王子様VS聖女様
とうとうライアン王子とベロニカの試合が始まってしまった。
ライアン王子は一応は剣を構えている。けれど、余裕の笑みを浮かべ、少しも動き出そうとはしなかった。
きっと、最初の攻撃くらいはベロニカに譲ってあげようとしているのだろう。
冒険者としては、時にその優しさが命取りになることを知らないのかもしれない。
対するベロニカは、と言うと、全くの丸腰だ。
マリリンからのお下がりの白色のワンピースを着ている。とても清楚で可愛らしい装いで、全くもって、冒険者らしからぬ恰好だ。
けれど、始まりの合図と同時に少しの躊躇もなく魔法を使う。
まさに先手必勝、一撃必殺。わたしのアドバイス通りだ。冒険者としては、実に素晴らしい判断だと思う。
「イメージする、教会を燃やした炎を!! 全集中!!」
「ひいっ!! まさかの火魔法!? ルベ、わたしの代わりに見ておいてっ」
ルベに全てを丸投げし、思わずわたしは目を瞑る。やっぱり火は大嫌い。
----ゴォオオオオオ
ライアン王子に向けて勢いよく炎が放たれた、らしい。離れて静観していた私たちにも、その炎の熱気が伝わってくる。
「エグい……」
ルベの言葉がぽつりと漏れた。
そして、わたしの耳をその可愛い前足で、わたしの瞑っている目をその可愛い尻尾で、念入りに塞いでくれた。
ルベは、わたしの前世での出来事に配慮して、この状況は絶対に見せられないものだと判断し、目と耳を完璧に塞いでくれた。やっぱりルベは優しい。
以下、後でルベに教えてもらったことだ。
実際に間近で燃え上がる炎を見たせいか、見事にその炎が具現化され、盛大な火魔法となってベロニカから放たれた。
もともと魔力は十分にあったベロニカは、イメージさえうまくできれば、魔法の威力は申し分ないらしい。そこは、さすが乙女ゲームのヒロインだとしかいえない。
だから、一瞬にしてライアン王子はベロニカの放った炎に飲み込まれてしまった、みたい。
慌てて、マリリンが試合終了の合図をかけた。この時点で、ベロニカの勝利、冒険者登録が確定した。
「えっ、もう終わりなの?」
キョトンとするベロニカをよそに、その場にいた全員がライアン王子に駆け寄る。
至る所から水魔法がライアン王子に向かって放たれて、ライアン王子を包んでいた炎は鎮火した。
もちろんみんな顔面蒼白だ。
だって、一国の王子が今、大火傷を負い、瀕死の重体なのだから。
上級ポーションという言葉が飛び交って、それはそれは大変だったみたい。
誰しもが手遅れだと思ったその時、勇敢な救世主の黒猫ちゃんがベロニカに指示を出す。
「おい、お前、ベロニカ。早くその王子に聖魔法を使え」
ルベの言葉に、ようやく自分が聖女であることを思い出す。
「あ、そういえば、あたし治せるんだっけ! ルベちゃん、分かったわ!」
燃え尽きたように力なく倒れていたライアン王子は、なんの因果か、胸のあたりを抑えるような姿勢だった。そのボクサーのような姿勢からも、相当危ない状態だったことが窺える。
そのライアン王子をぎゅっと抱きしめて、ベロニカは聖魔法を使う。
「傷を治すイメージ、この火傷を治してください」
ベロニカから金色の光が放たれて、みるみるうちにライアン王子を包み込む。ライアン王子の火傷は瞬く間に治っていった。
それと同時に、わたしの耳と目を塞いでいたルベの可愛い肉球ともふもふは解かれてしまった。残念すぎる。
もっと堪能していたかったと思うほどの至福の時間を味わっていたはずなのに、どうしてか、嫌な予感がしてしまう。
目を開けない方がいいよ、とわたしの本能が囁いている。
そんなわたしの目に飛び込んできたのは、目を疑うほど衝撃的な光景だった。
「俺は一体……!?」
「あら、起きましたか?」
にこりと微笑んだベロニカに、一瞬にしてライアン王子の顔は赤くなる。ライアン王子は自分が置かれている状況を察したらしい。
ベロニカに抱きかかえられている、と。
「申し訳ないっ!!」
「ふふ、大丈夫ですよ。それに、王妃様のご病気も治してきましたから、早く会いに行ってあげてくださいね」
「まさか、あなたが……」
「はい」
にこりと笑いながら頷くベロニカは、まさに聖女様のようだった。ベロニカをまっすぐに見つめるライアン王子は、感動して声も出ない。
甘い雰囲気の二人の世界を、誰も邪魔することなどできそうもない。
相反して、わたしには辛い現実が突きつけられる。わたしの嫌な予感は当たってしまった。
「これって、既視感がある」
年齢も場所も服装さえも、違うことはいっぱいある。というか、違うことだらけ。
けれど、ベロニカがライアン王子を抱きかかえるこのシチュエーションを、わたしは知っている。
まさに、王子ルートの出会いのイベント。ベロニカがライアン王子を介抱しているスチルシーンなのではないか!? と。
きっと、ライアン王子はベロニカに恋をした。