?」


 ベロニカの推測にわたしは納得がいかない。


「はい。どうしてか、私たちを襲った奴らは召喚獣様の弱点を知っていたらしく、なす術もなくやられてしまいました。私たちも意識を失いかけていたのですが、この世のものとは思えない騒音がどこからともなく聞こえてきて、まるで拷問のようで……」

「ちょっと、あなたまで!!」


 要するに、わたしたちが神殿に入ろうとした時に、神殿の中から聞こえてきたあの音楽が召喚獣様を眠らせていた。


 その音楽をバックミュージックに開催されたスーフェリサイタルのわたしの歌声--騒音が風に乗って聞こえてきたことで、召喚獣様が目を覚ましたらしい。


「あら、スーフェの歌声ってすごいわね。まるで気付け薬みたい」

「本当ね。三途の川を渡ろうとしていた者をも甦らせるなんて」

「褒められてるの? 貶されてる気しかしないんだけど」

「奇跡の歌声、だな」


 ふっ、とバカにしたようにルベが言う。


「じゃあ、もう一曲歌ってあげようか?」


 アンコールにお答えして、エアーマイクを握りしめようとしたのに、全力で止められた。


 それから、みんなで丁重にご遺体を埋めて弔った。たくさんの方が亡くなったのを目の当たりにし、涙が出そうになるのを必死で堪えて。


 そして、ここはやはり魔術師の隠れ里なのだという。


 ロバーツ王国やチェスター王国のように、魔術を禁忌とする国が増え、行き場を失った魔術師の一族は、この魔の樹海の中で、目眩しの結界を張りながら、ひっそりと暮らしていたらしい。


 一族の者以外、この場所を知る者はほとんどいないという。お祖父様のように例外もいるみたいだけれど。


 だからこそ、魔術師の隠れ里を襲った犯人は、三人の他にも黒幕がいる。もちろんその黒幕は……


 そう思った時、ちらりと見たルベの表情が悲しそうだったから、きっとそうなんだろうなと思い、無性にやるせない気持ちでいっぱいだった。


「何か、お清めになるものってあったかな? やっぱり塩とお酒?」


 わたしはアイテム袋の中から、塩とお酒を取り出した。塩もお酒も料理に使えるだろうとアイテム袋の中に入れておいたもの。


「あら、スーフェ、あたしにもちょうだい」

「ん? いいよ」


 はい、とわたしはベロニカに塩とお酒を手渡そうと差し出した。どうしてか、お酒の方だけを受け取るベロニカにわたしは首を傾げる。


(この世界ではお清めに塩は使わないのかな?)


 そう思った次の瞬間、ベロニカは驚きの行動に出た。


「ちょうど喉が渇いていたのよね」

「えっ?」


 ベロニカが、突然ぐびぐびぐびと、止める間も無くお酒を飲み始めた。もちろんわたしは大慌て。


「ベロニカ! お酒は20歳になってから!!」


 それは前世の法律で。この世界にはそんな法律はないけれど。


 サーッと血の気が引いたわたしは、急性アルコール中毒も視野に入れる。


 だって、お酒の一気飲みは本当にやってはいけないとても危険なことだから。絶対に良い子も悪い子も真似してはいけないことだから。


 それなのに、お酒を一気飲みしたはずのベロニカは、けろりとしている。


「どうしたの? このお水、とっても美味しかったわ! スーフェ特製の美味しいお水?」


 さらには「新商品?」と可愛く首を傾げるベロニカに、もはや何も言えない。


 水じゃない。けれど、お酒と水を間違えて、アイテム袋から出してしまったのかもしれないと思ってしまう。 


「ルベ、これお酒だよね?」


 無言で頷くルベ。それもそのはず、空き瓶からは酒臭が漂う。においを嗅いだだけで、くらりと目眩がしそうなほどの強い酒臭が……


「もうっ、お清めのためのお酒だったのに!! この際、ベロニカの身体を清めたんだから、ベロニカが聖女様の祈りを捧げてよね!!」


ということで、聖女ベロニカが弔いの祈りを捧げてくれた。


 ベロニカが祈り始めると、あたり一面に金色の光が広がって、きらきらと幻想的に輝いて、とても綺麗で、聖女様の力はやっぱり偉大だと思った。


「ふう、終わったわ。いつも以上に力を発揮できた気がするわ。美味しいお水のおかげかしら? スーフェ、ご褒美にもう一杯ちょうだい!」

「だめ! ミルクにしなさい!!」


 ベロニカにはきっと、どのような毒も効かないのかもしれない。






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