冒険者への道
「ああ、魔石って素敵。眺めているだけで幸せな気分になれるわ」
わたしは今、お父様に貰った魔石を思う存分愛でている。若干の現実逃避の気もするけれど。
はじめは使い勝手が悪そうだな、と思っていたけれど、魔石は宝石のようにとても綺麗な石。
わたしにとって、愛でるためのもの、至福の時間を過ごすための鑑賞用と化していた。
ちなみに吸収の魔石は、不純物のないガラス玉のような透明な魔石だった。
その魔石を、ただただ愛でていた。お父様が部屋に入って来ていることにも気付かないほど。
「スーフェがそんなに気に入ってくれて嬉しいよ」
「わあっ、お父様! すみません、魔石に夢中で全く気付いていませんでした。どうなさいましたか?」
そんなわたしを見て、くすりと笑いながら尋ねてきた。
「スーフェは、お祖父様について、どんなことが知りたいんだい?」
「教えてくれるんですか!?」
「ああ、答えられることはね」
お父様の言葉に驚きつつも、すぐに目を輝かせた。一度は諦めかけたお祖父様の話を、お父様から切り出してくれたのだから。
「お母様とお祖父様は、喧嘩をしているのですか?」
「喧嘩、ではないんだ。でも、きっといつかは元通りになるはずだよ。だからスーフェも、お祖父様のことを嫌いにはならないでね」
「はい! お祖父様の魔法はすごく力強くて、とても格好良いです。それに、いつもわたしの頭を撫でてくれるんですよ」
「えっ!?」
嬉しそうに話すわたしの言葉に、お父様は目を見開き言葉を失っていた。
(そっか、お祖父様は内緒で来てるんだっけ?)
「さっきは知らないふりをしていましたが、実はわたし、魔石に魔法を充填しに来てくれている人が、お祖父様だと気付いていたんです。たくさんの魔法が使えるなんてすごいですよね」
今まで誰にも話せなかったお祖父様への思いを話すことができ、わたしはにこにこと上機嫌だった。
けれど、お父様が驚いたのは、そのことではなかった。
「……スーフェはお祖父様を見て、何とも思わなかったのかい?」
「え? はい。魔法が使えて格好良いなぁって思いましたけど?」
お父様の質問に、首をこてりと傾げた。
(何とも思わなかったのかい? って不思議な聞き方をするなぁ? 普通は「どう思った?」じゃないのかな?)
「質問を変えるね、お祖父様が来ているのがよく分かったね?」
「え? だって……」
そこでようやくわたしは、自分の犯した誤ちに気付いてしまった。
お祖父様が来た時は、必ずマーサが隣にいる。
そして、お祖父様は侯爵家前当主だというのに、マーサ以外は誰も相手にしていなかったという、あり得ない光景と違和感。
それが指し示すこと。
それは、お祖父様はマーサのスキル【隠蔽】で、わざわざその姿を隠して、屋敷に来ていたということ。
そしてもう一つ。
わたしはお祖父様を見る時は必ず【盗み見て】いた。盗み見ていたことで、わたしの特別な魔法かスキルが発動し、マーサの隠蔽の力を看破して、お祖父様の“本来の姿”が見えていたということ。
(わたしのばか! 魔法を使ってお祖父様を見たって言ってるのと同じじゃないの!! 誤魔化す? ううん、もうこれ以上はきっと無理だ)
もう誤魔化しようがないと思ったわたしは、お父様にだけ、自分が少しだけ特別な魔法が使えることを打ち明けた。
けれど、その特別な魔法かスキルが何なのか、正確な発動要件はわたしにも分からない。だから、ふわっとした表現で説明した。
「わたし、どうしてなのか分からないんですけど、時々、見えないものが見えるみたいなんです」
「見えないものが見える? ……本当の姿を見ることができるってことなのかな? それなら、確かに納得はできるな。さすが、お祖父様やフェリシアの血を受け継いでいるだけあるね」
その言葉に、わたしの瞳から自然と涙が零れ落ちた。
魔法が使えるということを、お父様が受け入れてくれたことが、とても嬉しかったから。
同時に、魔法が使えることを隠し続けていること自体が、わたしを大切に育ててくれている両親を裏切っているのではないか、という不安が、ずっと心の片隅に潜んでいたから。
「はい、嬉しいです。今まで黙っていてごめんなさい」
「謝ることではないよ。とても素晴らしいことだ。さすが私たちの娘だ」
わたしの頭を慣れた手つきで優しく撫でながら、嬉しそうに微笑んでくれた。
「でも、秘密にしておいた方がいいですよね? お母様は魔法が嫌いなんですよね?」
「魔法が嫌いというか、まあ、大きく捉えて魔法が嫌いなんだろうね」
お母様の魔法嫌いについては、はっきりとは教えてくれなかった。だから、お母様とお祖父様の関係は謎のまま。
けれど、わたしはこの日、魔法の訓練ができる場所に連れて行ってもらう約束を、お父様と交わすことに成功した。
苦節七年。ようやく冒険者への道が一歩前進した。