突然の来訪者
「おはよう!!」
朝早く、わたしとベロニカは、元気よくケールの部屋に突入した。瞬間、わたしの目に飛び込んできたその状況に、度肝を抜かれた。
「!?」
ベッドの上で、ケールがブルーを押し倒している状況だったから。
「ええっ!! 朝からそんな、ふしだらな!!」
「まあ、朝から元気ね」
ブルーがケールを押し倒す可能性はなくはないとは思っていたけれど、ケールがブルーを押し倒す可能性は、全く考えていなかったから。
「えっ、スーフェ? ベロニカ? ……あっ、ご、ごめんなさいっ!!」
ケールはベッドの上から飛び起きた。どうしてか、ブルーの顔が真っ赤に染まっている。あわあわと、何も言葉にできないでいる。
その様子を見たベロニカは、ぴーんときたらしい。
「ふふ、ブルちゃんったら、エッチなんだから! とっても柔らかかったでしょ?」
ケールのお胸、とブルーに耳打ちをする。瞬間、さらにブルーの顔が沸騰していた。
覆い被さっている時に、ちょうど顔の位置にケールのお胸が当たったらしい。
「もうっ、ルベは!? 清い交際で止めてって言ったよね!? ……って、誰? ていうか、ベロニカ!! やばい!! 見て!!」
「どうしたの? まあ!!」
わたしとベロニカがルベに視線を移すと、何故か人型バージョンのルベで、その隣にはとっても素敵なお客様が視界に入った。
「猫耳ついてる!! えっ、しかも、めちゃくちゃ可愛い!!」
3歳くらいの男の子で、猫耳がついていて、可愛い尻尾まである。お顔もとても愛らしい。
可愛いの権化が目の前に現れた。
「とっても可愛い子ね。お姉さんが猫可愛がってあげるわ!!」
おいでおいで、とベロニカが手招きをする。
「ベロニカ、さすがに猫ちゃんじゃないんだから……!?」
「ミケ、あれはだめだ。逃げろ!!」
どうしてか、ルベがミケと呼ぶとっても可愛い男の子の味方をし始めた。
「にゃっ!! なんだこれ、引き寄せられる……」
あれよあれよという間に、見事にミケはベロニカに捕まった。
「猫可愛がりのスキルが通用するってことは、もしや猫族!?」
わたしの言葉にルベが頷く。
「ルベのお友達なの?」
「魔界にいた時の知り合いだ。お前たちは猫相手となると見境ないな」
ルベがミケに向かって哀れみの視線を向けている。
わたしはわたしで、やっぱり魔界は“にゃ界”で、もふもふ天国なのだろうと確信した。
「魔王様、助けてください。抗えません!! しかもこの女、やばい魔力が流れてきます!!」
「ふふ、嫌がる姿も可愛いわ」
ベロニカが一番見境ないと思う。ミケをぎゅっと抱きしめて撫で回している。
ベロニカの聖属性の魔力は、やっぱり魔族には厳しいらしい。
「ミケ、お前は一体何しにきた? 素直に言えば助けてやる」
「魔王様に会いにきただけです。それに、魔王様が人間の女に絆されていると聞いたので、どんなやつか見にきたんです。確かに強敵です!!」
「そいつはまだまだ序の口だぞ」
「そんにゃあ……」
ミケの気力も体力も限界のようだ。あまりに可哀想なので、正直言って羨ましすぎるので、思わず助け舟を出してしまう。
「ベロニカ、そろそろ離してあげなよ」
「はーい」
そして、改めてミケに自己紹介をしてもらった。
「魔王様親衛隊、第二番隊隊長のミケだ」
「……親衛隊?」
えっへん、と誇らしそうに自己紹介するミケだけど、思わずルベを見てしまう。ルベは心底嫌そうにため息をついていた。
「親衛隊は解散だ。ミケは魔界に帰れ」
「無理です。帰り方がわかりません!!」
「じゃあ、どうやってきたんだ?」
「シアンに魔術で呼ばれました。魔王様のお近くに行けるのならと、喜んで応じてしまいました!」
「シアン自身が魔術を? まさか、魔術師の身体に……?」
ルベの言葉にミケは頷く。
「シアンのやつ、呼ぶだけ呼んで、魔界に帰す気はないみたいですよ。それに」
「それに?」
「魔王様と違って、仲間も殺しまくってるから、すでに人望なんてゼロです。残ってる魔族なんて微々たるもんですよ。しかもバカばっかり。頭のいい奴は、シアンと決別して人間界に馴染もうと頑張ってるか、それぞれ魔界に帰れる方法を探していますから」
特に、王都で鍛冶屋に弟子入りしたヤツは楽しくて仕方がないみたいですよ、と笑っている。
「魔界に帰る方法か、そればっかりは魔術師を探すしかないからな。ミケはどうするんだ?」
「俺ですか? 魔王様と一緒に魔界に帰りたいです」
「いや、お前だけ帰れ」
「嫌です!! 俺は魔王様とずっと一緒にいます! しかも、魔王様は今、猫になれるんですよね? 俺とお揃いですね!」
「……お前は絶対に帰れ」
その瞬間、どうして人型バージョンのルベなのかを察した。
「どうしてですか! 魔王様を追って人間界に来たんだから責任取ってくださいよ!!」
「お前が勝手に来たんだろ?」
「魔界にいる時だって、俺の肉球をぷにぷにしたじゃないですか!! 柔らかくて気持ちいいって!!」
「柔らかい……」
背後からぽつりと声が漏れ聞こえた。きっと気のせいだろう。
「ルベ、そんなことしてたの? 自分だけずるい!!」
「俺じゃないっ!!」
魔王様親衛隊第一番隊隊長が猫ちゃん好きらしく、ミケの肉球をぷにぷにしていたらしい。絶対に第一番隊隊長とは気が合いそうな気がした。
「親衛隊の不祥事は、魔王様の責任です! 男なら責任を取るべきです!!」
「男なら、責任を取るべき……」
どうしてか、ルベからではなくやっぱり背後から聞こえてくる。ブルーの声だ。今も俯いて、ぶつぶつ言っている。
「俺は乙女ではないですけれど、乙女心を弄んだ罪は重いです! 柔らかいって気持ちの良い思いをさせてあげたんですから、責任を果たすべきです」
「柔らかい、気持ちの良い、責任……」
ベッドの上で放心状態だったはずのブルーはガバッと立ち上がり、ケールの前に向かい合わせに立った。
(ブルー、まさか、今!?)
わたしの予感はもちろん当たった。
「ケール、俺と婚約をしよう」