過去の記憶
もうすでに、空は暗くなり始めていた。逢魔が時の悪戯か、突如として目の前に現れた魔物に、わたしの足は竦む。
「おいっ、チビ!!」
「……ルベっ!? ねえ、あれっ、ワイバーンだよね?」
「ああ、さっき外に出た時にはすでにこの辺を飛び回っていた。まだ悪さはしていないようだけどな。それに、他にも嫌な気配がする。俺はそっちに行く。チビは“もしも”の時には、ワイバーンと戦えるか?」
「え!? そんなの無理だよ!!」
「無理じゃない。やらなければ、このまま村が襲われるかもしれない。それでもいいのか?」
ルベの言葉に思い悩む。できれば魔物とは戦いたくない。
「このワイバーンは、敵なの?」
「ああ、おそらく」
ルベは、とても残念そうに呟いた。
その表情を見て、やっぱり魔物を殺したくない、と思ってしまった。
「もう少しだけ様子を見てもいい? だって……」
「チビの好きにしろ。判断するのはお前だ。だが、覚悟は決めろよ」
そう言うと、ルベは村の入り口の方へと走って行った。わたしはそのままワイバーンを警戒する。
「特に、何もしないみたい? ただ飛んでるだけ? それなら戦わなくてすむかも!」
そう思っていた。何をするわけでもなく、ワイバーンはひたすら教会の上を旋回していたから。
----キィィィーン
「ッ、痛っ!? 何、この音?」
突然、鼓膜を切り裂くような音が聞こえてきて、咄嗟に耳を塞ぐ。
その瞬間、ワイバーンは豹変した。
----ドォーンッ
「きゃあっ!! 嘘っ、やっぱり敵なの? でも……」
教会の屋根に、ワイバーンが体当たりし始めた。屋根がボロッと崩れ落ちる。
ただでさえ古い教会だったから、その一撃ですでに被害は甚大だった。
それなのに、わたしはまだ決意できないでいた。魔物を殺すという決意を。
その間もワイバーンの攻撃は止まらない。次の瞬間には、
----ギャーッッ
という鳴き声とともに、火を噴いた。それは、真っ赤に燃える赤い色。
「……い、いやぁぁぁあぁぁ!!」
瞬間、わたしは叫ぶ。一瞬にして、脳裏に何かが過ってしまったから。
途端に、身体がガタガタと震えだして止まらなくなった。これ以上にないくらい、怯え震え、目の前は涙で滲んでいた。
「いや、だめ、助けて……」
ワイバーンの攻撃は止まらない。教会に向かって再び火を噴く。そして、とうとう教会が燃え始めてしまった。
一気に燃え上がる教会、赤い炎がわたしの目に飛び込んでくる。
風に乗って飛んでくる火の粉が熱くても、わたしは何もできず、未だガタガタと震えていた。動きたくても、わたしの全てが正常に作動しない。
「わたしが、早く……」
助けなきゃ……頭を抱え、力なくその場に座り込んでしまった。
「だめ、中に、いる、早く、助けなきゃ……」
前世での記憶を、思い出してしまったから。無理矢理にでも、忘れようとしていた記憶を。
「お父さんとお母さんを、助けて!!」
前世のわたしの両親は、わたしの目の前で、火事で亡くなってしまっていたのだから。
「だめ、ひとりにしないで、いや……」
必死で抗おうと頭を振る。涙が止まらない。
けれど、目の前で赤く燃え上がる炎を見て、フラッシュバックのように、それは脳裏に次々と浮かび上がってくる。
地獄の業火のような、あの日の光景が。
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「きちんとお行儀良くするのよ」
「分かってるって! お父さんもお母さんも私がいないからって、寂しがらないでね」
「それは無理だな、考えただけでもう寂しい……なんてな。明日また、楽しい話が聞けるのを待っているよ」
「うん! 期待しててね。じゃあ、行ってきます!」
その日、近所の友達の家にお泊まりに行っていた。自分の家から目と鼻の先の、家族ぐるみで仲の良い友達の家へ。
だから、全く不安なことなどなかった。それなのに、夜になって、どうしてか不安になった。初めてのお泊まりだったから、なのか……
夜中にふと目を覚ますと、慌ただしい声と、けたたましいサイレンの音が耳に響く。
「火事だぁ!!」
外からたくさんの人の叫ぶ声が聞こえる。その声がより一層わたしの不安を掻き立てた。
ドクンドクンと脈を打つ……
「まさか……」
嫌な予感がした。だから、外に飛び出してしまった。走って、走って、そして、見てしまった。
赤く燃え盛る炎、必死に消化活動をしてくれる消防士、カメラを向ける野次馬。それのどこにも両親の姿は、なかった。
目の前で、自分の家が燃えていた。一夜にして、全てが奪われた。
赤く燃え盛る炎だけが、目に焼き付いて離れなかった。
その時から、“火”が恐怖の象徴となった。それはもちろん今も……




