新たな仲間と共に
「こ、こ、こ、婚約!?」
ブルーの突然の申し出に、ケールが目を丸くして驚く。そりゃそうだ。
(ブルーったら、ロマンチックのかけらもないんだから!!)
……と思いつつも、もちろんわたしはこの絶好の機会を逃しはしない。
「まあ! 婚約ですって!! もしかして、ケールって女の子だったの?」
「あら、おめでとう。とってもお似合いね」
ケールが女の子だって今気付きましたよ、と猛アピール。これでもう後ろめたいことなどない。
「ブルーはよくケールが女の子だって気付いたね?」
「そ、そりゃあ……」
ブルーの顔は真っ赤に染まる。追い討ちをかけるのはもちろんベロニカだ。
「柔らかったものね」
ふふっと笑うベロニカは悪魔だと思う。
未だに何も答えないケールに、さすがに少しだけ不安になってしまう。
「ケールの返事はどうなの? もしかして王族に嫁ぐのが嫌だったりする?」
わたしは嫌だ。絶対に王族になんて嫁ぎたくない。
ケールはブルーをじっと見つめる。心なしか、その頬は赤い。
「正直言って、王族に嫁ぐこと自体には興味がありません」
「!?」
その言葉に驚いているのはブルーだ。まさかのごめんなさいなのか……
「けれど、ブルースとはもっとお話ししてみたいし、一緒にいて嫌じゃなかったし、それに……」
「それに?」
ケールはもう一度、ブルーの顔を見つめる。
「……顔が好きです」
まさかの面食いだった。
「確かに、顔って重要よね」
「じゃあ、ケール的にはブルーとの婚約ってありありのありなの?」
「はい。ありありのありありです」
こくりと頷くケールの頬はうっすらと赤く染まって、まるで恋する乙女のようだ。
顔が好きと言いつつも、昨夜に何かがあったのだと思いたい。
「良かったね、ブルー!」
「おめでとう、ブルちゃん!」
「ありがとう、でいいのか?」
なんだか納得がいかなさそうなブルーに、わたしは問う。責任を取るのも重要だけれど、ブルーの気持ちもやっぱり重要だと思うから。
「ブルーは嫌なの?」
「はっきり言って、嫌じゃない。でも……」
少し口籠もるブルーに、ケールがはっきりと告げる。
「昨日仰られていたことなら心配しないでください。私は騎士の家で育ってきました。私があなたを死なせません」
突然ケールが男前なことを言い出した。もう男の子のふりをしなくてもいい場面なのに。
そんなケールに、ブルーは照れ隠しするように笑う。
「それは心強いな。それに、光魔法の使い手をみすみす他国に渡したくもないしな。……でも、もう一つ覚悟をして欲しいことがある」
光魔法の使い手は、やはり重要らしい。そして、もう一つと言うブルーの言葉に、わたしは心底落胆することになる。だって、
「側室を迎えるかもしれないことは、覚悟して欲しい」
「まさかの浮気宣言!? えっ、絶対に許せない!!」
前世日本人のわたしにとって、一夫多妻制はあり得ない。王族だから仕方がないと思っても、やっぱり納得がいかない。
しかも、婚約を申し込みしたその時に言うなんて、一気にわたしの持っていたブルーの株が暴落した。
じとりとした軽蔑の眼差しをブルーに向ける。それなのに、ケールは違う。
「はい、もちろんです」
「え、浮気してもいいの!?」
「浮気というか、王族の血を残すためには必要なことですし。でも、可能な限りは控えてくれると嬉しいですけどね」
「……まあ、ケールが納得してるなら、わたしは何も言うことはないよ」
そこに関しては当人同士の問題で、わたしが口を挟むべきではない。
「むしろ、私が正妃でいいんですか?」
ケールがブルーに問う。むしろ正妃以外だったらわたしはこの婚約をぶち壊してやる。
「もちろんだ。きっと母上もケールのことを気に入ってくれると思う」
