ヒロインと悪役令嬢
「ところで、ベロニカさんって、乙女ゲームのヒロインなんだよね?」
「ちょ、ちょっと! カルってば、突然何を言い出すの!? 乙女ゲームのことは、ベロニカには全く何も話してないから!!」
今度はカルが爆弾を落としてきた。もちろんわたしは大慌て。
だって、せっかくできた女友達に、頭がおかしい人だとは思われたくないから。
「乙女ゲームってなあに? あたしに関係があるの?」
「関係があるっていうか……」
もちろんわたしは言い淀む。
「スーフェはベロニカさんと仲良くなりたいんでしょ? だったら、素直に言っちゃえば? 隠し事なんて、スーフェの性に合わないでしょ? ベロニカさんは悪い人ではないと思うし」
ベロニカと本当の意味で仲良くなるためには、乙女ゲームの話を打ち明けないと、わたしが一線引いて接してしまうだろうことは、自分でも分かっていた。
わたしの性格を分かってくれているからこそ、カルは敢えて言ってくれている。
(けれど、この世界が乙女ゲームの世界だなんて話しても、きっと信じてもらえないよ……)
決意できないわたしに、さらにカルが背中を押してくれる。
「乙女ゲームでは、ヒロインと悪役令嬢は仲が悪いんでしょ? だったら、逆に仲良くなっちゃえばいいんじゃないの?」
わたしも、ヒロインと悪役令嬢が大親友になってしまえば、乙女ゲームの物語から大幅に逸脱できると思っている。
断罪イベントなんて発生しないかもしれないし、乙女ゲームが成り立たなくなり、物語が破綻する可能性だってあり得る。
「そうだけど……でも、もし裏切られて逆ハールートにでもなったら……」
その時は、わたしに壮絶な死亡エンドが待っているだろう。
「もし、ベロニカさんがスーフェを裏切って危害を加えるようなら、僕が全力でスーフェを守るから大丈夫だよ」
「カル……」
その言葉に、きゅんと胸がときめいた。
(雲行きが危うくなってきたら、カルと一緒に国外へ愛の逃避行もいいかも。そうだ! 冒険の旅をしながら、カルと一緒に移住できそうな場所を探せばいいよね)
「スーフェが何を心配してるのかよく分からないけど、あたしはスーフェを裏切るなんてしないと思うよ。……たぶん」
「今、たぶんって付け加えたよね!? それって裏切る気満々だよね!?」
「ふふ、だって、話も聞いてないのに約束なんてできないじゃない。軽々と口にする約束の方が信用できないと思うの。それに、あたしきっと何を聞いても驚かないよ。だって、ルベちゃんが喋るのを見たんだもの。それ以上に驚くことなんてきっとこの世にはないわ」
ベロニカは、ルベが喋っても驚くどころかテンションが上がっただけだった。神経が図太すぎるのだろう。
それに、猫ちゃん好きに悪い人はいない……
(もし、信じてもらえなかったら、よし! 傷心の旅に出よう)
わたしはベロニカにも、乙女ゲームについて話す決意を固めた。
信じてくれなくても、笑われてもいい。その時は、それだけの人だったと思えばいいのだから。それはそれで諦めもつく。
「……ベロニカはね、魔法学園を舞台とした乙女ゲームのヒロインなの。高等部に通って、男の子たちといちゃいちゃするんだよ」
ベロニカはその乙女ゲームのヒロインで、高等部に入学すると同時に物語が始まって、男の子たちとイチャラブをすること。
わたしに苛められること。その結果、わたしが断罪されて死ぬこと。もちろん現実のわたしには、ベロニカを苛める気など全くないことも。
どうしてそんなことが分かるのかというと、わたしには前世の記憶があって、その前世で知った乙女ゲームの世界が、この世界と同じだからだということも。
ベロニカが聖女様だということも、はじめから知っていて、病気を治してほしい人がいるから、ペレス村まで探しに行ったということも。
「わたしも乙女ゲームについてはあまり覚えてないんだ。いきなりこんな話されても信じられないよね?」
話し終えたわたしは今、心臓がドキドキと早鐘を打っている。それと同時に、後ろめたい気持ちもなくなって、少しだけ安堵していた。
そして、ちらりとベロニカの様子を窺う……間も無く、ベロニカは反応を示した。
「えぇっ!? 絶対にそんなの嘘よ!!」
「やっぱり、信じられないよね……」
ベロニカはわたしの話を、最初から信じていないようだった。
「信じられるわけないじゃない!! だって、貧乏人のあたしが、あの魔法学園に通えるなんて!!」
「あ、そこから? 本当に最初の最初から信じてないんだね。いっそ清々しいよ。むしろ、そこだけは間違いなく信じられるところだよ。だって、聖女様は特待生として学園に通えるようになることは確実だもの」
「スーフェっこそ何言ってるの? 魔法学園に入学できること以外の話は信じてるよ? だって、そのおかげであたしは聖女様になれたんだから! スーフェ、ありがとう」
にこりと笑ってお礼を言ってくれた。その笑顔に嘘はなさそうだった。
(本当に前世の記憶のことは信じてくれてるのかな? もしかしたら、心の中ではわたしのことをバカにしてるのかも?)
そう思ってしまったわたしは、悪いと思いつつも、ベロニカ心の声を盗み聞いてしまった。
((そっかあ、前世の記憶があったから、あたしの人生を変えることができたのね。スーフェに前世の記憶があったことに感謝しなくちゃ! 乙女ゲームってのはよく分からないけれど、スーフェがあたしを苛めるとか、あり得なさすぎて笑えるんだけど!))
(嘘っ!? 本当に前世の記憶とか信じられないような話の方は信じてくれてるんだ!? しかも、感謝までしてくれるなんて!!)
感動して涙が出そうになった。そしてさらに、ベロニカの心の声は続いていた。
((そもそも、断罪イベントってなんなの? バカらしいわね。自分の婚約者が違う女といちゃいちゃしてたら、誰だって怒るよね?))
ちなみに、王子ルートのことだ。王子ルートでは、スフェーンが王子の婚約者だということは周知の事実だというのに、ヒロインが王子とイチャつくのだから。
(ベロニカって、意外と男女関係にはしっかりしているのかも! もしそうなら、逆ハールートはなさそうだね!!)
乙女ゲームの物語が本当に破綻しそうな気配がして、わたしは嬉しくなった。そしてさらに、ベロニカの心の声は続いていた。
((それに、現実ではスーフェの婚約者ってカルセドニーさんだし。それじゃあ、カルセドニさんとあたしがイチャラブするってこと? ふふ、ないない、絶対にあり得ない。全くタイプじゃないし))
「ちょっと! カルは攻略対象者じゃないし、めちゃくちゃ格好良いし、わたしはどストライクだし!!」
ベロニカの心の声に思わず反応してしまった。カルとベロニカの視線が一気にわたしに突き刺さる。
「格好良いだなんて、僕、とっても嬉しいな」
「ふふ、スーフェったら、いきなり告白? 本当にラブラブなのね」
恥ずかしかったけれど、カルが喜んでくれたから、まあいいや。