猫型から人型へ
「じゃあさ、さっそく人型に変身してみてよ?」
ルベの人型の姿を想像して、ドキドキしてしまう。元魔王だから、やっぱり強面なのか、ニヒルな感じなのか、とか。
「ちっ、仕方が……」
「あ、ちょっと待って、変身したら裸だったとかはやめてよね」
だって、猫ちゃんの姿のルベは服を着ていない。全裸だ。さすがに、全裸の人型のルベは見たくない。
「なんだよ、その心配……」
「だって、わたしたちは花も恥じらう乙女だよ? ルベのあられもない姿なんて見れないよ。ね、ベロニカ?」
「ふふ、むしろ楽しみかも」
「やっぱりダメだよ!! ルベの貞操の危機だよ!!」
やっぱり乙女ゲームのヒロインは肉食だ。
「人型になっても服は着てるから心配いらねえよ。どうしてかは知らないけどな」
「魔法ってそういうもんだよね」
準備万端、ルベが人型に変身した。
「……」
「ふふ、スーフェったら、見惚れちゃってるの? ルベちゃんはとってもイケメンでしょ?」
確かにイケメンだった。びっくりするくらいイケメンだった。
黒猫ちゃんバージョンのルベの毛並みのように、さらさら艶々の黒髪で、切長の目に、とっても整った顔立ちで、背も高くてモデルのようにスタイルもいい。
けれど、それじゃない感が漂ってしまう。だからわたしは文句を垂れる。
「ちょっとルベ!! どういうこと? それはないんじゃない!?」
わたしは怒り心頭だ。
「どうしてキラキラしいの!? キラキライケメンとか、そんなのルベに求めてないから!! もしかして乙女ゲームの世界だから? ゲームの強制力の仕業? あり得ない!!」
「チビ、意味分からん。どうして、元の姿に戻った俺が怒られなければならないんだ?」
「だって、元魔王でしょ? もっと黒々しいオーラを放った方が絶対にいいって!! キラキラとかあり得ないって!!」
キラキライケメンは断固反対。もふもふっとした可愛らしさのないルベに求めるものは、見るだけで敵が慄くような強さだ。
「スーフェったら趣味がおかしいわね。ルベちゃんはあたしの中で一番のイケメンだと思うわよ?」
ベロニカは、乙女ゲームのヒロインだから、キラキラしいのは大好物のようだ。
「……ライアン王子より?」
「ええ、見た目なら断然ルベちゃん派。中身もイケメンだし。けれど、残念ながらルベちゃんからは良い香りがしないの」
「ああ、お金か……」
わたしは納得した。確かに元魔王のルベには今、お金はないはずだ。
「イケメンなのは分かる。けれど、わたしが文句を言いたいのはそこじゃないの。キラキラしてるのがいけないの。キラキラしてると嘘っぽいの。騙されそうなの。作り物だと思っちゃうの。ただでさえ、変身した姿なんだから」
「作り物じゃねえよ、これも俺の本当の姿なんだよ」
「はいはい。ま、きっとそのうち見慣れるだろうし、ルベはわたしのことを騙すはずないことは知ってるから、まあいいよ」
仕方がないな、とわたしは譲歩した。
どうせ好きな姿に変身できるのなら、あの超絶イケメンな前世のわたしの大好きなアーティストの姿が良かったのに。
「理不尽だ……」
人型のルベは好きな姿に変身したわけではなく、本当に魔王時代のルベの本当の姿だというのに、とルベはぶつぶつ言っている。
「ふふ、スーフェったら、このイケメンと一緒に寝たのよ。キスもしたのよね?」
「わたしが一夜を共にしてキスをしたのは黒猫ちゃんのルベだもの。人型のルベはカウントには入れません!!」
ぷいっとわたしはそっぽを向く。それだけは絶対に譲れない。
今後も黒猫ちゃんのルベを愛でるためには、猫型と人型の線引きははっきりとしておく必要がある。人型のルベだと浮気感が満載だ。
「ルベちゃん、スーフェのことは放っておきましょう。って、ルベちゃんが真っ赤な顔をするなんて、ふふ、イケメンの照れる姿が見れるなんて最高ね」
「……ちっ、さっさと行くぞ」
ルベは照れを隠すように、軽々とケールさんを担ごうとした。けれど、少しだけ触れた瞬間、手を引っ込める。
「ルベ、どうしたの?」
「こいつ、光属性の魔力が溢れてやがる。触りたくない」
「あ、そっか。ふふ、わたしね、良いアイテムを持ってるよ! タララタッタラー♫」
わたしがアイテム袋から取り出したのは一枚の大きな布だった。もちろん虎縞模様ではない。
「これはね、吸収の魔石を入れている袋の布バージョンなの。本当は冒険服を作ろうかなとも思ってたんだけど、これっていうデザインがまだ思い浮かばなくて」
「……だから?」
「何かいいデザインはないかな?」
「チビ、また話がズレてる」
「あ、そっか。えっと、この布は魔力を遮断できるから、この布でケールさんを包めば、光属性の魔力でルベが苦しむことはないよ」
「それは助かる。じゃあ、やるか」
ルベはこの布でケールさんを巻き、そして右肩に乗せるように担ぎ上げた。
「もうっ、ルベったら!! もっと女の子を運ぶ方法はないの? お姫様抱っことか」
「いざという時に手が使えないから却下だ」
「ああ、なるほど」
こうして、ルベがずっとわたしに隠していた秘密はあっけらかんと暴露されーーしかも反応は薄いーーわたしたちは再び隣国を目指してサクサク歩き始めた。