ブルーは強く頷いてくれた。そこでわたしは思い出す。
「ブルーのお母様ってことは王妃様? ……って、シルビアちゃん!」
今しかないと、ブルーに手紙を渡す。半ば強引に。
「この手紙を必ずシルビアちゃんに渡しておいて」
これで晴れてわたしは自由の身だ。どんなことが書いてあるかは知らないけれど、きっと聞かない方がわたしのためだと思う。
「なんか、俺らのことをすっかり忘れられてる気がするんですけど、魔王様も大変なんですね」
「ばか、お前っ、忘れられてるくらいの方がいいんだよ」
ミケがぽつりと呟くと、すかさずルベが嗜める。けれど、もう遅い。
「あら? ミケちゃんはかまって欲しいの?」
ミケの言葉に、笑顔のベロニカが猫可愛がり始めてしまう。もちろんミケは逃げられない。しかも、今度はケールまでミケを可愛がるものだから、
「ま、魔王様、助けてください!! こっちの女の魔力も酷いです! 魔界に帰りますから、許してください!!」
ミケの悲痛な叫び声だけが、屋敷中に響き渡った。
それから、わたしたちはチェスター王国の王都に向けて出発した。
わたしたちが王都の街を観光している間に、あれよあれよと、ブルーとケールの婚約の話は進んでいった。
それもそのはず、もともとケールはブルーの婚約者候補の一人だったのだから。
そして、
「ケールの家出も婚約の手続きも無事に終わったことだし、わたしたちもそろそろ次の冒険の旅に出ようか! 次はどうする?」
「ミケちゃんのために魔術師の方を見つけるのはどうかしら?」
「よし! じゃあ、魔術師探しの旅に出よう!!」
「魔術師と言えば一番の有力候補は、魔の樹海ですよ。行ってみましょう」
「さすがケール! って、どうしてケールまで冒険の旅に出ようとしているの!?」
どうしてか、ケールが冒険服に身を包み、今まさに旅に出ようとしているではないか。
「私も冒険の旅に連れて行ってください!」
「えぇっ!? でも王妃様になるための教育とかって必要でしょ? 忙しいんじゃないの? それに冒険の旅は危険だし」
けれど、ケールの決意は固いらしい。
「私ももっとたくさんのこと、世の中のことを知っておきたいんです。それに、もっとみんなと一緒にいたいんです。もちろんブルース様も許してくれました」
王族に嫁ぐとなると、これからたくさんのことに縛られてしまう。だから、思い残すことのないように、高等部に入るまではやりたいことをやるべきだと背中を押してくれたらしい。
婚約者としての教育は、高等部に入ってからでも遅くはないからと。
(ブルーも、なかなか良いことを言ってくれるんだね)
少しだけブルーを見直した。けれど、わたしはあの浮気宣言を決して忘れやしない。
(もしも将来わたしに子供ができたとしても、絶対に王族には嫁がせないようにしよう!!)
そんなわたしは、真剣に頼み込むケールに確認をする。
「今度は家出じゃないんだね? ご家族にも言ってきたよね?」
「はい! だから、お願いします!!」
もちろんわたしの答えは決まっている。
「もちろんいいよ! 楽しそうだし!!」
「あたしもケールともっと仲良くなりたいわ」
「……」
ルベは特に何も答えない。けれど、答えないと言うことは、嫌ではないと言うことだ。
「でも、ただ一つ条件があるよ」
「えっ?」
「敬語はなし! これは絶対! 今後ケールが王族に嫁いだとしても、わたしは敬語を使わないからね!」
「ふふ、スーフェったら、素直にもっと仲良くなりたいから、って言いなさいよ」
「ま、そうとも言うよね」
「ありがとう、これからよろしくね」
こうして、わたしたちの冒険の旅は新メンバーを加えて、次の目的地へと目指した。