お見合い大作戦
「ルベ、一体どうしたの!?」
わたしがルベの方に目をやった時には、すでに魔族の男たちの姿は跡形もなかった。
「……あいつらが持っていた魔石にシアンの能力が込められていたみたいだ。切り捨てられたんだな」
どんなものでも焼き尽くす蒼き火焔、それがシアンの魔法だ、と小さく呟いて、ルベはとても悲しそうな顔をした。
「ルベ……」
「ほら、騒いでいたから騎士らが来たぞ。本当にあの計画を実行するのか?」
「えっ、あ、うん」
わたしが頷くと、ルベは一瞬にして猫ちゃんの姿に戻った。
それから、王子殿下が騎士の方たちにうまく説明をしてくれた。
今回王子殿下がいなくなったことは、運良く国境門の人たちと、一緒に来た護衛の騎士しか知らない。みんなの幸せのために何も無かったことにするのが一番だ。
村の人たちに広まった噂は、王子殿下を探すふりをして、本当は子供攫いの犯人を探していたってことにすればいい。
無理があるけれど、押し切るしかない。
落とし穴にナイスインしている子供たちのことも、事情を説明して保護してもらえることになった。
そして現在、わたしたちは王子殿下を連れ、コラット侯爵家の別邸に戻ってきた。
「スーフェ、ベロニカ、ルベちゃんお帰りなさい。その子がさっきルベちゃんが言っていた子?」
「そう! とりあえず、ゆっくり話すために部屋に行こう。詳しくはそこで話すよ」
顔を隠すようにフードを目深に被った王子殿下を、ケールとベロニカに頼んでいそいそと部屋の中へ連れて行ってもらった。
その間に、わたしは使用人さんたちを集めて事情を説明する。使用人さんたちは、わたしの計画に快く了承をしてくれた。
そして、作戦が開始された。
「ねえ、ケール。この子がどうしてもケールと話してみたいんだって。身分とか関係なく気軽に。お願いしてもいい?」
「もちろん、俺でよければ」
わたしたちの前ではまだ男の子のふりをしているケール。けれど、むしろ好都合。
「言質いただきました! じゃあ、フードを取ろう!」
バサッとフードを取ったそのお姿に、ケールは驚愕する。
「えっ!?」
驚くのも無理のない話。ケールは王子殿下のお顔を知っているから、見た瞬間分かってしまったらしい。このお方は、王子殿下だと。
「よろしく頼む」
「……」
王子殿下は王子殿下で、ケールが男の子だと全く疑ってなさそうだ。
(髪が短いご令嬢なんて、なかなかいないものね)
一方ケールは放心状態で声も出せないようだった。
「どうしたの? 彼は同い年くらいの子と気軽に話がしたいんだって。ほら、わたしとベロニカは愛しの婚約者様がいるから、ね、ベロニカ」
「ええ、男性と仲良くして愛しの婚約者様に誤解されたくないもの」
「だから、ケールしか適任者がいないの。できるよね?」
「そ、それは……」
身分関係なく、と気軽に了承したのは、自分が平民の子と話すのだろうと思っていたからで、まさか相手が王子殿下だとは思わなかったらしい。
「ま、深いことは気にせず、まずはご飯を食べたりしよう!」
そして今、和やかに夕食も食べ終わり、四人+ルベで、ケールの部屋でまったりしているところだ。
「それにしても、ケールもブルーも、婚約が嫌で家出なんて、考えることが似てるね」
ブルーとは、ブルースのブルー。すなわち王子殿下のこと。ちなみにベロニカはブルちゃんと呼びはじめた。
「ケールもそうなのか?」
「はい」
こくりと頷くケールは、まだ緊張しているみたい。
時間的にそろそろかな、とわたしはベロニカに合図を送る。
「ふぁ〜、あたし長旅で疲れちゃったから先に休むわね」
「わたしももう寝よう! じゃあ、お二人さんゆっくりと語り合ってね!!」
あとは若い二人で、作戦だ。
「えっ、えぇっ……」
驚くケールにわたしは耳打ちをする。
「男の子同士、一緒の部屋で寝れるよね? だって、男の子同士だもんね? わたしとベロニカは女の子同士、一緒の部屋で寝るからさ! ブルーにはケールが悩みを聞いてくれるって言っちゃったから、よろしくね!」
「で、でも……」
「今日だけは、ケールにルベを貸してあげるから。もふもふと一緒に寝てもいいよ!」
「にゃっ!?」
「もふもふのルベちゃんと、一緒に寝てもいいの?」
明らかに、ケールの心が揺らいでいる。ちなみにルベは、万が一の時のストッパーになってもらうために差し出すだけで。
だって、今回のわたしの作戦は「一夜を共にしたという既成事実を作ってしまおう作戦」だから。
けれど、あくまで清い交際から。今晩二人でたくさん話をして、じっくりと性格を見極めてから、婚約するかどうかを決めてもらう予定だ。別名、お見合い大作戦だ。
二人が嫌がるようなら、今晩あったことは全て何もなかったことになる予定。
使用人さんたちも全面的に協力してくれると言う。
だって、ケールが変な婚約者に嫁いで他国に行くよりも、王子殿下に嫁いだ方が良いと意見が一致したから。
王子殿下の評判も悪くない。それに今までにも、ケールと王子殿下の婚約の話がなかったわけではないらしいから。
ただ王子殿下が「婚約はまだ考えたくない」と、ケールに限らず全ての婚約話を釣書も見ずに突っぱねていると専らの噂だったらしい。
ここだけの話、と情報通の使用人さんが教えてくれた。
王子殿下の護衛の方たちも、わたしの計画に反論はせずに喜んで頷いてくれた。王子殿下の行方不明話を持ち出して脅迫したわけではない。
ということで、言うだけ言って、わたしとベロニカはケールの部屋をそそくさと出て行った。
「ふう、お節介なおばちゃんになった気分だよ」
「ふふ、スーフェったら、おばちゃんだなんて。はい、スーフェにも飴ちゃんをあげるわ」
「ありがとう」
ベロニカが電車で乗り合わせた、人の良いおばちゃんに見えてきた。