冒険再開、隣国へ!
「あら〜、本当に街道ができているのね。どうしましょう?」
魔境の森に果てしなく真っ直ぐに延びる一本道を見たマリリンが、妖艶なため息を漏らす。
「スーフェちゃんのせいで、魔物がちょこちょこ出るようになって大変なんじゃ。わしが元気なうちはいいんじゃが、わしもいつ召されるかわからんからのう。仕方がないから村の若いもんを鍛えてるんじゃからな」
マリリンの隣で、今度はお祖父様が愚痴を漏らす。
いつのまにかコックス村は辺境の村らしく、国防の機能が格段に上がっていた。
今までは村の女性しか構ってこなかったお祖父様が、今では村の男性を引き連れて、剣や魔法の指導をしているらしい。
今まさに男性たちが楽しそうに訓練をしている。本当にこの村の男性はお祖父様リスペクトで、ある意味尊敬の気持ちすら湧いてくる。
同時に、お祖父様の最低さを知っているわたしとしては、ある意味不憫にも思う。けれど、もちろん持ち上げることを忘れやしない。
「やっぱりお祖父様にお任せしてよかったです!」
「そうじゃろ、わしはやればできる男なんじゃ」
「ファーガス様、これからの詳しいことをお話ししたいので、ぜひベッドの上で、じゃなくて、屋敷の中でお話でもしませんか?」
「いや、ここでいい。マリリンは、その……とても魅力的に思うんじゃが、とても危険な香りがするんじゃ」
珍しくお祖父様が冷静だ。さすが伝説の勇者、確かな目を持っている。
けれど、そんなお祖父様にお構いなしに、マリリンはお祖父様に向かってピンクのジュリ扇をふりふりふり。
あのピンクのジュリ扇からそよぐ風には、精神に作用する魔法が付与されているという都市伝説がある。
しかも、日によってその効果も違うらしい。ちなみに本日は魅了だ。
あのお祖父様が必死に抗っている姿はとても貴重だと思う。
(あ、だめだったみたい。あのふわふわは気持ちいいしね)
お祖父様がマリリンに吸い寄せられるように屋敷の中へと消えていった。
わたしたちは、ロバーツ王国の国境にあるコックス村に来ている。コックス村までは大所帯での移動だった。
カルが来てくれたのはもちろんのこと、魔境の森の魔物の状況を確認するためにマリリンも来てくれて、さらには、ベロニカ目当てでライアン王子まで来てしまったからだ。
今もベロニカに猛アプローチ中。とても健気だと思う。
そんな中、もちろんわたしもカルと愛を育むことを忘れない。
「スーフェ、精霊たちが街道の途中には、魔物たちが出没するだろうから気をつけてね、だって」
「うん、分かった! ありがとう。カルはこの後王都に戻ったらすぐに中等部に入学だよね?」
ロバーツ王国では、13歳になる歳から三年間中等部に通うことができる。通うのは貴族の子息子女が主だ。
ちなみに高等部は16歳になる歳から三年間、魔法が使える者や魔力量の多い者が通うことができる。
どちらも強制ではないし、途中編入も可能だ。ただ、学園を卒業していた方が何かと優遇される。
それに、貴族社会では何かとマウントを取られるので、余計に卒業必須だと思われている。
だから、カルとライアン王子は中等部から通う。
ちなみに特待生制度があるのは高等部だけなので、ベロニカは高等部からの入学となる。
「本当は一緒に冒険の旅をしたいところだけれど、将来のためにも勉強してくるよ。でも、」
「でも?」
「スーフェとも一緒に学園生活を送りたかったな、というのが本音かな」
「カル……」
少し照れながら話すカルの姿に、思わず心が揺れる。
だって、わたしもできることなら学園で青春をエンジョイしたい。
乙女ゲームのことさえなかったら、張り切って中等部に通うと思う。けれど、現実問題、この世界は乙女ゲームの世界なのだから、仕方がない。
ただ最近では、心境の変化もあったりする。
(やっぱり高等部には通おうかな)
そう思う余裕が出てきた。あろうことか、乙女ゲームの舞台でもある高等部に。
だって、いざとなったら転移魔法で逃げればいいのだということに気付いてしまったから。
(危ないと思ったら、転移魔法でドロンしてしまえばいいんだよね!)
そのためにも今できることは、冒険をしながら逃亡先を探すこと。
生活に関しても、魔石に魔法を付与して売ればいいということが分かったから、収入に困ることはないはずだ。
最終手段としては、ベロニカの聖女の力を目で見て盗んで、それで商売すればいい。
(わたしってば、天才!)
だから今は、カルと離れ離れになるのは寂しいけれど、逃亡先を探すために旅に出なければならない。
「ふふ、いっぱい交換日記を書くね! それに寂しくなったらすぐに戻ってくるから!」
もちろん転移魔法でサクッと。
「分かった。僕もサクッとはいかないけれど、もう少しで遠くまでいける移動手段ができそうだから、何かあったら遠慮なく呼んでね」
「遠くまで行ける移動手段?」
わたしは首を傾げる。この世界には、自動車も電車も飛行機もない。はっきり言って、そんな手段は全く思いつかないから。
「今は秘密だよ!」
「気になる!! でも、頼りにしてるね!!」
きっと、カルなら王子様のように颯爽と現れてくれるだろうな、と今は想像して楽しむことにした。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「スーフェ!!」
「えっ……」
その瞬間、チュッと可愛らしい音を立てて、わたしの額にキスを落とされた。みんなが見ている前だと言うのに……
(ひゃあぁぁぁあ!!)
突然のことに驚きすぎて声も出ない。だから、盛大に心の中で叫んでしまった。
「びっくりした?」
悪戯な笑みを浮かべるカルに、こくこくと何度も頷いてしまった。
そんなわたしを見て、ようやく満足そうに送り出してくれた。
「スーフェ、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
やっぱり、遠恋もいいかもしれないけれど、会えるのって幸せだな、って思ってしまった。