最弱の従魔?
「どうして可愛い黒猫ちゃんは、猫ちゃんなのに喋れるの?」
驚きつつも黒猫ちゃんに尋ねてみた。
全く答える素振りも見せず、相変わらずツンとしている黒猫ちゃんの姿に、わたしの胸はきゅんとときめく。
(やっばい、可愛すぎるんだけど!!)
わたしはきっと猫ばかだ。いや、確実に。
そんな猫ばかのわたしでも、猫ちゃんが言葉を話すはずがないことくらい知っている。
(あ、そっか。きっと冒険ファンタジーの世界だから、何でもありなんだね)
けれど、目の前で起きているあり得ない出来事にも、ここは異世界なんだ、とすぐに思い直して受け入れた。
さらに、黒猫ちゃんに尋ねた。
「ねえ、黒猫ちゃん。『俺の魔力で魔法を使うな』ってどういうこと?」
「まさかお前、本当に気付いてないのか?」
わたしの言葉に、今度は黒猫ちゃんが呆れたような声で質問を返してきた
「気付いてない? って?」
わたしには、黒猫ちゃんの言葉に心当たりなどない。そんなわたしを見て、黒猫ちゃんは深いため息をついた。
(だから、何なの!? 可愛すぎるってば!! 黒猫ちゃんがため息とか、惚れてまうやろ!!)
その一挙手一投足に、わたしは胸をときめかせた。このままでは黒猫ちゃんを抱き潰してしまいそうだ。
身震いするほどの身の危険を感じ始めた黒猫ちゃんは、馴れ合いなどしたくないのか、さっさと要件を済ませようとし始めた。
「チビ、俺との従魔契約を解除しろ」
「従魔契約?」
「俺はチビと契約なんかした覚えがないのに、ある日突然、チビの従魔にされたんだ。どうしてくれるんだ?」
「……もしかして、やっぱり黒猫ちゃんが自称神様にお願いした従魔なのね。やったぁ! これからもよろしくね」
ぎゅっと黒猫ちゃんを抱きしめる力を強めたわたしに、黒猫ちゃんは少しだけ気圧され始めていた。
その瞳は明らかに、このチビには何を言っても通じない、そう物語っているようだったけれど、もちろんわたしは無視をした。
「まじで、無理……」
「だから、これからもよろしくね」
「嫌だ、絶対に嫌だ。早く解除しろ」
(ふふ、嫌がる素振りも可愛いんだから)
満面の笑みを浮かべるわたしと、必死の形相で嫌悪する黒猫ちゃん。きっと側から見れば、わたしと猫ちゃんが戯れているだけの微笑ましい光景だろう。
「そうだ! 黒猫ちゃんに名前をつけなきゃね。わたしね、黒猫ちゃんが前に会いにきてくれた時からずっと、黒猫ちゃんの名前を考えていたの」
「いや、チビ、お前は俺の話を聞け」
「あ、わたしはスフェーンだよ。スーフェって呼んでね」
「……知ってる」
どうやら黒猫ちゃんは諦めたようだ。もちろんわたしは黒猫ちゃんの言葉に大喜び。
(嫌だ嫌だ、と言いつつも、わたしのことを少しは気にしてくれているんだね)
ふふっと笑いながら、わたしは黒猫ちゃんに名前を授けた。
「黒猫ちゃんの名前は、ルベライトだよ」
「はぁ?」
わたしの提案に、黒猫ちゃん(命名ルベライト)は眉を寄せた。
「わたしの名前も、両親が宝石の名前から付けてくれたの。だから、ルベライトも宝石の名前だよ。黒猫ちゃんの瞳が綺麗な真紅色だから、ルベライト。ルビーやガーネットとも迷ったけど、黒猫ちゃんは男の子のような気がしたから、ルベライトだよ。これからは、ルベって呼ぶね」
黒猫ちゃんーールベは全く反応を示さなかった。嬉しいそぶりも、嫌がるそぶりもない。わたしはさすがに心配になった。
「もしかして、もう名前があった?」
「……ない」
「ふふ、じゃあ決まり!」
「決まりじゃない、俺との従魔契約を解除しろ」
「無理だよ。わたしは将来冒険者になって旅がしたいの。ルベにはわたしの強い相棒として、一緒に旅をしてもらうんだから!」
「まじで、ふざけんなよっ!!」
「従魔って、主が死んじゃったら、死んじゃうんでしょ? ルベは死にたくないでしょ? わたしやんちゃだから、近くにいてくれないと死んじゃうよ? わたしは絶対に自分が死ぬまで従魔契約を解除する気はないからね! だから、ルベは今日からわたしと一緒に暮らそうよ」
「嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ!!」
ルベはわたしの提案に、必死で首を左右に振りながら、わたしの腕の中から逃げ出そうと踠いた。
「どうして嫌なの?」
「チビに言う必要はない」
「じゃあ、わたしに魔法を教えて? わたしが完璧に魔法をマスターして強くなれば、ルベは一緒に旅をしなくても済むよ?」
「……」
「ルベの魔法を教えてよ。何なら教えなくてもいい。わたしの目の前で魔法を使って。そしたら【ルベの魔法を盗む】から!!」
わたしは、ルベを抱きしめたまま叫んでいた。【ルベの魔法を盗む】と……
「分かった。離せ、離したら見せてやる」
「絶対に逃げちゃだめだよ! 約束だからね!」
わたしの腕の中からようやく解放されたルベは、スタッと地面に飛び降りた。
「仕方ねえな。一個だけだからな。チビにできるはずのない魔法だ。ほらよ」
そう言うと、ルベは近くの木を目掛けてホイッと魔法を……
「「……」」
何も起こらなかった。
「魔法が……使え、ない?」
放心状態のルベが、一言そう呟いた。