お泊まり計画
「まだ飴ちゃんを貰ってない人は手を挙げて!」
ベロニカが子供たちに確認をする。誰も手を挙げない。それもそのはず、縛られているのだから手を挙げたくても挙げられるはずがない。
けれど、一人の女の子が教えてくれた。
「お兄ちゃんがまだ貰ってないよ。お兄ちゃん、自分が持っていた食べ物もわたしたちにくれたから、ずっと何も食べてないの」
「ふふ、教えてくれてありがとう。はい、どうぞ」
そう言いながら、お兄ちゃんーー王子殿下の口の中に飴ちゃんを突っ込むベロニカ。縄で縛られている上に、突然のことに王子殿下は抵抗すらできない。
だから、わたしがベロニカに注意する。
「ベロニカっ、その人は口に入れるもの全てに毒味が必要な人だよ!!」
「毒味なんて必要ないじゃない。国境門の人に貰った飴ちゃんだから、毒が入っているわけないもの」
「人を信じるのもいいけれど、疑わなければならない場合もあるんだよ。後でその辺のことも教えてあげるから」
……と、その時わたしはふと気付く。ベロニカの縄がいつの間にか解けていることに。
「あれ? そう言えば、どうしてベロニカは縄で縛られてないの?」
「ああ、縄抜けしただけよ。実は得意なの。抵抗しなかったから緩く縛ってくれたみたいで、とても簡単だったわ」
コツは縛られる時だそうだ。そう言えば、縄抜け方法もあるあるだよね。
戸惑いながらも飴ちゃんを舐めている王子殿下に、わたしは思い切って質問をしてみた。
「ねえ、あなたみたいな方がどうして捕まっちゃったの? 今は敢えてあなたがどなたとは聞かないけれど」
だから、敬語は使わないからね、と先に宣言をする。他国まで来て不敬罪で罰せられるのは嫌だから。
「たくさんの人があなたのことを探していたよ?」
「……」
何も答えてはくれない。頷きもしない。痺れを切らしたわたしは、一番重要なことを質問する。
「もうっ、じゃあ、これだけは答えて!! 婚約者はいるの? 好きな人は?」
「はあ?」
「だから、婚約者はいるのかって聞いてるの!」
わたしの質問が予想外すぎたのか、王子殿下はぽかーんとしている。それを聞いていたベロニカも呆れたようにわたしに告げる。
「まあ、スーフェったら浮気? スーフェの愛しのカルセドニーさんに言っちゃうわよ?」
「もうっやめてよ、わたしにはカルだけだもの。今日の交換日記にはなんて書こうかな? 子供攫いに捕まったって書いたら心配させちゃうだろうし。……って、カルのことは今は置いといて、浮気じゃないけれど、彼に婚約者がいるかいないかはとっても重要なことなの!!」
だって、王子殿下に婚約者がいなかったら、ケールの婚約者にぴったりだから。
変な人だったら婚約者にお勧めはしないけれど、この状況下で、持っていた食べ物を誰かにあげられるって、とても優しい人だと思ったから。
だから、わたしは作戦を実行に移そうと決めた。
それなのに、王子殿下はわなわなと震えながら怒り出すではないか。
「……どうして知らない女からも、婚約者を探せなんて言われなきゃいけねえんだよ!!」
その瞬間、わたしは察した。
「はっはーん、婚約者を決めろって口うるさく言われるのが嫌で家出したんだ!」
「ど、どうしてそれを!?」
ケールに続き、王子殿下まで家出の理由が婚約者絡みだなんて、王族貴族の子供って大変だな、と思ってしまう。
(でも、王子殿下に婚約者がいないってことだよね。よし!)
「家出なんて危険なことはやめて、自分のその悩みを誰かに聞いてもらって、モヤモヤした気持ちを発散させた方がいいよ! ここから逃げた後、どうせこの村に宿泊することになるんでしょ? コラット侯爵家に泊まりにおいでよ!」
「はあ?」
「わたしたちは、コラット侯爵家の別邸でお世話になるの。そこで語り合おうよ! お泊まり会ってとっても楽しいから、少しは気晴らしになると思うよ? ちなみにわたしには愛しの婚約者様がいるから、あなたを狙ってるとかこれっぽっちもないから安心して!」
「あたしにもライアン様がいるから、あなたになんて興味はないわ」
ベロニカにとっては、同じ金持ちでもライアン王子の方が魅力的らしい。それは乙女ゲームの強制力のせいなのか……
ちなみに、この王子殿下は美形だけれど、きらきらはしていない。その時点で、わたしにとってはこっちの王子殿下の方が好感が持てる。
一番の決め手は、乙女ゲームと全く関係のない人物だということだけれど。
「お前たち、絶対におかしい」
「まあ、失礼しちゃう!」
けれど、王子殿下の表情は少しだけ嬉しそう。そして、わたしの提案に興味を示す。
「……コラット侯爵家って、もしかして騎士の家の、か?」
「そうそう! そこのケールって子がとっても良い子だからたくさん話せばいいよ! どうせ今まで誰にも愚痴を言えなかったんでしょ?」
「確かに、コラット侯爵家にはご子息がいたはずだな」
王子殿下は納得したように頷いている。絶対にケールが男の子だと勘違いしていると思う。
けれど、わたしは訂正する気はない。肯定もしない。嘘を吐くつもりはもちろんないから。
勝手に王子殿下が勘違いしているだけ。わたしは悪くない。
後から聞いた話だけれど、実際にケールには兄と弟がいる。この時の王子殿下は、まさか女性を話し相手に紹介されるなんて微塵も思っていなかったのだという。
だから、まんまとわたしの策略にハマってしまう。
「お泊まり会、してみたい……」
「じゃあ、決まり! あ、でも騎士の方たちにもきちんと了承を得てからだよ。村の宿に泊まるよりも絶対に安全だからきっと許してくれるよ!」
一つ屋根の下に未婚の男女が一緒に泊まるなんて!? となるかもしれないけれど、ここは辺境の村で宿屋はボロい。
王子殿下の安全を第一に考えたって言えば、何とかなるでしょう。
「ああ、それくらいなら自分で言える。けれど、今のお前たちみたいに、できれば俺の身分とか抜きにして話してみたいんだけど、できるか?」
「うん、いいんじゃない。その方がわたしたちも気楽だし!」
きっと今までは王子という立場が邪魔をして友情が築けなかったり、自分の気持ちを封じ込めてきたのだろう。
そして、それがとうとう爆発して、家出という今回の行動を起こしてしまったのかもしれない。
「じゃあ、ルベは今からケールに今日の夜一人追加で泊まらせてって言ってきて。泊まる部屋は……」
こそこそこそ、とルベに耳打ちをする。
「チビ、お前本気か?」
「うん! あと、彼の素性は内緒でお願いね。きっとケールなら何も聞かないで受け入れてくれるだろうから」
「……どうなっても俺は知らねえぞ」
ルベはみんなから見えない場所へ移動してからサクッと転移したようだ。
「スーフェ、どう言うこと?」
「ベロニカにも教えておくね!」
こそこそこそ、とベロニカに作戦を告げる。
「ふふ、おもしろそうね」
「でしょ!」
それからすぐに、わたしたちは全員が馬車の荷台に詰め込まれ、ロバーツ王国、魔境の森方面へと出発した。