お泊まりセット
「それじゃあ、ベロニカはお泊まりセットを準備してきてね。その間に、ご飯の準備をしておくから!」
「分かったわ。楽しみにしてる!」
結局、わたしは教会に泊まることにした。一人じゃ寂しいから、ベロニカも巻き添えにして。
そのかわり、夕飯をご馳走する約束をした。夕飯の時間にしては少し早いけれど、お腹も空いているので、今からその準備に取り掛かるところだ。
「ふふ、やっぱりパーティーをするなら、ステンドグラスの綺麗な礼拝堂がいいよね! きっと神様も一緒に楽しんでくれるでしょ!」
だって、チョロ神だもの。とわたしは思う。
ベロニカからも、泊まるなら礼拝堂が一番安全だと聞いた。むしろ礼拝堂以外はやめたほうがいいらしい。
神父さんもいなければ、お祈りに来る人も、今ではほとんどいないのだという。
アイテム袋からテーブルセットを出して、オルティス侯爵家の料理人さんたちが作ってくれた料理を並べた。
準備も整った頃、ベロニカがお泊まりセットを持ってやってきた。
「ベロニカ、こっちこっち〜!!」
「わあ、すごい! こんなにたくさんの料理、初めて見たわ。とっても美味しそう!!」
ベロニカという、未来の聖女様を接待するために、わたしは本気を見せつけた。あわよくば、恩を売り、破滅エンドを回避するために。
(ベロニカと仲良くなっておいて損はないはずだもの! それに、一緒に王妃様のところまで来てもらわなきゃ!)
……という、わたしの思惑は、一瞬にして忘れることになる。
「べ、ベロニカ、それ……」
ベロニカのお泊まりセットを見て、わたしは目を見開いて驚いた。そして思わず指をさす。
「それはっ!! 虎縞模様の布!?」
それはまさしく、わたしが今、熱烈に探し求めているラ◯ちゃんになるための虎縞模様だった。
「布っていうか、毛布がわりのブランケットよ。夜はやっぱり冷えるから、教会に泊まる時はいつも愛用しているの。もちろん、これもマリリンさんから貰ったものよ」
「欲しい! 切実に欲しい!!」
「……うーん、これがなくなると寒いし、それにマリリンさんに貰った大切なものだから、ごめんなさい」
「そうだよね、マリリンから貰った大切なものなら仕方ない。大丈夫! また探してみるよ」
と言いつつも、わたしは盛大に肩を落とした。その姿は、今までにないほど、哀愁が漂っていたに違いない。
「よし! ご飯を食べよう。いただきます!」
けれど、立ち直りも早かった。
「あら? ルベちゃんは、一緒にご飯を食べなくてもいいの?」
「ルベは教会が苦手なんだって。だから、外でふらふらしてると思うよ」
仕方がないから、あとでミルクを持っていってあげるつもりだ。
「ルベちゃんが、というか猫ちゃんが言葉を話せるなんて初めて見たわ。あれも魔法なの?」
「ルベはきっと、特別な黒猫ちゃんなんだと思うの。それに、ベロニカも特別な聖女様なんだよ。たくさんの病気を治したりできるんだから!」
「もうっ、突然そんなことを言われても、全く実感が湧かないよ。それに、そんな凄い力があったら、あんなところで暮らしてないよ?」
確かに、聖女の力があったら、あんな掘っ建て小屋で暮らす必要はない。だから余計に、できるだけ早く聖女の力を目覚めさせてあげたくなる。
「あの、ベロニカのご両親は?」
「いないわ。でもね、マリリンさんだけが、ずっとあたしのことを気にかけてくれていて、遠い親戚ってだけで、本当に良くしてくれてるの。だから、とても感謝してるわ」
「マリリンとってもいい人なんだね!! 尚更、聖魔法を使えるようになりたいね。きっとマリリンも喜んでくれるはずだよ。そうだ! 一緒にマリリンに会いに行こうよ。きっとびっくりするよ」
もちろん、会ってびっくりするのはベロニカの方だとは思うけど。
「ねえ、魔法って、どうやったら使えるの?」
ベロニカの素朴な疑問に少しだけ考える。
赤ちゃんの頃から魔法を使っているわたしは、間違いなく自分は魔法が使えると信じて疑わなかった。そして、当たり前のように魔法が使えた。
「うーん、魔法が使えると認識して、自分の力を信じることと、あとはイメージ、かな?」
「イメージ?」
こてりと首を傾げたベロニカは、魔法をどのように使うのかが、分からないらしい。
「風魔法なら、風が吹いているイメージを膨らませるの。そよ風のような優しい風とか、台風のような強い風とか。だから、聖魔法なら怪我を治すイメージをすればいいんじゃないのかな! 血を止めるとか、病原菌をなくすとか、病気を治したいって強く思うの! それに、ベロニカには間違いなく魔力は流れているから、自分の力を信じればきっとできるよ!!」
聖属性魔法の魔力が流れていることは、もうすでにルベで実証済みだ。
「そっか〜、あたしにも魔法が使えるかもしれないんだ。試しに使ってみようかな。えっと、火魔法は……」
あろうことか、火属性魔法を教会の中で使うと言い始めたベロニカを、わたしは必死で止める。
「だめだめ!! 火は絶対にだめ!!」
「あ、そうだよね。建物の中だものね。じゃあ、水?」
「確かに水魔法なら結果が分かりやすくていいと思うよ。水魔法は、川とか、水が流れるのを思い浮かべて、徐々に、手からその水が流れ出るのをイメージするの。ゆっくりとね」
「えっと、川をイメージして、ゆっくりと」
おそるおそるコップに添えたベロニカの手から、ちょろちょろと水が注がれた。
「で、できた!? 嘘っ、信じられない!!」
「うん! 上手!! それでいいんだよ。教わったらすぐにできちゃうなんて、さすがヒロインだね!!」
「え? ヒロイン?」
「あ、えっと、よし、乾杯をしよう!! かんぱーい!!」
無理矢理、秘技、話題転換の術を繰り出した。今までで一番下手だったけれど、何とか話題はそらされた。
そして、わたしたちはお腹がいっぱいになるほどご飯を食べた。
初めて会ったというのに、わたしたちはすぐに打ち解けた。やっぱり猫ちゃん好きに悪い人はいないのかもしれない。
「あー、お腹いっぱい!」
「あたしも、美味しすぎて食べ過ぎちゃった。スーフェ、ごちそうさまでした」
「ふふ、喜んでくれて嬉しい。そうだ! ルベにもミルクをあげてこなきゃ。ちょっと外に行ってくるね」
「じゃあ、あたしはここで眠れるように、準備してるね」
「ありがとう! お布団もそこに出しておいたからね」
アイテム袋の中には、布団をちゃっかり二組用意しておいた。もちろん、わたしとカルの分のつもりで。
そして、ルベを探しに教会の外へ出たわたしは、俄かに信じられない光景を目の当たりにする。
「あれ? ルベがいないな。どこに行ったんだろう? って、あれっ、何っ!?」
わたしの頭上空高く、教会のちょうど真上に、不穏な空気を身に纏った、とても大きなワイバーンが飛んでいたのだから。