出会いのイベント
「どうしてライアン王子が冒険者ギルドに?」
会いたくない。というか、このままでは、まだ学園も始まっていないというのに、ベロニカとライアン王子の初めての出会いが果たされてしまう。
(ん? ということは、今から出会いのイベントが始まるってこと? そもそも出会いのイベントになり得るのかな? 確か、学園内で苦しむライアン王子をベロニカが介抱するんだったよね?)
王子ルートの物語は辛うじて覚えていた。それに、ライアン王子の姿を目の当たりにして、さらに鮮明に思い出すことができた。
王子ルートの出会いのイベントは、入学初日の朝に始まる。
予定の時間よりも早く学園に着いてしまったベロニカは、綺麗な花が咲いていると有名な中庭に立ち寄ることにした。
そこで、胸を押さえて苦しんで倒れているライアン王子を見つけ、すぐに駆け寄って介抱してあげる。
ライアン王子の側近はどうした!? と言いたいところだけれど、深いことは考えないのが鉄則だ。
そして現在のライアン王子は、というと、至って健康そうだ。介抱する必要なんてはっきりいってないだろう。
それになんといっても、これから二人は戦わなければならない敵同士なのだから。
(やっぱり明らかに物語が破綻しているってことだよね? ベロニカ自身も、ライアン王子に対して、胸のときめきを一切感じなかったみたいだし)
わたしがベロニカと仲良くなったことにより、色々と影響をきたしてしまい、本当に乙女ゲームの物語が破綻し始めているのではないか、と思わせるには十分な出来事だった。
(そもそも乙女ゲームのヒロインが、冒険者登録する必要なんてないものね)
乙女ゲームについて考察していたわたしに向かって、なぜか話しかけてくる人物が約一名。
「なんだ? 女性が相手か? けれど、俺も手加減はしないぞ」
「えっ、わたし? 違います。相手はわたしではないです。ベロニカです。……って、ベロニカはどこに行ったの!?」
思わずわたしは、キョロキョロと周りを見回した。隣にいたはずのベロニカがいなくなっているではないか。
(ライアン王子と戦うなんて絶対に無理。このせいで断罪されることになったら嫌だもの!!)
わたしの焦る声に気付いたベロニカが、背景に花を飛ばしながら、ぱたぱたぱた、と小走りで駆け寄ってきた。
マリリンから、試合についての説明を受けていたらしい。
「お待たせしてごめんなさい。あたしのお相手はあなたですか? ふふ、よろしくお願いします」
「!?」
にこりと笑みを浮かべながら現れたベロニカが、ライアン王子の手を両手でぎゅっと握りしめた。
途端にライアン王子の顔が真っ赤に染まる。これは致し方がない。無自覚ヒロインだから。
「ねえ、マリリン、どうしてライアン王子は冒険者になりたいの?」
一国の王子が冒険者になる必要性は皆無だ。それとも、勉強熱心だからなのか。
「それがね、聖女様を探す旅に出たいそうよ。そのためには、冒険者登録をしておいた方が何かと便利だろうからって」
「どうせ護衛を引き連れての旅になるんだろうから、冒険者登録はいらないと思うんだけどなあ。それに……」
聖女はすでに目の前にいる。よって、ライアン王子の旅の目的は果たされた。
けれど、戦う気満々のライアン王子に今さら必要ないですよ、とは言いづらい。わたしとマリリンからは深いため息が漏れる。
(そうだ! ベロニカが自分で名乗り出ればいいんじゃないのかな?)
「ベロニカ、ライアン王子は聖女様を探す旅に出るために冒険者登録がしたいらしいよ」
だから今すぐ自分が聖女であると名乗り出ろ、との意を含んだはずなのに、ベロニカはその意を汲んではくれなかった。
「そうなんですか?」
ベロニカが上目遣いでライアン王子に尋ねる。
「ああ、聖女様の力があれば母上の病が治ると聞いたんだ。だから、俺も母上のためにできることをやりたくて」
「まあ、お母様思いの素敵な方なんですね! 早く治るといいですね」
(さっきベロニカが治してきたでしょう!)
王妃様の件は秘匿事項で請け負った案件だ。言いたくても口を噤むしかない。
「あなたは優しい人ですね。まるで聖女様のようだ」
(目の前のその人は、本物の聖女様だから!!)
けれど、できるだけライアン王子と直接関わるのは避けたい。誰かが代わりに言ってほしい。
もちろん誰もその事実を伝えることなく、二人の戦いは始まろうとしていた。
「俺も女性だからと言って手加減はしない。あなたも俺を殺すつもりで本気でかかってきなさい」
「はい。分かりました! 思いっきり魔法を使ってみます!」
けれど、ベロニカの水魔法はちょろちょろで、風魔法はそよそよ、土魔法はぽこんだ。
(ライアン王子がどれくらい強いか知らないけれど、まあ、日頃から訓練はそれなりに積んでいるよね)
残念だけど、ベロニカには冒険の旅は諦めてもらおうと思った。
「……用意はじめ!」
今回も試験官はマリリンだ。ピンクのジュリ扇を頭上高くに上げて、とうとう試合が始まってしまった。
ちなみに、あのピンクのジュリ扇の羽の一つ一つには、毒が仕込んであるという都市伝説がある。