愛を育む交換日記
「いや〜、明日の朝の反応が楽しみだね」
「ふふ、ケールが女の子だっていつ気付くかしら?」
わたしとベロニカは、ケールの隣の部屋で就寝準備を開始する。
ケールとブルーに関しては、なんとなくお似合いだと思っている。
余計なお世話かもしれないけれど、あの怪しいゲルガー公爵家に嫁がされるよりも、王家に嫁いだ方がケールのためだ。
それにケールの両親も、王族との婚約がうまくいけば、納得してくれるだろうから。
(本人たちの意向を完全無視で申し訳ないけれど、貴族の結婚って、きっとそんなものなんだよね)
わたしにとっては他人事。けれど、今夜中に少しでも愛が芽生えてくれたら素敵だな、と思ってしまう。
「普通の貴族の感覚だったら、一夜を同じ部屋で過ごせば責任を取らなきゃって思うだろうし、あとは二人が嫌悪感を抱かなければうまくいくと思うんだよね」
「責任? 一緒の部屋で過ごしただけで? そういうものなの?」
「うん、そうらしいよ。ベロニカもただのお泊まり会だと思うよね?」
「ええ、村の子供たちは教会でよく怪談話をしていたわ。でも大体みんな泣いて家に帰っちゃうのよね」
「夜の廃墟の教会で怪談話って、そりゃ怖いでしょ」
「廃墟だなんて、全く思ってなかったもの」
廃墟だと思っていなかったのは、ベロニカだけだと思う。
前世の感覚が色濃く残るわたしにとっては、同じ部屋で寝たとしてもただのお泊まり会だと思ってしまう。平民のベロニカもそういう感覚らしい。
貴族って面倒くさいね、とわたしとベロニカは思ってしまう。そして、ふと思う。
「あ、そうだ! 交換日記を書こう!!」
「もしかして、カルセドニーさんとの交換日記?」
「うん! 離れていてもお互いのことを知ることができるからおすすめだよ」
アイテム袋から交換日記を取り出して、ペラペラとめくる。この瞬間がわくわくしてとても好きだ。
交換日記を書いている時は、きっとカルはわたしのことをたくさん考えてくれていると思えるから。
「あ、もうすでに今日のカルの日記が書いてある。ふふ、魔物たちが増えたよ、だって。きっと精霊さんたちから連絡がいったんだね」
ゲルガー公爵領のあの森で、逃げ延びた魔物たちが精霊さんに拾われる。そしてカルに連絡がいく。
今ではオルティス侯爵家の本邸の一角は、魔物たちの楽園になっているみたい。
「ライアン王子とは中等部で同じクラスみたいだよ」
ふふっと笑っていると、ベロニカが羨ましそうに呟いた。
「交換日記っていいわね。あたしもライアン様と交換日記をしてみたいな」
「やればいいじゃない! カルにライアン王子に渡してもらうように頼んであげるよ!」
ノートもあるし、と提案するけれど、ベロニカは首を左右に振る。
「あたし、文字はなんとか読めるけれど、書けないの」
とても残念そうに呟いた。
貴族は幼い頃から家庭教師がついて勉強をするけれど、平民は違う。識字率もとても低い。読めるだけでもすごいことだ。
「それならさ、わたしで良かったら教えようか?」
「えっ? スーフェが教えてくれるの?」
「うん! わたし、自分で言うのもなんだけど、教え方はとても上手いと思うよ。ちなみに生徒第一号はルベだよ!」
優秀な黒猫ちゃんのルベは、すでに日本語マスターだ。漢字もすらすらと読める。
「それに、高等部に入学するためにも、ひと通りの勉強をしておいた方がいいよ! 昼間は冒険の旅、夜は勉強。今からやれば、みんなに追いつけるよ」
「でも、迷惑じゃないの?」
「全然迷惑じゃないよ! むしろベロニカに教えることでわたしの勉強にもなるんだよ」
人に教えるためには、まずは自分が理解できていないといけない。そして、上手に説明もしなければならない。
人に教えられてこそ、真にその勉強を理解したと言える。
「それに、せっかくライアン王子の婚約者になれるのだから、お互いのことをよく知った方がいいよ! ベロニカの近況を知ることができたらライアン王子もきっと喜ぶと思うしね」
「嬉しいっ! スーフェ、ありがとう!!」
「どういたしまして」
こんな些細なことなのに、ベロニカがとても喜んでくれてわたしは嬉しい。
ふと考えると、平民からいきなり高等部に入学した乙女ゲームのベロニカは、勉強について行くのも絶対に大変だったと思う。
(きっと、乙女ゲームのスフェーンに、馬鹿にされていたんだろうな……)
ちなみに中等部で勉強する分の教科書は、すでにアイテム袋の中に入っているし、カルが授業で習ったことは、ノートにまとめてくれることになっている。
学園に行かなくても、基礎学力は絶対に必要だと思うから。何事も勉強しておいて損はないと思う。
「それにしてもカルはすごいなあ」
「どうしたの?」
「チェスター王国の王子殿下が格好良くても、絶対に好きになっちゃだめだよ、て書かれているの。ブルーに会うことを予知していたのかな?」
交換日記に、昼間のわたしに起きた出来事が書かれていたことに、わたしは驚きを隠せない。
「あら、スーフェの行動が全て筒抜けなんじゃないの?」
「まっさか〜、筒抜けってどうやって知るの? ふふ、きっと愛の力だよ。それに、もしも筒抜けだとしても、カルに対して後ろめたいことなんて何もないから、全く問題はないしね!」
ふふっと笑ったわたしは気付いていない。
優秀な諜報員が24時間わたしを監視しているということに。