魔王と魔王以上
「ケールは家出してきたって言ってたじゃない? よく一人で魔境の森まで来れたね? 国境の近くに住んでるの? 護衛の人たちは?」
他人のことを言える立場ではないけれど、普通の侯爵令嬢は一人でふらふらと出歩かないと思う。侍女や護衛が付くはずだ。
ちなみに、わたしには優秀な護衛の黒猫ちゃんがいる。しかも、ルベが一緒ならどこへでも行っていいよ、とお父様の許可も下りている。
(ルベったら、お父様からの厚い信頼をいつの間に得ていたんだろう?)
ちらりとルベを見ると、今も先頭を歩いてくれている。ただ歩いているだけなのに、後ろ姿もとっても可愛い。
「本当は王都に住んでいるのですが、辺境の村に別邸があって、そこに俺だけ遊びに来ていたんです。だから、朝早くにこっそりと抜け出して、家を出てきました」
ケールは自分のことをいろいろ話し始めてくれた。けれど、まだ男の子のフリは続けるらしい。
騎士の家系だからなのか、ご先祖さまが魔境の森で訓練をするためだけに、魔境の森に近い辺境の村の中に別邸を建てたのだとか。
魔境の森で訓練するとか、考えることがお祖父様みたいだな、と思ってしまう。
「やっぱりさ、一旦お家に帰ろうか? 今頃みんな心配してるんじゃないの?」
やっぱり家出は良くないことだから。今回みたいに命の危険もあるし、たくさんの人に心配もかけてしまう。侯爵令嬢が突然いなくなったら、きっと今頃大捜索中だろう。
「でも、魔境の森で訓練してくるって書き置きはしてきました。強くなるまで帰るつもりはないって」
「魔境の森で訓練するって書いちゃったの? それって余計に心配するでしょ?」
ケールは以前、家族で魔境の森の中に入ったことがあったみたい。けれど、今はケール一人だけ。
魔境の森に女の子が一人で来るなんて、死にに行くようなものだと思う。
そんなケールは首を左右に振る。
「コラット侯爵家の男は、魔境の森で一日野宿できるようになれば、一人前と認められるんです。だから、きっと大丈夫だと思いますよ」
「いやいや、きっと心配してるよ? 絶対に心配してるはずだよ!!」
だって、ケールは男の子ではない、女の子だ。絶対に大捜索中だと思う。
「心配してるかな? ……自分のことしか考えていませんでした。……ごめんなさい」
ケールはとても反省しているようで、涙を堪えながらも、謝罪の言葉を漏らした。
(やっぱりめちゃくちゃ素直な子だな。こういう子は嫌いじゃないかも!)
「ふふ、謝るのはわたしにじゃないよ。お家の人たちに謝ろう。それじゃあ、早く家に帰ろう!」
「はいっ!」
ケールは目に溜めた涙を拭いながら大きく頷いてくれた。
「あ、スーフェ、見えてきたわよ」
「本当だ! 意外と早く着いたね」
ベロニカの指差す方に目を向けると、チェスター王国の国境門が見えてきた。
実を言うと、ケールと会った場所から30分くらいしか歩いていない。
ケールは魔境の森に入ってからすぐに魔物に襲われてしまったらしく、そんなに遠くまでは行けなかったのだという。
そして、わたしとベロニカは、後ろを振り返る。わたしたちが歩いてきた長い旅路を、しみじみと眺めて言った。
「ベロニカ、魔法の腕が抜群に上がったね」
「ふふ、スーフェのおかげよ。……これで、道路の整備代をライアン様に請求できるわね」
「!? ……そんなこと全く思い付かなかったよ」
「ふふ、稼げる時に稼がなきゃね。お金を稼ぐってとっても楽しいわ」
ベロニカがとても悪い顔をしながら微笑んでいた。
わたしたちの目に映る、魔境の森の街道は、きっとベロニカが請求するであろう道路の整備代以上に、チェスター王国との国交によって利益を生み出してくれるはずだと思いたい。
そして再び前を向く。わたしたちの目の前には、とても高い壁が立ちはだかっていた。まるで要塞のように、厳重な警備も敷かれている。
「うっわ、すごい壁だね。いつもこんなに門兵さんたちがいるの?」
「この壁は、魔境の森から魔物が入らないように、と厳重に作られたみたいなんです。警備は、いつもはもっと少ないはずなのに……あ! もしかしたら、つい先日、魔境の森の木が突然抜け始めて、どこかへ動いていくのが目撃され、天変地異の前触れだ、とか、すごい魔物がくる前触れだ、とか噂があったからかもしれません」
「ええっ、何それ? 物騒だね。こわいこわい」
その瞬間、ルベに思いっきり冷たい視線を送られた。心当たりは、もちろんある。
「ふふ、すごい魔物というか、確かに魔王と魔王以上が来ちゃったものね」
「ちょっと、ベロニカ、魔王はわかるけど、魔王以上って誰のこと?」
「だって、魔王を従魔に従えるってことは、魔王以上ってことでしょ?」
ベロニカの言い分もわかる。けれど、納得はできない。
(わたしはこんなに可愛いご令嬢なのに!!)
「そう聞くと、この壁が非常に腹立たしく感じるんだけど!!」
わたしがムッとしていると、ベロニカは笑いながら入国準備へと取り掛かる。
「ふふ、とりあえず入国しましょう!」
「あの、入国するためには厳しい審査、というか、入国する理由が必要になるんですけど、本当に大丈夫ですか? それも、国の利益になる理由でないと認められないって話です」
チェスター王国の国民以外の者が入国するためには、国境門のところで入国審査があるのだという。
「それなら大丈夫だよ! ベロニカは聖女様だし、ルベは黒猫ちゃんだもの。わたしにはとっておきの秘策があるんだから!!」
そして、いざ、入国審査へ!