ありありのあり
「これはやっぱり王子ルートに突入しちゃってるってことなのかな? しかも乙女ゲームが始まる前なのに?」
今もなお、ライアン王子の熱い視線はベロニカに向いている。けれど、
「ベロニカ! さっさと離れてあげなさい!!」
思わずわたしは叫んでいた。それに合わせてライアン王子の側近たちもライアン王子を回収し、早々とお着替えタイム。
聖魔法では生命力があるものは治るらしい。けれど、燃えた服は戻らなかった。
だから、ライアン王子はあられもないお姿になってしまっていた。
決して二人の仲を引き裂きたいがために、意地悪で離れろと言ったわけではない。むしろわたしの優しさだ。
「スーフェ! ふふ、あたし勝てたわ」
「うん、おめでとう! でも、ベロニカが戦った相手はこの国の王子様、この前話した乙女ゲームの攻略対象者なの」
「まあ、じゃあ、あたしもお近づきにならない方がいいのね」
ベロニカはすぐに察してくれた。決してベロニカの恋路を邪魔しているわけではない。ベロニカが忖度してくれただけ。
無事に着替えを済ませたライアン王子は、空気を読まずにわたしたちのもとへと歩いてくる。そして、ベロニカの前に跪き、優しく囁く。
「あなたのお名前を教えてください」
「ごめんなさい。スーフェに怒られちゃうから、あなたとは仲良くなれないの」
にこりと笑顔で放つ言葉は、絶対に言ってはいけないセリフだった。
「ええっ!? それってだめなやつ!!」
キッと、ライアン王子の鋭い視線がわたしに向いてしまった。
きっと今、ライアン王子の中でのわたしの存在は、二人の恋路を阻む悪役になっていると思う。
「……確か、あなたはオルティス侯爵家の」
「お初にお目にかかります。スフェーン・オルティスです。以後お見知り置きを」
知って欲しくない。けれど挨拶はしなければならない。それが常識だから。
「スフェーン嬢、あなたはそれほどまでに俺と婚約したいのか!? 俺はあなたと婚約なんか願い下げだ」
「……はあ?」
今、あり得ない言葉がわたしの耳に届いた。
(誰が誰と婚約がしたいっていうの?)
意味が分からなかった。
「スーフェ、王子様と婚約したいの? カルセドニーさんがいるのに?」
「そんなまさか、わたしにはカルだけだよ」
「チビ、お前は本当に見境ないな」
「やめてよ、お祖父様と同類にしないで!!」
全く思い当たることはない。だから、ライアン王子に思い切って尋ねてみた。
「わたしには全く身に覚えがないのですが、どういうことでしょうか?」
「母上から聞いた。母上の病気を治すために聖女様を連れてきてくれるという少女ーーあなたの話を。その見返りに何でもお願いを聞く約束をした、と。そのお願いは、きっと俺との婚約だろうから、覚悟をしておいて。と。俺はそれが嫌だから、自ら聖女探しの旅に出ることを決めた」
要約すると、王妃様はわたしがライアン王子との婚約を望んでいると思っている。願い事はそのためだ。と。
(ない。絶対にあり得ない!!)
まさかここにきて、ゲームの強制力が働いてしまうなんてことは全く考えていなかった。絶対に回避するために、わたしははっきりと告げなければならない。
「違う違う違う。わたしはそんなバカなお願いをしないわ!!」
「俺との婚約がバカなことか!?」
「もちろんそうに決まってるでしょ!! わたしには素敵な婚約者様がいるんだから!!」
「不敬だ。不敬極まりない。この者を捕らえよ!!」
(このままでは本当に不敬罪で斬首!? どうしよう?)
そんな時、ちらりと過った昨日のベロニカの言葉。
----結婚するならお金持ち
「ベロニカ、もしライアン王子と婚約できたらどう?」
「えっ!?」
「お金持ちよ。それも、国で一番の!」
「……ありよりのありね」
「よし! 婚約しちゃおう!!」
わたしは軌道修正を試みる。
「待ってください!! わたしのお願いは、ベロニカとライアン王子の婚約です」
「えっ!?」
ライアン王子の動きが止まった。イケる。
「ベロニカは平民、しかも、あり得ないほどの貧乏。だから、王妃様たちが、ライアン王子との仲を認めてもらえるか分かりませんでした。婚約とまではいかなくても、お友達としてのお付き合いを認めて欲しくて」
婚約もありだけど、やっぱり清い男女交際から始めるのがいいと思う。だから、お友達から。
「ベロニカ嬢と、婚約……」
顔を真っ赤にしたライアン王子は、絶対にありありのありだと見た。
「ベロニカ、押せ!!」
「分かったわ!」
わたしはベロニカをけしかけた。ベロニカも満更でもなさそうだ。
「王子様、あたしのことはベロニカと呼んでください」
ベロニカはその手を取り、上目遣いで甘えた声を出した。乙女ゲームのヒロインは、か弱いふりした肉食獣だと思う。
「ベロニカちゃん!! 俺のこともライアンと呼んでくれ♡」
ライアン王子の目は♡になっている。言葉の語尾も♡になっている。見事にライアン王子はベロニカに攻略された。
「いいんですか? では、ライアン様¥」
ベロニカの目は¥になっている。言葉の語尾も¥になっている。
(ライアン王子、あとは自分で頑張ってくれ)
さすがにわたしにはこれ以上の手助けはできない。
ただでさえ、乙女ゲームが始まる前に、ベロニカが王子ルートに足を踏み入れて、さらには攻略してしまっているのだから。
「はあ、わたしのせっかくのお願いが……」
もう深いため息しか出なかった。
でも、恩を売っておくのも、王子ルートの破滅エンドを防ぐには良い方法だったのかもしれない。