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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第四章
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一夜を共に

(どうしよう、初めから男の子のふりなんてしなければ良かったわ。まさか、こんなことになるなんて……)


 スーフェとベロニカが部屋を出て行ってしまい、この部屋には私と王子殿下とルベちゃんだけが残された。


 未婚の男女が同じ部屋で過ごすなんて、そんなこと普通ではあり得ない。けれど、今さら王子殿下に「私は女です」とも言えない雰囲気で。


(本当に、どうしたらいいの?)


 ちらりと王子殿下を見ると、噂に違わず美形なお方で、私の胸の鼓動は早くなる。


「ケール」

「は、はいっ!!」


 突然自分の名前を呼ばれ、無駄に焦る。


「そんなに驚いてどうした?」


 ククっと笑うその笑顔は、式典などで見かける王子殿下の姿ではなく、年相応の少年の屈託のない笑顔。


 だから、少しでも王子殿下の悩みの種を取り除く力になれている気がして、嬉しく思ってしまう。


「ケールも婚約が嫌で家出したって、本当なのか?」

「……まだ婚約者ではありませんが、隣国の方から婚約の申し込みがあったんです。私の光魔法が目当てだったみたいで……」

「光魔法? ケールは光魔法の使い手なのか? そんな貴重な存在を、どうして今まで公にしなかったんだ?」


 それはコラット侯爵家が脳き……魔法よりも剣技重視の家だから。魔法のことなんて、うちの家族は見向きもしない。


「光魔法が使えるようになったのはごく最近のことで、力も不安定で、もう少し様子を見ようとしていたんです。婚約の申し込みはありましたが、光魔法を求められている以上、こんな不安定な状態では、相手の方を騙しているようで。それに、相手の方は隣国の公爵家の方だから、国交にまで影響が出てしまったら、と思うと怖くなってしまったんです」


 改めて考えると、隣国の方がよく私が光魔法の使い手だと分かったのかを不思議に思う。


「……ケールは真面目だな。この国のことまで考えてくれていて、俺とは大違いだ」

「いいえ、自分が臆病なだけです」

「臆病であることは決して悪いことではないと思うぞ? それだけ深く考えて、最善を尽くそうとしているからこそ、本当にこれでいいのかと、人は臆病になるのだから」


 騎士の家に生まれた私は、どんなに頑張っても女というだけで両親の期待に応えられないことは分かっていた。


 だから、家にとって良い条件の人と結婚することだけが、女の私にできることだと思っていた。でも、逃げた。初めて逃げ出した。


 けれど、こんな私を肯定してくれる人たちがいる。それだけで救われた気がした。


「それにしても、ロバーツ王国では女性からアプローチしてくるのか? まあ、スーフェとベロニカがまさにそんな感じだしな」


 やはり私が女であることに気付いてはくれない。ここまで勘違いされていると、なおさら「私は女です」とも言えない。


「ブルース様は……」

「呼び捨てでいい」

「で、でも……はい。ブルースはどうして?」


 王子殿下なのだから、沢山の婚約者候補がいることくらい、私だって知っている。それに私もその中の一人だった。


 けれど、誰一人として見向きもされないと聞いたことがあった。誰か本命がいるのではないか、との噂も。


「……家督継承の争い」

「えっ?」

「理由あって、俺は常に命を狙われる立場にいる。それに巻き込みたくないから」


 うまく家督継承の争いと言葉を濁したけれど、王位継承権の争いのことだとすぐに分かった。


 チェスター王国の王族は、王族の血を受け継ぐ者を多く残すために、正妃の他にも側室が迎えられる。


 ブルース王子殿下だけが正妃の子、他に側室の子がいて、はっきり言うと、ブルース王子殿下が亡くなることで、喜ぶ者も少なからず存在するということ。


「もしも俺が死んでしまったら、と考えると、婚約相手に申し訳なくて、だったら、家督を確実に継いでからでも遅くはないと思ってしまってな」


 だから、婚約者を決めることも、釣書を見るのも躊躇われたと、自嘲気味に話してくれた。


(相手の方のことをとても大切に思ってくれそうで、羨ましいな)


 ふと、王子殿下の婚約者になる方は幸せになれるのだろうな、と思ってしまった。だって、婚約する前からしっかりと相手のことを考えてくれているのだから。


「魔境の森の異変の話を聞き、この目で確かめたいと我儘を言って視察に来たのを機に、無性に全てのことから逃げたくなって隙を突いて逃げたら、見事に子供攫いに捕まってしまったんだ。間抜けだろ?」

「全く間抜けじゃないです!!」


 私は思わず大きな声で叫んでしまった。


「だって、誰だって逃げ出したくなることはあるはずです。命が危険に晒されているのならなおさらです。……ブルースは、今までよく頑張ってきましたね」


 思わず私は王子殿下の頭を撫でてしまった。よく弟にしてあげるように。きっと、私自身がして欲しかったこと。


「ありがとう……」


 王子殿下は俯いて、啜り泣くような音が聞こえてしまったものだから、私は慌てて顔を背けた。


 音が聞こえなくなって、王子殿下に目を向けると、疲れてしまったのか眠ってしまっていた。


「寝ちゃった? ……どうしよう?」


 私が戸惑っていると、ふわりと王子殿下の身体が宙に浮く。ルベちゃんが風魔法でベッドまで運んでくれた。


 ベッドで眠る王子殿下の表情は、とても幸せそうに見えて、私の心まで擽ったい。


「ルベちゃん、ありがとう。私もそろそろ寝ようかな。おやすみなさい」


 一緒に寝ることを頑なに拒んだルベちゃんは窓際にいる。尻尾をふりふりとしているのを見て、私も眠りについた。


(男の人と同じ部屋で寝るなんて、なんか悪いことをしている気分だわ……)


 ドキドキはするけれど、幸せそうな王子殿下の寝顔を思い出し、どうしてか、胸がほんわかと温かくなった。




 そして翌朝、私は起きてカーテンを開けた。何となく、スーフェとベロニカに奇襲をかけられる気がしたから。


「ああ、朝か。おはよう」

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「おかげさまで」

「良かったです」


 そして、窓を開けた。とても天気が良くて、部屋の中に気持ちの良い風が入ってくる。


 窓を開けたまま、私はベッドの方へ向かい歩いて行くと、まだ眠そうな王子殿下の姿が視界に入った。


(しっかりしているとのお噂しか知らなかったから、新鮮な気がする……)


 王子殿下ではなく、ブルースとしての姿を見て、思わずくすりと笑ってしまう。瞬間、背後に気配を感じた。


「見つけた!!」

「!?」


 突然、窓から何かが飛び込んできた。一瞬にして、それが“人”であることがわかった。ここは2階で、窓まで伝え登れるような木もないのに。


(敵!? まさか王子暗殺!?)


 気付いた時には、ベッドの上にいる王子殿下の上に覆い被さるように、私は彼のことを守っていた。


 騎士の家に生まれた者の本能だと思う。それは男でも女でも関係ない。


(王子殿下だけは守らなくてはっ!!)


 けれど、身体は正直で、得体の知れない恐怖が襲い、震えてしまう。


 それなのに、


「ミケ、お前、何しにきた?」


 ルベちゃんが不機嫌そうに呟いた。






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