聖女崩壊
わたしたちが王都に着いた頃にはもう夜だった。だから今日は、王都のオルティス侯爵家の別邸に泊まることにした。
「スーフェ、お帰り」
「スーフェちゃん、お帰りなさい」
「ただいま帰りました。お父様、お母様。紹介します。こちらベロニカさん。探し求めていた聖女様です!」
「ベロニカです。よろしくお願いします」
にこりと微笑みながら可愛らしく挨拶する様子は、やはり乙女ゲームのヒロインだと思う。
お父様もお母様も、とても嬉しそう。
「本当に聖女様を連れてくるなんて。これでリオナも助かるわね」
「リオナさん?」
お母様の言葉に、ベロニカがこてりと首を傾げる。
王妃様のことを仄めかすのはまだ早い。退路を絶ってからでないと、ビビって逃げられたら全ての計画が水の泡になってしまうから。
「あ、聖女の力をみんなに知ってもらうために、ある女性の病気の治療をしてもらうことになってるの。その女性がリオナさん」
だから、決して王妃様とは口にしない。直前までは絶対に黙っているつもりだ。
「うん。わたしで治せるのなら、任せて」
「さっすがベロニカ! よ! 聖女様!!」
そんなわたしたちに、にこにことお父様が近づいてくる。
「さっそくベロニカちゃんの聖女の力を見せてもらってもいいかな?」
「はい。もちろんです」
お父様の手には、ちゃっかり空の魔石がスタンバイ。
「お父様、まさか!?」
「研究、研究!」
「でもお父様、ベロニカだって生活がかかってるんですから、タダではだめですよ」
「はは、スーフェもちゃっかりしているな」
ちゃりんちゃりん♫ とベロニカの財布が潤った。
「毎度あり! ベロニカ、こうやって少しずつお金を稼いでいくのよ!」
「がってんしょうちのすけ!」
満面の笑みを浮かべたベロニカが、口にしたのは江戸っ子だ。
「聖女崩壊! けれど、ギャップ萌え! 可愛いからそれもありかも。大工のゲンさんたちが聞いたら、きっと喜んじゃうよ」
「ふふ、だって一度は言ってみたかったんだもの」
てへぺろ、とベロニカが笑う。可愛すぎて悔しい。
その夜、わたしは気になったことをベロニカに尋ねた。
「そう言えばさ、ベロニカの好きなタイプってどんな人なの?」
カルは全くタイプではないというのであれば、一体誰ならいいのだろうか?
「そんなの決まってるじゃない。結婚するならお金持ちの人よ」
ふふっと笑うベロニカは、本当にお金が好きらしい。それだけ貧乏に苦労して、お金の重要性を知っているからなのだろう。
「でもさ、カルも伯爵家だよ? 金持ちだよ?」
「そうかもしれないけど、なんか違うのよね」
よく考えてみる。カルは伯爵家の三男だ。
(三男だから、家督を継ぐことは難しい……)
きっとそういうことなんだろう。
******
少し時間は遡り、公爵領にて。
「シアン様、ご報告です!! あの方が、あの方が本当におられました」
血相を変えて、ペレス村を襲おうとしていた魔族の男が、シアンという名の男に、ペレス村での出来事を報告しようとしていた。
「……それで、あのお方は、何と?」
少しの顔色も変えることなく、シアンは言い放つ。その声は冷たく、少しだけ殺気だっていた。
「え、えっと、あのお方は人間界を征服することに興味がないと、人間の小娘に絆されて、腑抜けに……うっ、ぎゃああっっ!?」
瞬間、その魔族の男は八つ裂きにされ、死んだ。
「……ミケ、まだ報告の途中ですよ?」
そう言いながらも、シアンは最後のトドメを指す。跡形もなく、男は骨まで燃えて灰となった。
「ふんっ、あのお方のことをバカにするからだ。絶対に許さない」
ミケはぷいっと顔を背け、そして外に出ていこうとする。
「ミケは、これからどうするんですか?」
「俺? そんなの決まってるだろ。俺はあのお方について行く。元々は、あんたがあのお方を連れてくるって言っていたから、ここに留まっていただけだ。ま、そんなの出来っこない嘘だということくらい知っていたけどな。それに、俺はあんたが虫けらのように生け贄を捧げてるのも気に食わなかったし」
ミケの言葉に、シアンが僅かに眉を顰める。
「では、敵になる、ということですね?」
「敵も何も、あのお方が人間界を征服しないと言っていることが本当なら、敵ではないでしょう。もともと俺も人間界には興味がないし。ただ、……人間の小娘ってのは邪魔だな。そいつがあのお方を召喚した、とも思えないし」
「……」
(けれど、あの小娘には、あのお方が執着する何かがきっとある……)
「……ミケはその小娘を殺すつもりですか?」
「あのお方次第かな? まあ、俺は殺したい」
「そうですか。では、ここで死んでもらいましょう」
言葉を言い終える前に、無数の刃が一気にミケを狙う。しかし、捉えたのはその残像だけ。
「残念でした! じゃあね。シアン様」
ミケの声だけが、その部屋に響いた。
「まあ、いいでしょう。こちらは、次の作戦に出るまでです。そのためにも、光魔法の使い手は、全て殺せ」